それは無意識というより、ナマエの意識とは別の――ナマエの中にある何かの意思が働いたように見えた。スタークの頬の傷をその不思議な力で治したナマエの顔面は蒼白で、身体を竦めて俯き、膝の上で握る拳は白くなるほどに力が入っている。
スタークとスティーブ自身に起こった出来事により、アスガルドからやってきた雷神、ソーの言う通り、ナマエの中には何かがあるとスティーブは確信した。ソー曰く、彼とロキの世話役だったというレノスの力だというが。その力を何故アスガルド人ではないナマエが持っているのかはまだ分からないが、ナマエはそのレノスと瓜二つだと言うし、きっと何か関係があるのだろう。
ソーはレノスのその力は癒しの力だと言っていたが、そんな不思議な力と縁のゆかりもない、今まで普通の生活を送ってきたナマエにとって、自分に潜んでいる得体の知れない"何か"は恐怖に近いはずだ。固まった状態のナマエに目線を遣りながらスティーブはそう思う。一方ナマエのその姿を一瞥したスタークは、そうだと何かを思いついたようにスティーブに向けて口を開いた。
「バートンが目を覚ましたんだ。もし彼が動ける状態なら、操縦を頼むついでにナマエも連れて行くか。紹介させよう。」
ロキがなぜナマエを狙ったのか、何かしら情報を得ているかもしれないからなと、淡々とスタークが言葉を続ける。
「それは…、」
が、スティーブはスタークの提案に答えを濁した。今のナマエは非日常に放り込まれ、ただでさえ訳が分からない状態だろうに。現にさっきは取り乱して泣いていたくらいなのだ、そんな今の彼にそれは酷ではないのか。
そんなスティーブを見て、スタークはおいおいと肩を竦める。
「なんだ、ただの一般人は知らない方が良いって言いたいのかじいさん。私たちは何も知らない、ついでに言えば意思疎通もままらない善良な一般市民であるナマエを巻き込んでしまった。彼がロキと何らかの関係があると踏んだからだ。そして、それは間違っていなかった。」
一旦そこで流暢に続けていた言葉を切って、スタークはスティーブの方を見遣る。彼の理知的なブラウンの瞳は続きを促すかのようにスティーブを見つめている。
「……彼には知る権利があると、そう言いたいのか」
そしてスティーブがスタークの言葉の続きを代弁すると、ああその通りだとスタークはふ、と口角を上げた。そしてだから、と彼は続ける。
「巻き込んでしまった以上、当の本人には当然知る権利があるだろう?何たって自分のことなんだからな。自分が何者なのか。どうしてそんな得体の知れない力を持っているのか。なぜソーとロキが一方的に彼を知っているのか」
まあ、本人が知りたくないなら無理に付いてこなくていいと思うが、そこまで言ってスタークは再びスティーブを見遣る。
「…、そうだな」
スタークの言っていることは尤もだ。彼には知る権利がある。なら、本人の意思はどうあれ、その機会はあって然るべきだ。
スティーブがナマエ、と名前を呼ぶ。それに目の前の青年は弾かれたように俯いていた顔を上げた。その表情は硬く、依然として顔色は悪いままだ。そんな彼に少しでも気遣ってやれたらと、そんな思いでスティーブは出来る限り柔らかい口調で、ゆっくりと事情を説明した。
「……行きたい」
そうして一通り説明を終えた後。「行きたい」と、頷いたナマエの瞳は真っ直ぐなもので。決意を秘めたその真っ黒な瞳に、スティーブは強く思った。
この時、この健気で気丈な青年のことをなんとしても守ってやらなければと、確かにそう思ったのだ。
20190507