02
──数日前の晩。
最近ナマエの隣に越してきたリゾットが、計量カップ片手にナマエの自宅を訪ねてきた。
ナマエはリゾットとは互いの家に行き来し、コーヒーを飲みながら他愛のない話をする仲であったが、連絡なく夜に訪問されるのは初めてであった。
「突然で悪いが、ローリエを貰えるか?」
「あっと、今手が離せなくて……ちょっと、待って……!」
ナマエは意中の相手が突然訪ねてきたことに動揺して、一旦心を落ち着かせる為に玄関先でリゾットを待たせることにした。
腕を組んでリビングルームをうろつき、彼への恋心を抑えようと躍起になった。
ナマエは初めて会った時からリゾットに恋をしていた。リゾットの整った容姿や逞しい体躯に惹かれたのは勿論だが、何故か一眼見た瞬間に彼のことが愛おしくて堪らなくなっていた。彼に会うたびにもっと沢山お喋りして、彼に触れたい──そんな衝動的な欲求を抱く自分に困惑し、リゾットにそれを悟られるのを恐れていた。別にリゾットから好意を向けられているのなら問題はないことだが、残念ながら好意を向けられているという確証が得られていない。何せ出会ってこの2週間、リゾットから一度もデートに誘われていないのだ。向こうはきっと自分をただの同郷の友人だと思っているのだろう。それなら今の友人関係を壊すような感情を表に出したくはない。
ナマエは深呼吸を繰り返し、緊張を少し抑えたところで玄関に戻ってリゾットを家の中へ招いた。
「えーと、ローリエだっけ?」
「ああ。料理に使おうと思ったが、ちょうど切らしていた」
ナマエがリゾットから軽量カップをもらい受け、キッチンでローリエを探していると、リゾットはキッチンテーブルに手をついて向かいからナマエを見つめていた。ナマエはローリエをすぐに見つけないといけない、というプレッシャーであまり意識できなかった。リゾットにキッチンも片付けられない女だと思われたくないのだ。
「突然で悪いな」
「いーえ。気にしないで、っと、これかな?何枚使うの?」
「1枚でいい」
「本当に?でも、ソースか何かに使うんでしょ?」
「肉のソースに使うだけだ。1枚でいい」
「そうなの?じゃあ、ここ入れるね」
ナマエはローリエの瓶から緑の綺麗な葉を1枚取り出して軽量カップに入れ、リゾットに手渡した。
「礼を言う……ところで、明日は予定あるか?」
「あっ……と、特にはないよ……!」
突然のデートの誘いに驚いたナマエは暫く考えた振りをしてから答えた。実際は友人のジーナとショッピングに行く予定だったが、リゾットからデートに誘われるようなことを聞かれて迷わずショッピングを取りやめることにした。男よりも友人を大事にしているつもりのナマエであったが、未だかつてない程男性に恋心を抱いている今、友人を優先する余裕などなかった。
「古い映画は好きか?」
「古い映画は好きだよ。昔の映画って名作ばかりで本当に好きなの」
「ちょうど過去の名作映画の上映会チケットを貰って困っていたのだが、一緒にどうだ?どうにも行く相手がいなくてな……」
男女が相手をデートに誘う時の常套句だが、ナマエはリゾットが本当に困っているように聞こえた。だからリゾットが自分に好意があるのかわからなかった。それでも、ナマエにとっては「リゾットにデートに誘われた」という事実が重要で、叫び出したい程の喜悦を胸の内に押し込んで冷静さを取り繕った。
「もちろん、行くよ!古い映画好きだから」
「それはよかった。明日の5時に迎えに行くが問題ないか?」
「うん。夕方の5時ね。楽しみに待ってる。あ、楽しみっていうのは映画のことだから!映画大好きだから!」
ナマエは内心舞い上がっていることを悟られないように映画好きを強調した。言葉選びに不自然さがあるが、ナマエは自分では上手く話せているつもりでいる。
ナマエはリゾットを見送るのに玄関先まで出た。外はすっかり夜の空で暗く、玄関から前庭を通って歩道までのアプローチはフットライトがあり、歩道には街灯がある。前庭の横の白い柵を越えれば、数秒で隣の家に戻れるが、流石にリゾットはそんなことはせずに一旦歩道まで出た。リゾットの広々とした背中を見ることだけに留めることにし、ナマエは家の中に引っ込んだ。
その瞬間、リゾットが立ち止まってナマエのいた玄関先を振り返った。ナマエがもし、もう少し長くそこに留まっていれば彼がナマエをデートに誘う以上の好意を示してくれていることに気付けたが、残念ながらナマエが気持ちを抑圧してしまった為に叶わなかった。
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