バタフライエフェクト


 海賊のにーちゃんがぶっ放した弾丸がおれの大腿を突き抜けた時、冗談抜きであっやべえこれは死んだな、と思った。なにしろ傷口の広さがエグいくらいで血管の太いとこに命中したのか出血も半端なかったからだ。更に振り向きざまに胸を撃たれるという追い打ち。同期のコビーが絶叫してヘルメッポが飛んでくる。 
 おれは身を屈めて「悪ィ、お先」とふたりに向けて片手を上げた。「ナマエ!」誰かの怒声が響く。

 ううん、アタマ が まっし ろ だ  な──、



 うーん。なんで死ななかったんだろ。分からないがおれは助かったみたいだ。おれが目覚めて真っ先に目にしたのは同期のコビーで、「生きてる?」と思わず尋ねたところ、ブンブンと首を縦に振った。
 ベッドで泣き崩れるコビーが「よ、がっだあ゛あ゛……」と掠れた声を上げるので申し訳ない気持ちになる。ヘルメッポは? ともう一人の同期のことを聞くとおれのお見舞いに持ってきた果物を剥いてくれているそうだ。

 あの後看護師がすっ飛んできてよく分からないまま検査やら怪我の状態やらを説明された。奇跡的に胸も足も二ヶ月ほどあれば使えるようになるらしい。後はリハビリと兼ね合いとのこと。ついでに上司もすっ飛んできて「よくやった! お前はレジェンドじゃナマエ!」とお褒めの言葉をいただいた。

「書類整理ぐらいならやれますよ。早めに復帰します」

 上司ことガープさんとの話し合いで今後の予定を決めていたところ、おれがそんなことを提案したらコビーが「この仕事人間!」と珍しく怒った。ヘルメッポが「おれならもうちょっと休みてェなあって思うところだよ」とぼやく。思っているより体が軽いし休まなくて大丈夫だと思うと言うとガープさんは大笑いしていた。



 さて、言葉通りおれは二週間休んだのち仕事に復帰した。もう一人の上司がクザンさんなので書類をさばくには事欠かない。おれは別に仕事大好きなわけではないけど積み重なったものを片づけていく感覚にエクスタシーを覚えるタイプなのだ。

「お、そこのお前」
「ん?」

 先輩に届ける書類片手に本部の廊下を歩いていたところ、後ろから呼び止められた。振り向くと桃色のオッサンが突っ立っていて、こんな人いたっけなあと考え七武海のメンバーというところに思い立った。
「なんですか?」
「今日の会議の場所分かるか。ド忘れしちまってなァ」
 ぽりぽりと頭を掻くオッサンにこっちっスよと誘導すると嬉しそうについてきた。
「フッフッフッ、本部はだだっ広いだけで整合性が足りねェから助かったぜ」
「最近区画整理されたんですよ」
「そうか。なァところで海軍のコーヒーってなんであんなマズイんだ? ドブから抽出してんのか?」
「経費を絞ってるから安いのを大量購入してるんです。淹れてもらうときに紅茶にしてください、ってお願いしたらいいと思います。多少マシなはずです」
「そうか分かった」
 隣を歩くオッサンは背がめちゃくちゃデカい。こういう人が強いのは王道なんだな。コンパスの差かおれはちょっと早足で歩かないといけなくて病み上がりにはきついなあと思った。

 桃色のオッサンことドンキホーテさん(名前を教えてもらった)と世間話をしていたらようやく会議室についたので、どうぞお入りくださいと促したらなぜかおれの背中も押されて同時にインする形となった。
 普段は入ることのない会議室におれは戸惑う。海軍のお偉いさんが並ぶ中気だるげなクザンさんが見えて少し安心した。こういう会議にも一応出てるんだなあと思った。サカズキさんとボルサリーノさんは初めて見た。
 と、思ったらサカズキさんがおれを見るなり眉を寄せて拳を握る。じゅッと音が鳴って拳から火が点いた。「その足はどうした」足? おれが自分の足を見やると真っ白い制服のズボンの片方が真っ赤に汚れている。ありゃ、と思って振り向くと転々と続く血痕。ドンキホーテさんが大丈夫かァと特に心配した様子もなく尋ねてくる。
「は、自分は先日怪我をしまして。歩いていたら傷口が開いてしまったようです、お見苦しいところをお見せしました」
「……そうか。ところでお前はどうしてドフラミンゴのやつと一緒におる」
「ドンキホーテ様が会議室が分からず困っていたので案内した次第です」
 ここまでやり取りしたところでクザンさんがようやく「あれ? おれの部下?」と呟いた。視線がこちらに向けられたので軽く会釈する。あらま、と手を振られた。

「……クザン。お前ンとこの部下か、こいつは」
「んー、そうだけどさ。ナマエちゃん今日は書類整理してなかった?」
「お渡しする書類がいくつかありましたので出歩いていました」
「言ってくれればこっちが寄越したのに」
「いえ、恐縮ですから」
 真面目だねえと呟いたクザンさんに頭を下げる。「業務連絡は会議が終わってからにおし」と声が上がる。おつるさんだ。
 そりゃそうだと思って「大変失礼しました」と引っ込むことにした。去り際にドンキホーテさんが「また暇があったら遊ぼうぜ」とおれの頭を一撫でする。会議室の温度が上昇した。サカズキさんがおれを睨んでいたので曖昧に肯いて会議室を後にする。

「血が!」

 と思ったらたしぎさんに遭遇してそういや出血してたわと思い出す。
 廊下を振り返るとやっぱり血痕が──、 な ん か ぼうっ と  する



「この仕事人間!」

 うーんデジャヴ。真っ白いベッドの上で目覚めるとコビーがまた怒っていて、ガープさんに「やっぱり早かったかのう……」と難しい顔をされた。ので、仕事復帰はなくなった。
 ついでに七武海のドンキホーテさんからの伝言で「紅茶はまあマシだったぜ」とのこと。よかったよかった。ガープさんは「なにがあったんじゃ」と困惑していたが。
ちなみにヘルメッポはおれが転々と残した血痕の後始末をさせられているらしい。制服のクリーニングも出してきてくれたらしく非常に申し訳ない限りである。


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