あこがれ


 ナマエが遊木を匿ったのはただの気まぐれだ。なんとなくで受けた校内アルバイトが思っていたより大変だったので助っ人が欲しかったのもある。ぜえ、と肩で息をしながら座り込む遊木はナマエを見てへにゃりと笑った。

「助かったよ」
「……いえ、」

 ナマエは木陰に置いていた水筒を引き寄せて遊木に手渡す。彼がありがとうとそれを受け取り、飲み口に口を付けたところを見計らい話しかけた。
「よかったら、雑草抜くの手伝ってもらっていいですか?」
 ナマエが尋ねる。遊木が瞬きをして、さすがに露骨過ぎたかなあとぼんやり考えていると、彼は「いいよ」と快諾した。



「なまえ、聞いてもいい?」

 二人で腰を下ろして雑草を抜く最中、遊木がそう尋ねてきた。作業を始めてから黙りとしていた彼からの言葉にナマエは少し逡巡したあと、「一年のミョウジナマエです」と答える。続けて、「遊木先輩のことは知ってます。trickstarですよね」と言った。
「うん。ナマエくんはどこのユニット?」
「俺……俺はソロでやってるので特にユニットとかは」
 そう言うと遊木は「へえ!」と声をあげ、凄いね、と口にした。ナマエはうーん、と唸って「べつに誘う人がいなかっただけなんです」と答えた。

「人見知りなの?」
「えっと、そうかも。人といると疲れちゃうので」
「あはは、なんか分かるなあ」
 遊木は同級生にも影片くんって子がいてね、と話し始め、ナマエは顔も知らない影片という人について考えた。

「雑草抜くのって大変だけど、だからこの辺りの花は綺麗に咲けるんだよね」そんな感じしない? と遊木は問いかけた。
「はあ」気のない返事をしてしまう。ナマエはアイドル活動のためにこのアルバイトを選んだだけだった。そもそも、アイドル活動自体に本腰を入れているわけでもない。なんとなく、だ。だからそういう風に考えるものなんだなあとナマエはぼんやり思って、頬を掻いた。軍手は外したものの細かい土が纏わりついた指は少し生臭かった。
 遊木はナマエの反応に曖昧に笑って、ただその顔は愛嬌があるというか、庇護の類の感情を抱くそれだ。
 ナマエは軍手をはめ直しながら、納得したとばこりに肯く。
「瀬名さんが遊木さんを追いかけるの、なんか分かる気がします」そう呟くと、隣でぶちぶちと雑草を抜いていた遊木が「え゛っ」と引き攣った顔で立ち上がる。
「でも、俺追いかけないですよ」ナマエは困惑した様子で言った。そ、そう。と遊木が呟いて、隣に戻る。
「俺、たぶん好きなものはバカみたいに甘やかしたりとか、構い過ぎたりとかでダメにしちゃうから。距離感がわからないし、あんまり近づかなくなるかも」
「……うーん、それはそれで寂しいよね」遊木は言いながら眉を寄せた。そして続ける。「え、ナマエくん僕のこと好きなの?」
「どうして?」ナマエは顔も上げず聞き返した。
「……どうしてって、それは、その……僕が言うのはなんか違うような気が、」「ゆうくん!」「ひっ!?」
 草陰から突如として現れた瀬名の姿に遊木が即座にナマエの背後に回った。驚く間もなく二人の先輩に挟まれる形となったナマエは鬼気迫る瀬名の形相にう、と呻きながら、ひとまず腕を背中側に回して遊木を庇った。
 遊木はよほど瀬名が苦手なのか笑顔さえ浮かんでいなくてすこしかわいそうだなとナマエは思った。一歩身を引くと、小声で囁く。

「……逃げていいですよ」
「え、でも」アルバイトの手伝いを気にしているのか、遊木は雑草の残る花壇を見遣った。ナマエは苦笑する。やさしいひとだな、と思った。
「もう充分助かったので、その……走って!」
「は、はいッ!」

 ナマエが上げた大声に瀬名と遊木が怯んだと同時、次に反応が早かったのは遊木だった。あっという間に遠くなる遊木の姿に、我に帰った瀬名が「ゆうく、……!」と手を伸ばす。が、行き場もなくその手を降ろした。
 茶色の地面が見えかくれする花壇の端で、瀬名がナマエを睨みつける。「最悪!」悪態をついて、彼は苛立ったように腕を組む。ナマエは首を横に振って、ため息をついた。
恐らく、余計なことは言わないに限るのだ。


BACK