「クロードくん、その、変なお願いするんだけど、いい?」
休み時間に
現に今もナマエは何かを隠すように両手を後ろにもっていき、もじもじと身をくねらせ、熱っぽい眼で俺を見上げてくる。間違いなく俺のことが好きな態度だ。
何をお願いされるのか想像がつかないが、たとえそれがどんなに大変なことでもナマエの為ならなんでもしてやりたいと思う。
「ああ。変にも限度があるが、ナマエのお願いならいくらでも聞くよ」
「クロードくんの髪の毛三千本欲しいの!」
ナマエがバッと布袋を俺の前に差し出して頭を下げた。
「は?」
いくら好きな子相手とはいえ、奇妙なお願いに聞き返さずにはいられなかった。
「ご、ごめん。やっぱ、駄目だよね?」
ナマエは悲しそうに眉を落とし、唇をきゅっと結ぶ。好きな子のそんな表情を見たいわけはなく、慌てて前向きに検討することにした。
「いや、待ってくれ……三千本か……ちょっと考えさせてくれ」
人の髪が一体何万本生えてるのか、記憶を辿った。確か書庫でそんな記述がされた本があったような気がする。北方の人間が書いた本で、長い冬で外に出られず、あまりに暇過ぎて自分の髪の本数を数えたらしい。確か、十五万本程だったような気がする。だとしたら、三千本は二分程度だ。恐らく俺は北のやつより毛量が多いだろうから二分を下回りそうだ。
意外と余裕だな──いやいやいや。冷静に考えて、髪の毛が必要なんておかしいだろう。一体何に使うつもりなんだ。
「使用用途を聞いてもいいか?」
「それは……言えないよ……」
ナマエは恥ずかしそうに俯き、頬を染める様子は可愛らしいが、お願い事の内容が結構えぐい。
「その三千本は、例えば千五百本を半分に切って三千本だと駄目なのか?勿論、五百本から三千本に増やす手もありだが……」
「駄目だよ。全部毛根から抜いたやつじゃないと意味ないもん!」
「まさか、切るんじゃなくて、三千本も頭皮から抜き取る気だったのか……?」
「うん」
目眩がした。果たして、好きな男の髪を三千本もむしりたがる女子がこの世にいるのだろうか。もしかして、俺はからかわれてるのか?それとも試されてるのか?
ナマエの中では、このお願いを受けることは相手のことが好きだということになっているのかもしれない。ということは、これはいうなれば告白だ。王国式の告白方法なのだろう。多分。
「いいよ。ナマエのお願いを聞いてやるさ」
「ほ、本当?嬉しい!」
ナマエは可愛らしい顔に満面の笑みを浮かべた。ああ。やっぱり、今のは告白だったのかと合点して、俺も笑みを返す。予想より早く想いが通じ合ってしまったが、その分長く交際できると思えばいいだろう。
「じゃあ、想いが通じ合ったって訳だな?」
「うん?よくわかんないけど、放課後までにこの中に三千本よろしくね」
「え?おいおい。一体どういう……」
「じゃあ、またね」
ナマエは俺に布袋を押し付けると手を振って教室を出て行った。
色恋沙汰については、聞きじりが主だが、それなりに知っているつもりでいた。が、流石にナマエの今の行動の意図はわからない。
「ヒルダ、助けてくれ」
「またナマエちゃんの話ねー?いいわよー」
教室で俺とナマエのやりとりを見守っていたヒルダに状況を説明すると、ヒルダでさえも困惑して、休み時間が終わる前に
ヒルダは呆れた様子ですぐに戻ってきた。
「ナマエちゃん、クロードくんとナマエちゃんがうまくいくおまじないの為に髪の毛が欲しかったみたい」
「うはぁ……どんなまじないだよ、それ」
「さあ。市場で買った本に書いてあったみたい。今
「おいおい。それじゃあ、この士官学校の男子生徒の為にセテスさんにチクるしかないぜ」
恋のまじないは可愛いものだが、内容が黒魔術なのかと疑うレベルのまじないだぞ。そんな本は禁書にしろ。禁書に。
「もう早くクロードくんからナマエちゃんに告白してよー」
「いやー、この微妙な距離感を楽しみたかったんだが……そうだな。禿る前に想いを伝えた方がいいみたいだ。昼休みに行くぜ」
宣言通り、俺は昼休みの始まりを狙ってナマエのいる
「それに三千本入ってるの?」
「いーや」
「えっ……なんで……?」
「よく考えてみてくれ。三千本なんて量の髪の毛をあげることに同意した時点で好きってことだろ?つまり、これは必要ない訳だ」
「えっ?好きって?必要ないって?」
「ナマエになら三千本の髪を根元からやってもいいと思っている」
「そ、それって……?」
「ま、そういうことだ。好きじゃなきゃ、同意しないだろ?」
「ほ、本当?嬉しい……」
ナマエは漸く理解したようで、みるみる顔を赤くさせる。
こっちも結構恥ずかしいのだが、ナマエが感情を全て顔の色で表現してくれるお陰で冷静でいられる。
出会ってから二節程微妙な関係を保っていたが、それももう終わったわけだ。これからはガンガン行かせてもらう。
「よければ、今から一緒に昼飯でも食わないか?」
「うん!あ、でも今日は駄目なの!今からアネットちゃんと森で土を取ってくるの!」
「土……?それって昼飯を食うより大事なことなのか?」
友達の用事を優先することに好感は持てるが、内容が内容だけに衝撃を受けて思わず確認した。
「えっと、アネットちゃんが今片想い中だから助けてあげたいし……土は温かいのじゃないと意味ないからお昼じゃないと取れないし……」
よく意味がわからないが、恐らく
「それなら、明日は休みだから俺と遠乗りでも……」
「明日は大修道院の森に咲いているらしい伝説の『白い太陽が燃え尽きる頃に咲く黄金の花』を探しに行く予定なの!それが見つかれば、アネットちゃんの恋が絶対叶うんだよ!」
ナマエはまるでそれが存在するかのように瞳を光らせて弾んだ声で言う。
伝説ということは存在しないんじゃないのか、なんて言いたいところだが、そんな野暮なことは言えない。ナマエの悲しむ顔が目に浮かぶからな。
「よければ、アネットの為に俺と二人で探しに行かないか?その伝説の白い──なんだ?」
「『白い太陽が燃え尽きる頃に咲く黄金の花』!」
「そう。それだ。それを探しに行こう」
見つかるか見つからないかはこの際どうでもいい。せっかく想いが通じ合ったのだから、ナマエと一緒に過ごせられるのなら、存在の疑しい花探しだろうがなんだろうがやってやる。
「本当?でも、いいの?見つけるのは凄く難しいと思うよ?」
「探しものは、というより探ることは得意だから任せて欲しい。できれば、その花の情報が書いてある書物があれば見てみたいのだが……」
恐らくまじない本だと思うのだが、正直その本に興味津々だ。一体どこの誰がこんな無害な子を騙して、その子の想い人を禿げさせたり、危ない探検をさせたりするのか気になって仕方がない。
「それはできないよ。でも、クロードくんが一緒に探してくれるなら絶対見つかるよ!アネットちゃん、喜んでくれるといいなぁ。あ、もうアネットちゃんと行かなくちゃだからごめんね!また後で連絡するね!」
ナマエは早口に捲し立てると、教室の奥にいるアネットのところへ行っちまった。アネットといえば努力家で地頭もいいとナマエから聞いたが、あれは嘘だったのだろうか。いや、ナマエも成績は良い方らしいことを考慮すると、女子はまじないを信じやすい傾向にあるのかもしれない。
とにかく、今日はナマエに想いを告げられた上に一緒に出かける約束もできた訳だ。今はそれを喜ぶことにしようと思う。