mio eroe umanistico �V


 
リゾットの命令でナマエの面倒を見始めてから初の任務で、予想通りナマエは、ホテルの部屋の床に転がる"枯れた"ターゲットを目の前にして怖気付き、代わりにオレが殺すように懇願してきた。
胸元の空いたドレス姿のナマエはイヤイヤと頭を左右に振りながら、手の中にある銃をオレに押し付けるばかりか、誘惑するように下着の付けていない胸まで押し付けてきやがった。

「あなたと寝てあげてもいいから、殺すのはあなたがやって!」

「ざけんな。オレが寝てやる立場だろ」

「じゃあ、咥えてあげるから脱ぎなさい!」

「……まさか『咥えたがり女』のあだ名はそこからか?他の仲間にも同じことしてんのか?」

「してないわよ!顔がまあまあで『わかってそう』なプロシュートだから言ってんのよ!私みたいな美人が他の仲間の穢らわしいモノを口にするわけないでしょッ!」

「オレの顔は上の上だろーが。だから、上の下のオメーに迫られてもオレは靡かねえ。さっさとあいつを殺せ」

「……もう知らない!」

背を向けて部屋から出て行こうとするナマエの態度に、いい加減頭にキた。
ナマエが扉を内側に引こうとした瞬間、後ろからナマエに体を押し付け、オレと扉との間に挟んで動けなくさせた。抵抗される前にドアノブを掴むナマエの手を背中に回させ、捻り上げた。

「いったっ……!放して!」

「放さねえよ!オレをナメんじゃあねーぞ、ドブ女ッ!一撃で確実に仕留める方法を教えてやるから、オレがやれと言ったらやれッ。いいか?わかったなら返事しろッ!」

「はい……」

ナマエが暴れるのをやめるのを確認してから解放しやった。
こっちを振り向くナマエの顔はいつものように眼を充血させ、鼻先や頬を赤く染め上げているが、怒っているような表情ではなく、この前のように眉を落としている。

「どんな感情なんだよ、その面」

「どんな感情って言われても……『一撃で確実に仕留める方法』を教えるって力強く言ってくれたから……期待に満ちた感情……?」

ナマエは小首を傾げ、自分でもわかってなさそうな様子を見せる。

「まあいい。まずは狙う場所を教えてやる」

床に転がっているターゲットの髪を掴み上げ、シワだらけの顔をナマエによく見えるようにした。
ナマエは怯んだように一瞬だけ瞳を伏せたが、すぐに長い睫毛を上下に跳ねさせた。

「心臓を撃ち抜くのもありだが、死ぬまでに時間がかかって反撃される可能性がでてくる。だが、こっちの脳幹を撃ち抜けば即死だ」

「即死……確実ってこと?」

「ああ。脳幹を撃てれば確実だ」

オレの言葉にナマエは安心したように顔を綻ばせた。初めて見るナマエの表情だった。
ナマエの通常顔は怒り顔でよく喚いているイメージばかりだったから少し驚いたが、何故そこで穏やかな顔をするのかがわからなかった。まあとにかく、ちゃんと一から教えりゃあ、ナマエが言うことをきくらしいことがわかれば今日は十分だ。
銃の扱い方、サイレンサーの付け方を細かく教え、2発目の撃ち方まで実践で教えて任務を終えた。リゾットに報告しながらホテルから出れば、ナマエは真っ直ぐ家に帰ると言う。
ナマエはどうやらオレのことが好きってワケでもなさそうだ。
とすると、さっきオレを誘惑しようとしたのはマジで人を殺したくなかったからだ。
ナマエが任務から逃げようとする理由は案外単純なようだが、ここで一つの疑問が湧く。

「帰る前に教えろ。人を殺したくねえのに何故政府に対してテロを起こした?怪我人が出たんだろ?」

「恋人がそれが正しいことだって教えてくれたから。事実あの政府は腐ってた。でも、この仕事は……ボスに都合の悪い人間を殺してるだけ……納得できないの」

「……少しは自分で考えようと思わねえのか?」

恋人という単語が気になったが、それよりも他人に教えられて国家機関に反逆行為をすることの方が衝撃が大きくて聞いた。

「私は自分で決められないから、自分より頭の良くて強い人に頼るしかないの。だから、ずっとあなたに面倒を見て欲しいわ。いいわよね?」

ナマエに右手を掴まれ、緩いドレスの襟ぐりの中へ突っ込ませられた。
指先から手のひらにかけて押し返すような弾力と、ナマエの滑らかな肌の感触や、体温が伝わってくる。表面は冷たいが肌の奥にはちゃんとした温かさがあるのを嫌でも感じる。それに手のひらに硬く、芯を持った何かが引っかかるような感触までする。
不思議と今まで意識していなかったナマエの香水がここにきて鼻腔をつき、背筋に電流のようなものが駆け抜けた。
ナマエは熱っぽい瞳でオレを見つめ、オレの指の背を手のひらで包み込むようにして押し、白い柔肉にオレの指先を深く食い込ませ──

「やめろ」

ナマエが掴む手を振り解いて引っ込めた。
冷静に今のナマエの娼婦みてえな格好やこれまでの言動を思い返し、こんな女に欲情しかけたことが腹立たしく、自分の正気を疑った。

「痴女か、てめーは?」

「違うわよ!私の恋人にしてあげようって……こういうのダメだったの……?」

「なんで上から眼線なんだよッ!?もっとまともな誘い方を覚えろッ!誰に教わったんだ!?」

「私の昔の友達が『これで落とすのが難しい男もイチコロ』って……それでハリウッド俳優みたいな人と付き合えてたし、タクシーの運転手にやって見せてくれて、料金タダにしてもらってたのよ」

「他の男に試したことは?」

「それ聞いてどうするの?」

聞くか若干迷ったが、ナマエなら言いそうだと思って聞いたオレがアホだった。なんでもオレに話すわけじゃあないらしい。
ナマエに優位に立たれたような気がして腹の底から苛立ちが湧き上がってきた。
最後にこの愚鈍で痴女でイカれた女より優位に立つことで苛立ちを解消しようと、ナマエの顎先に指をかけて上を向かせ、顔を近づけた。
至近距離で見るナマエの顔は思ったより悪くねえ。上の中くらいで、すぐに赤く染まる鼻先は可愛く見える。

「何すんの?」

「黙ってろ」

鼻先をナマエの鼻先へ擦り合わせ、ナマエが瞼を閉じたことを確認してから、ピンク色に透ける薄い耳へ唇を寄せた。

「オレに娼婦を抱く趣味はねえ。勘違いすんじゃあねェぞ、『咥えたがり女』」

軽く肩を叩きながらナマエを見下ろすと、虚空をぼんやりと見つめたまま黙っちまった。
傷付いたような顔、というよりはまるで急に目の前のことから興味を失ったような態度だ。

「オメーはマジにワケわかんねえ女だな。娼婦って呼ばれたくねえなら、着替えの服くらい用意しとけ」

仕方なくジャケットを脱いでナマエの肩にかけた。ナマエの所為で前のハイブランドのスーツは駄目になった。今回もこいつに自分のモンを貸すことに不安はあるが、娼婦みてえな格好をした前後不覚な女を彷徨かせる気にはなれなかった。

「タクシー拾ってやるからあとは自分で帰れ。金もやるから運転手に触らせるなよ」

通りでタクシーを探しながらナマエを横眼で見れば、生気を失ったような眼で虚空の一点を見つめたまま口をつぐんでいる。
今のナマエの態度も初めて見る。原因がわからねえ。何を考えているのかもさっぱりだ。
家まで無事に届けさせる為に、捕まえたタクシーの運転手に、ナマエが淋病持ちであることを伝えておいた。



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