薔薇の誘惑
週末の昼、事前に約束した刻にナマエと森へ前略黄金の花探しの旅に出た。
ナマエと森に行ったのは初めてで、ナマエは突然木に登って木の実を取ったり、ウサギなどの小さな獣を見つければ積極的に追いかけて捕まえようとしたりと、自由奔放で貴族らしかぬ行動には驚いた。俺が想像してたのは、俺がナマエをリードして森の奥地に行き、歩き辛いところでは手を差し伸べ、獣が出れば追っ払っていいところを見せる、そんな散策だった。
ところがナマエは今も身長の二倍はある太い木の枝からゆっくりと地面へ華麗に着地して、制服の白いシャツの袖を肘の辺りまでまくった。
「俺も貴族らしくないとは言われるが、ナマエはその上を行くな」
俺が声を掛けるとナマエは「はしたなかった?」と焦ったように頬を赤らめて乱れた髪や服を整える。
「いや、むしろ益々好きになったよ」
俺の理想の散策とは違ったが、本音では好印象を抱いているし、もっと早くナマエと森に来たかったとまで思っている。
「ええっ?本当?」
「ああ、本当さ。王国でもそんな感じだったのか?」
「王国では領地の森でよく遊んでたの。凄く綺麗な森でね、湧水がとっても美味しいの。こっちに来てからは、たまにメルセデスちゃんとかアネットちゃんとここにお花摘みに来てたよ」
お花摘みとは可愛らしくて聞こえがいいが、まじないの為に三千本の花を摘んで、花畑が裸地になるのを想像した。
「俺もたまに来てたが、会ったことはなかったな」
「そうだね」
ナマエは髪を邪魔そうに耳にかけると、髪の間に小さな葉が付いているのを見つけた。漸くナマエの隙を見つけられてほっとした。やっぱり、ナマエはナマエだな。森では野生的に見えても、どこか抜けているところがある。
「葉が付いてるぜ?」
ナマエに近づけば、ナマエは驚いたように肩を揺らして後退する。まさか怖がられてるのか?だとしたらショックだが、引くに引けない。というか、このままあわよくば行けるところまで行きたいが、この様子だと無理そうか。いやいや、弱気になるとは俺らしくないな。ナマエは俺のことが好きなんだから行けるはずだ。
「どこ?」
ナマエは太い木の幹に背を預けて、両手で髪を必死に梳く。はらりと小さな葉がナマエの髪からゆっくりと落ちると、ナマエは安心したように息をついた。俺はそんなナマエを気にせず、そのままナマエとの距離を詰めて左手を木の幹につき、ナマエの双眼を見つめながら右手でナマエの髪に軽く触れた。
「は、葉っぱ、取れたよ?」
ナマエの顔はこれ以上ないくらい真っ赤で、露出した耳まで赤く染まっている。それに加えて声や体が震えていて、恥ずかしがってるのか怖がってるのかわからないが、俺は前者に賭けることにした。
「ナマエ、いいか?」
「な、何が?」
ナマエの髪の間に右手を差し入れてナマエの頭部を固定すれば、ナマエの潤んだ瞳が忙しなく揺れる。震える声を絞り出すナマエの唇は濡れたように艶やかで、どんな感触がするのかと想像を掻き立てられ、気持ちが逸る。
「わかってるだろう?」
ナマエの身長に合わせて、頭を下げてナマエに顔を近づけた。ふわりとナマエの汗の匂いと花の香油の匂いが少し香った。ナマエと俺の鼻先が擦れ──
「やだ!」
ドンッと両手で胸を思いっきり押された。一瞬息が詰まる程強く、体の重心が後ろへ傾いて、なんとか後退して倒れないように持ち堪えた。
「ナマエ……?」
拒否されたことが信じられなかった。ナマエは俺が好きなはずで、確かに想いを確認しあったはずだ。昨日の記憶を辿ったが、間違いなくナマエは俺が好きであることを認めているようだったが……。
「クロードくんのけだもの!」
ナマエは涙で光る瞳を細めて叫ぶと、背を向けて元来た道を走り去った。
──泣いてたのか……?
残された俺は呆然と、折重なり合う木々の間へ消えていく小さな背中を見つめることしかできなかった。