「それじゃあすみませんが、お先に失礼します」



 ホワイトボードに張り付けられている自分の名字が載ったマグネットを裏返し、退社する。

 今夜は華の金曜日で、後輩のエミちゃんは年下の彼氏とデートだとニコニコしていたもんだから、つい彼女の請け負っていた仕事を自分にスライドさせて結局、20時を少し過ぎた。どのみち私の場合、明日も出勤だからさしたる特別感もない。

もともと、華金に残業してもなんら問題はないのだ。いつもと同じように帰路に着き、いつもと同じように冷蔵庫の余り物を適当に食べ、特に楽しみにしているわけでもないが録画しているドラマを適当に流し見ながら、ぼんやり過ごして眠るだけなのだから。
 私がそういった生産性のない時間を過ごしている間、同年代の女の子がどのように夜を超えているのかなんてもう考えない。それこそ一番無駄なことなのだと悟れたのが一番よかった。


(あー……だめだ。テンション落ちてる。上げよう)


 昨日届いた手紙のせいで、いつもの金曜日には(それが通常すぎて)考えないような暗い言葉がどこからともなく湧いてくるので、家近くのコンビニにするりと入った。



… … …



 陳列棚の間を縫うように歩き回る。ひとつひとつ新作のお菓子なんかを手に取って眺めていると、なんとなく視線を感じてそっとお菓子からピントをずらし、視界の端から周りを盗み見る。

 ……誰かいる。だれか、私の動向を伺っている、気がする。



 頑張って、視界の端に映した該当する怪しげな人物を、こちらも観察する。見える限り、サラリーマンか。
 ダークグレーのシングルスーツをぱりっと着こなして、一瞬フレッシャーズかと思ったが、意外と年は取ってそうだ。三十路くらいか。眉間に深く刻まれている皺さえなけりゃもてそうな、栗色の髪をした爽やかリーマンは、これまた神経質そうな銀縁眼鏡をかけて、その外見に似合わないコンビニスイーツの前に立っていて(ちょうど私のいるお菓子棚の反対側だからだろう)しかしピリピリと、こっちに届くまで気を集中させているのがわかる。

 一体何が目的で、こんなモデルみたいなリーマンが私を見張っているのか不明だ。あまりにタイプがかけ離れているのでターゲットは自分じゃないのかも、と思い雑誌コーナーに移動してファッション誌を立ち読みしてみるが、そうすると彼もまた移動し、なんということか、女性向けファッション誌を手に取って開く。意味不明だ。なんで年齢も性別も異なるのに、ふたり並んで赤文字系雑誌なんて読んでんだ。非常に意味不明だ。逆隣りでエロ本広げているおじさんがチラ見しているぞリーマンよ。

 いろんな意味で怖くなってきた私は、けして若い女の子ではなくなったとはいえ、¨女¨であることに変わりない。あいにく電話一本でコンビニまできてくれるような彼氏もいなけりゃ、しかし友だちも呼び出してしまうのには気が引ける。と、いうより、学生時分でもないんだから自分の身は自分で守れる。

 という事で、未だ私をさりげなく伺い続けるリーマンの隙をつき、コンビニからはじけるように飛び出した。店員さん、驚かせてごめんなさい。





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