通勤電車の中で、吊革に掴まりながら目を閉じていた。私は結局、日常を選んだ。 眉間の皺を自覚できるほど目を強く瞑りながら、おぼろげにある自分の母親というものの記憶を遡っていた。 「じいちゃん、お母さんはいつ帰ってくるの?」 小学校に入学したあの日、じいちゃんに手を引かれながらそう訊ねたら、彼はこちらを見ず素っ気無く答えた。そのうち帰ってくるよ。 じゃあ、お父さんは? ばあちゃんは? ふたりは死んだよと、じいちゃんは同じように答えた。当時の私は死というものが何かよくわかっていなかったから、どこかとおいところにでも行っちゃったのかな? なんて考えていた、ぼんやりした子どもだった。 お母さんにも、にゅうがくしき、きてほしかったなあ。 ほかのこたちみたいに、いっしょに、しゃしんとりたかったなあ。 知らない親子たちで賑わう校庭を、じいちゃんと私だけが静かに後にした。じいちゃんの歩幅に合わせながら私の履いた紺色のスカートはひらひら揺れ、握られた右手がやけに痛かったのを覚えている。 それからしばらく経って、高校卒業間近って頃にそのじいちゃんも亡くなった。葬儀はこんなに簡素なものがあるのかってくらい、さらっとしていた。じいちゃんが勤めていた工場の人や、その近辺の商店街の人たちがちらほら焼香を上げに来てくれて、しかし親類は誰一人現れなかった。 父親の存在はいくら振り返っても無いので、恐らく母子家庭だったのだろうが、記憶の彼方に点々と残る母親はどうして娘が18になっても、祖父が死んでも現れないのか。いっそどこかで死んでくれていた方がマシだった。昔々に、悪意あるおばさんたちの井戸端会議で盗み聞いた噂が突き刺さる。 「あすこの母親は父親で無い別の男の尻を追っかけてすべてを捨てていったのよ」 ← | → |