お目覚めです


『……ここ、どこだ?』

 目覚めた恭一郎がいたのは、白を基調とした金色の装飾が眩しい部屋だった。
 その出自故にそれなりの審美眼を持つ恭一郎は、この部屋の調度品や装飾が質の良い物であることはすぐに分かった。
 ベッドは矢鱈とふかふかだし、ここが病院でないことは明らかだ。

 え……もしかして、俺死んだ……?

 全身に銃弾を打ち込まれたのだ。
 助かったのだとしたら病院にいるはずで、医療器具など一つも見当たらない華やかな部屋にいるはずがない。
 死後の世界なんて本当にあるんだなー……と、考えることを放棄した恭一郎は現実逃避に走った。
 こんなに良い所で生活できるんなら地縛霊とかゾンビなんかやってないでこっちに来たら良いのに、なんて、可笑しな方向へ思考が動き出した時だった。
 部屋のドアが開いて天使が姿を現した。と、恭一郎は思った。
 首を覆う高い襟に辛うじて爪先が覗く程長い裾。布の使用量は多そうだがフリルなどは無く豊かなドレープが波打つ衣服は純白だ。
 赤みがかった白い肌と白金の髪、スカイブルーの瞳。絵画でよく見る熾天使そのものだ。

「漸く、お目覚めになられたのですね。お加減は如何ですか?」
『……何だって?』

 熾天使様の言葉は通じなかった。
 熾天使様にも恭一郎の言葉は通じなかったようで、目をパシパシさせている。

「えーっと……少々お待ち下さい」
『あん?』

 熾天使様は柔らかな笑顔を浮かべたまま退室していった。
 直後に、バタバタ……ドタンッ……バタバタバタバタ……と激しい音が外から聞こえてきた。徐々に遠ざかっていくその音が、まさか熾天使様が奏でていたのだとは思いもしなかった恭一郎は、後に彼の本性を知って非常に驚くこととなるのだが、それは一先ず置いといて。

 熾天使様、もとい、ミルが向かったのは彼の主であるライの元だ。
 ライは帰城した後、皇帝に呼び出されて、伴侶となったのだからノークの世話をするようにと命じられた。
 ライは言葉の裏に隠された父の本意を読んでいる。
 ただの世話係ではない。監視して素性を暴けと言っているのだ。そうして、ライの人を見る目や皇帝としての資質を試そうとしているのだ。
 祭場で見せていた興奮していた様は半分は演技だったらしい。あの人間を示す言葉として”ノーク”を宛ててはいるが、国鳥そのものだなどとは欠片も思っていないことは、冷めた目を見ればすぐに分かる。

 自室へ戻ったライはソファに腰を下ろし深い溜息を吐いた。
 ライにとって誕生日は一年で最も嫌いな日だ。自分の意思とは無関係に色々なことが決められていってしまう現状に嫌気が差す。夜になれば望んでもいない祭典が開かれ、媚び諂ってくる貴族の相手をしなければならないことも、ライを憂鬱な気分にさせる一因だ。
 溜息が止まらないライの耳に、騒がしい足音が届いた。こんな音を出す人物をライは一人しか知らない。
 何だかんだ言って、そんな彼に救われている。本人には死んでも伝える気は無いけれど。

「ライ様!」

 相変わらず行動と見た目が合致しないミルに、呆れた表情を隠しもせず目を向けた。

「例の方ですが、お目覚めになられました。しかし……言葉が通じないようなのです。やはり本当にノークだったのでしょうか?だから人の言葉が通じない、とか?」
「……クアーとでも鳴いたか?」
「いえ……な、て?とか、あ?とか言ってましたけど意味はさっぱり分かりませんでした」
「会ってみる」

 そういう”フリ”をしているのなら一目で見抜ける。そのためには直接対面しなければならない。
 ライはソファーから立ち上がるとチェストから徐に短剣を取り出し懐に仕舞い込んだ。
 伴侶になったとは言え得体の知れない人物と退治するのだ。用心するに越したことはない。