これの続き




最近俺には悩みがある。


気高く美しく、高貴で高潔、清らかで凛々しい。そんな言葉が一目その姿を見ればつらつらと出てくるであろう、そんな森のエルフ、レゴラス様とあろうことか、まさかの恋仲になって早数ヶ月。ミナス・ティリスにしばらく滞在していたレゴラス様は、旅の途中に立ち寄った森や洞窟に訪れながら国に帰っていった。勿論(?)問答無用で俺も一緒に連れていかれたので、俺は今現在レゴラス様が生まれた国、森の王国に滞在中だ。人生何が起こるか分からないもんである。
森の王国は神秘的だ。まさか生きてる内にエルフの国に滞在するなんて夢にも思わなかったので、思う存分楽しませてもらっている。奇異の目を向けられることもままあるし、レゴラスの父上であるスランドゥイル王にも何かとちょっかいを出されることもまああるが、それでも何とか上手くやっていけている、ような気がする。

話を戻そう。俺とレゴラス様の関係であるが、レゴラス様からの一方的な告白、から一歩前進した関係になった。具体的に言えばお互い同意の上で口付けをした。それがミナス・ティリスに滞在していた時のことだ。最初はよく分からなかったレゴラス様に対する俺の想いも、彼と共に時間を過ごすにつれて今では「彼のことが好きだ」と、しっかりと自覚している。
そして、俺の今の悩みはレゴラス様のことが好きだから故の悩みだ。

「それで、そのファンゴルンの森には──、」
「(顔が良い………)」

ぼうっと輪郭をなぞるように見つめる。旅の途中で訪れた森や自然のことを楽しそうに語る横顔はとても美しい。時折俺に向けられるその水色の瞳は清らかな水のように澄んでいて、全てを見透かされそうなほどだ。透き通るような白い肌にほんのり色づいた薄い唇も、そこから出される涼しげな声も、今では全てが愛おしいと思う。ああ願わくば、その唇に噛みつくような口付けをして、身体の隅々まで暴いて俺のものに──、

「っ、……」
「ナマエ?」
「ナンデモナイデス………」
「…僕の話、聞いていたのか?」
「キイテマセンデシタ……ゴメンナサイ……」

めちゃくちゃ小声になったしなんなら変に片言になってしまった。明らかに挙動不審な俺にレゴラス様は怪訝そうにその柳眉をひそめる。

俺は欲張りだ。想いが通じ合えば、すぐさまもっとその先をと求めてしまう。
レゴラス様のことが「好き」だと痛感した途端、お互いの想いが通じ合っていると実感した途端、レゴラス様のことを「もっと欲しい」と思うようになってしまった。
今までしたことのない味わうような深い口付けをしたら、レゴラス様はどんな顔をするのだろう。普段は見せないその素肌に触れれば、どんな反応をしてくれるのだろう。ここ最近そんなことばかり考えてしまう。それが嫌で仕方ない。
レゴラス様相手に、こんな醜い感情を抱くのは間違っている。間違っているのだ。なのに止められない、いい年して感情のコントロールができていない。このクソデカ感情が収まるまでレゴラス様から離れた方が良いのかもしれない。そう思うほどに今の俺は重症だった。さっきみたいに、気付いたらぼうっと危ないことを考えてしまうくらいには。

「(外の空気を吸ったら少しは紛れるかも、それともギムリに相談してみるべきだろうか)」

何しろギムリはレゴラス様と共に旅をしてきた親友だし。彼とはミナス・ティリスで知り合ってから森の王国への旅路の道中で仲良くなり、今では同じくエルフの国に滞在する数少ない友人の1人だ。まあ俺のレゴラス様の悩みを相談したところで「俺が知るか!」なんて苦虫を噛み潰したような表情で言われそうだけど…。ああ、とにかくこの頭の中に満ちている醜い想いを消し去りたい。

「……すみません俺、ちょっと疲れてるのかもしれないです…。外出歩いてきます」

色々と考え込んだ挙句結論が出ず、自己嫌悪の中結局そう断りを入れて立ち上がる。
けれど、レゴラス様に手をするりと掴まれてそれは叶わなかった。

「ナマエ」

レゴラス様は俺を呼んで、黙ったままじ、とその真っ青な瞳を俺へと向ける。何故だ、とその瞳は理由を聞いているように見えたけれど、俺は何も言えなかった。ずっと黙っている俺を見て、レゴラス様は「座ってくれないか」とぽつり。何を言われるのだろう、不安を覚えながらも言う通りにレゴラス様のとなりに座り直せば、彼は静かにため息を吐いて。

「何を隠している?」
「エッ」
「見れば分かる、挙動不審だ」
「そ、んなことないですよ、」
「そんなことはある、ここ最近ずっとだ。僕のことをじっと見つめているかと思えば変に距離を取るし、目も合わせようとしない」
「う………」

つらつらと述べるレゴラス様に言葉が詰まる。さすがエルフ、何でもお見通しである。もしかしたらエルフじゃなくても明らかなくらい俺が分かりやすいだけなのかもしれないが…。だが、幸いにも俺がレゴラス様に対して邪な思いを抱いていることまではバレてはいないようだ。そのことにはあ、と胸を撫で下ろしたのも束の間、レゴラス様はじと、と俺を見据えて。

「……ナマエ」
「え!ちょ、ちょっとレゴラスさま近い、」
「さあ、隠していることを言うんだ」
「あ、っま、ちょっと!」

突然じりじりと顔を近づけてくるレゴラス様に対して、じりじりと身体を後ずらす俺。が、ただの人間がエルフから逃げられるわけがない。軽くとんと胸を押されたかと思えば、いとも簡単にソファの上に組み敷かれてしまった。抵抗など無駄だ、何故ならする暇もない。はらりと金色の髪が落ちて、レゴラス様と俺を包む。まるで金色の絹のカーテンみたいだと思った。ああもうくそ、現実逃避をするな!!

「ナマエ」
「ヒイ……!」

顔が良い!最早かわいい!そんなちょっとムッと不貞腐れた表情で(しかも間近で)俺を見ないでくれ!かわいいだろ!そう叫びたかったがそれは小さな悲鳴となって2人の間に消えていった。せめてとばかりに目を強く瞑って顔を逸らすが、どうやらこれがいけなかったらしい、

「これ以上隠すなら僕の矢でその喉を貫こうか?」
「冗談に聞こえないんですが?!」
「冗談ではないからな」

レゴラス様はにこり、きれいな笑みを作ってかなりエグいことを言い出した。目が笑ってないしマジだ。このエルフ本当にやる気だ。

「ナマエ」
「う、うう…」

これ以上は待たない、言えと、そう言うかのように、もう一度、ゆっくりと俺の名前が呼ばれる。だめだ、もう言うしかない。これ以上拒否していたらこのエルフ本当にやりかねないし、本当に怒らせてしまうだろう。その前にレゴラス様に言えない隠し事(しかもタチの悪いやつ)をしているという罪悪感が爆発してしまう。
ちらり、彷徨わせていた視線をひとたび合わせれば、すぐさまその瞳に囚われる。
俺がこんなどうしようもない想いを抱いていると知ったら、レゴラス様はどう思うだろうか。呆れられるだろうか、軽蔑されるだろうか、嫌われるだろうか。どちらにせよもう逃げ道はない。どんな反応をされようと、言うしかない。

「俺、その、」
「ああ」
「レゴラス様に対して、……よ、……」

掠れていた声を、そこで言いかけていた言葉を止めた。
邪な思い?こんなことになっていて、今更オブラートに包む必要なんてあるのだろうか、回りくどい言い方なんてしてもまどろっこしくなるだけだ。要は俺は、

「っ触れたいんです」
「………」
「あ、貴方に触れたい」

もう一度、意を決してその空色の瞳を見据えながら言葉にする。
レゴラス様の表情は変わることはなかった。

「………例えば?」
「へ、……」

痛い重い沈黙の後、やがて呟かれた言葉に声が詰まる。マイナスのことばかりを考えていたから、例えばなんて、そんなことを言われるとは思ってなかった。

「た、たとえばって」
「ほら、僕は逃げはしない」

どう説明すれば良いのか分からないと狼狽えるばかりの俺に、レゴラス様は「ほら、思う存分触って良い」と更に促した。つまり実際にやってみろと、そういうことか。
本人にお膳立てまでされているのだから、ここまできたらもう触れるしかない。けれど、どこに?

「………」

そう思ったはずなのに、気付けばその頬に触れていた。緊張のあまり手が震えていたような気さえする。年甲斐にもなく体が熱い。なのに自分の指先は驚くほどに冷えている。
久しぶりに触れたその白い肌は滑らかで、温かくて、壊れてしまいそうだった。
思えば、自分からレゴラス様に触れたのは初めて口付けをしたとき以来かもしれない。あれ以来レゴラス様から触れられる頻度は増したけれど、自分から触れるというのはやっぱり恐れ多いという思いがあってできなかったのだ。

「……っ」

そう考えると堪らない気持ちになった。今まで堰き止めていた欲望が、決壊したように暴れ出す。
衝動のままもっと触れたい。もっとレゴラス様のことを味わいたい。けれどだめだ、俺にはそんなことできない。
感情が胸の中で激しくせめぎ合う。悶々と考え込んで、結局はその頬に触れる手を動かすことはできなかった。

「またくだらないことを考えているんだろう」
「くっ?!」

どれくらいそのままでいたのか。ナマエ、とため息混じりに名前を呼ばれ、それにハッとして目線を向ければ、レゴラス様はどこか呆れの混じった表情で。更には馬鹿だな、なんてしかめ面で続けられた。ひどい言われようである。

「何を恐れているんだ?怖がる必要なんてどこにもないのに」
「だ、って」
「だって何だ。君が僕にそういう“邪な”想いを抱いているのはずっと前から分かっていたさ」
「……え"っうそお!?」
「……まさか、本気で隠し通せていると思っていたのか?」

うそだろ!平然とした顔で衝撃の事実を告げられ、一瞬硬直した後に素っ頓狂な声を出してしまった。レゴラス様はそんな俺を見て信じられないとでも言うような目を向ける。俺はぐう、と唸り声しか出ない。そうです、本気で隠し通せていると思ってました!!!

「人間の考えることが分からないとでも?というか、それ以前の問題だ。ナマエ、君は分かりやすすぎる。いつ僕にその“邪な気持ち”を打ち明けてくれるかと半ば期待して待っていたが、いい加減待ち飽きたんでね」
「そんなあ……」

弄ばれていた感覚だ…。まさかずっと前からバレていたなんて、しかもご丁寧に俺が言おうとしていた言葉まで使って言われるとは……。ていうか俺やっぱり分かりやすかったんだな、ここまで来ると恥ずかしさが一瞬回ってやるせない。その事実に打ちひしがれていると、その様子を無言で見つめていたレゴラス様が静かに口を開く。

「ナマエ、君は僕たちエルフのことを何だと思ってる?」
「……何って、」

何とは。俺からしたら、エルフは人間とは全く違う高貴な種族だと思っていた。レゴラス様と出会って実際の彼らの文化や風習を学んでも、未だにそう思うことが多いのが本音だ。人間とエルフは違う種族で、俺とレゴラス様は「違う」のだ。俺がそのことで悩んでいることを知っているからなのか、どこかレゴラス様は目を細めて話を続ける。

「どうやら君はエルフのことを神聖視しすぎじゃないか?エルフにだって欲望はあるさ。人間と同じようにね」
「………」
「愛する者と触れ合いたい、繋がりたい、そう思うのは自然なことだろう」

違うかい?俺にそう問いかけたレゴラス様は微笑んで、頬に触れている俺の手に自分のそれを重ねる。瞳を閉じて味わうように、愛おしそうに俺の手のひらに擦り寄る様に、どうしようもなく胸が高鳴った。それはまるでスローモーションのようで。一秒一秒がコマ送りのようにゆっくりと、その動作が俺の目に焼き付いていく。
そして、レゴラス様はその美しい瞳に弧を描き。

「ナマエ、僕は君に触れられたい」
「……っ」

ああ、そんな表情でそんなことを言われたら、

「……おれ、貴方に何をしてしまうか、」
「望むところだ」

震える俺の言葉にレゴラス様はうっそりと笑って、俺にひどく優しい口付けを落としたのだった。







20190720

終わりから始まった恋の話2

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