真夏の白昼夢

 夏は暑い。照りつける日差しは容赦ないし、日本の気候特有の湿気が体感的な暑さをより加速させる。このじめっとした暑さは人を活動させる気力を削いでいく。
 机の上に開かれた夏休みの宿題はまだページの半分ほどしか埋まっていない。とりあえず問題文を読んでみるが、暑さに支配された頭ではぼんやりとしか捉えられず、ペンも進まない。目の前の蓮二に目をやれば、暑さなどなんのそのな様子で解き進めているようだった。迷いもなくスラスラと動き続けるペン先がふと動きを止めて、蓮二の端正な顔がこちらを見た。

「集中できてないな、精市」
「そりゃあ、もう」

 この暑さだから、と続けようとしたそのとき、襖が開いて部屋の主が入ってきた。手には氷の入ったグラス三つと麦茶のポットが載ったお盆。部屋の主――真田は部屋の蒸し暑さに顔をしかめながら、手際よくテーブルにグラスを並べる。グラスに麦茶が注がれ、氷がカランコロンと小気味良い音を立てた。
 ありがと、と真田に礼を伝えて麦茶に口をつける。心地よい冷たさが身体の中に広がり、暑さで茹だった頭も少しは冷えたようだ。目の前の中途半端な宿題に向き合おうとするが、やっぱり麦茶の力だけではこの暑さには到底勝ち目はない。続きは涼しくなってから家でやろう、とペンを放り出そうとしたとき、蓮二が口を開いた。

「……続きは家でやろう」
「え?」
「と、思っているな?」

 にやり、と笑って蓮二が言う。蓮二の言葉に真田も手を止め、こちらを見る。その目は普段の厳しい視線ではなく、穏やかな、真田にしては珍しく優しげだ。そしてくすりと笑う。

「幸村、もう疲れたのか」
「ん……疲れたというか、こんな暑さじゃやる気にもならないというか」
「そうか。でもこの勉強会をしようと言い出したのは幸村、お前だぞ」

 そう、夏休みの宿題がまだ残ってるから、と二人を誘ったのは俺だった。三人寄れば文殊の知恵、ではないが、一人だとどうしてもいろいろ考え事をしたり妙に落ち込んだりで全然集中できないのだ。監視の目が(と言ったら失礼かもしれないが)あれば、少しは捗ると思っていたのだが、暑さのことは考えていなかった。八月も終わりとはいえ、真昼間は暑い。とにかく暑い。蝉もうるさいくらい鳴いているし、遠くからは子どもたちがはしゃぐ声が聞こえる。いくら二人がいて緊張感があったところで集中できる環境ではなかった。

「それについては、申し訳ないと思ってるけど……」

 そう笑ってごまかす。それを聞いて真田もふ、と息をつき、やりかけのプリントの束をぱたりと閉じた。そして飲みかけの麦茶を一気にあおる。氷がカランと音を立てた。

「海へ行こうか」


-----------------------------


 電車に揺られて20分。海が見える駅で俺たちは電車を降りた。砂浜の代わりにテトラポットが並んだ殺風景な海。釣り人がぽつぽつといてもよさそうだが、今日はいないようだ。俺たち三人だけの空間。
 海水浴客であふれる賑やかな海を想像していたから、思ったより寂しげな風景に切なさを覚えながらも、あの日からもやもやと心を支配していた感情を整理するのにはぴったりな場所だと思った。
 堤防を歩いていく。二人の歩みはゆっくりで、まるで何かを確かめながら一歩ずつ進んでいるようだった。波の音を聴きながら、あの日を思い出す。我が立海が負けた、あの日――。



* * *

全国大会後の話 夏が終わってしまったので供養です
あの日に思いを馳せる三人を書きたかった

もどる