「アンタが有神論者だってことにゃ異論を唱えるぜ。だってこれは──」
どう見たって、イカサマじゃないか。──そう項垂れるロビンフッドにナマエは笑った。隣にいるビリーが、「グリーンは本当に往生際が悪いね」と肩をすくめる。
金曜に食堂の隅のテーブルで行われるポーカー、元々はサーヴァントであるロビンフッドとビリー・ザ・キッドによって行われていたものだ。そこへカルデア職員のナマエが見物客にとやって来て、ビリーに誘われたのがきっかけで彼もポーカーを始めた。
始め、冴えない風のナマエを警戒してかゆらりと掴み所のない笑みを浮かべていたロビンフッドだったが、彼が「フラッシュ、フルハウス、ストレート・フラッシュ……」とカルタでも並べるみたいに手札を出すうち、いよいよ被っていた猫も落ちた。最近では「なんてこった!」とか、小さな舌打ちや悪態もつくようになった。ナマエは強運の持ち主なのだ。
ビリーは元々の才能からか賭け事には滅法強い。たまにナマエが一番に上がることがあるものの、ほとんどは彼の一人勝ちだ。
「グリーンは根が真面目だからだよ。ナマエさんみたく程ほどに力を抜くってのができないんだろうな」
「ロビンフッドさんはしっかりした方ですからね」
「そんなこたねえけどさ……」
ポーカーを終えた彼らは今度はババ抜きに移行して、ぐるぐると手札を抜きあっている。
「方向性の違いだよ。お、揃った。上がり!」
「んなッ! またかビリー! クソ、また俺負けるんじゃねえかな……」
「ババ抜きって最後の二人だとどっちがババか分かって面白みがないですね」
「どうせ俺が持ってるよ」
ケッ、と不貞腐れ気味に手札を差し出すロビンフッドから、ナマエは一枚札を引き抜いた。クイーンを二枚捨て、残った一枚をロビンフッドに差し出す。
スペードのエースを引いたロビンフッドは、さも悔しげにカードをばらまいた。
「手札をはちゃんと捨てるのさ、グリーン」
ビリーがにやにやと彼をからかう。
ロビンフッドがその額をぱちんと弾いて、ポケットから開封済のタバコを取り出した。ビリーが一本を受けとる。
「アンタにはこっちだな」
「ああ、どうも」
ナマエには硬貨型のチョコレートが差し出され、ロビンフッドは受けとった彼の顔を見てふっと笑った。冴えない男が、少しだけ子供っぽく見える一瞬だ。
「む……少し埃っぽい?」
「あー、煙たいバーでもらったからだな。煙草の味が?」
「昔吸った大麻の味に」
ぶっとロビンフッドが吹き出す。そして彼はげらげらと笑った。「ああ、そうかい!」彼は本当に見た目通りの男だなと少し呆れたようにも聞こえる声で言い、それからほっと息をついた。
唇に挟んだ煙草を燻らせたビリーがそれらを頬杖ついて眺めながら、「いい習慣だ」と皮肉ぎみに呟く。ナマエは首の辺りを揉みながら、「若気の至りですよ」と諌めた。
◆
「突然、魔術師になったというのはどういう気持ちなんでしょうか」
メソポタミアでの特異点が修復された頃、このカルデア唯一のマスターが治療のためにとナマエの管轄に運び込まれた。
壊死寸前の指先、ラフムによる多少の切り傷──外傷もだが、その中にある精神的な傷も尋常ではないことが容易に受け取れた。
特異点では、実に様々なことが起きる。それは物質的な流れだとか、更なる悪性の訪れだとか、生身の人間であればとても激しい感情の流れや、動揺を引き起こす。人が死んでいるのだ。それを果たして、今までごく一般的な日常を過ごしてきた人間が耐えきれることができるのか?──それは、カルデアの職員、ひいては、ドクターや、医療に携わるナマエのような者としては非常に大きな課題だ。
精神の摩耗は見てとれない。過保護であることは、マスターを支えるためのごく細い支柱のようなもので、本来背負わせるべきものではなかった。この若いマスターに責があるわけではない、状況が変われば、目的自体を変える必要があったのだ。そしてそれは、この子供を生かすということだった。彼と彼ら(ひいてはサーヴァントも含めれば、)どちらもお互いに生かされている。
「さあな。聞いてみるといい、このマスターなら答えてくれるだろうさ」
自身のマスターの傍らにいるロビンフッドは俯き気味に答えた。
「そんな酷いことは──……いえ、今の僕の問いは……どうか聞かなかったことにしてください。あなたにも、あなたのマスターにも、酷い侮辱でした」
ナマエは言いながら、色が戻りつつある手指の包帯を取り替えた。
ロビンフッドはそれを見、「指、まだ使えそうか」と尋ねた。「もちろん」ナマエはしっかりと頷く。
「……そうか、そりゃ良かったぜ。好きなやつの手も握れなくなる。そういう風になるのは、マスターのあるべき姿じゃないからな」
ナマエが顔を上げる。ロビンフッドに表情はなかった。ただ、震えたように白い指先で、子供の髪が散らばるシーツをなぞっていた。
◆
「もしこれが最後のポーカーなら、何を賭けますか?」
「え、何すか急に」
「僕は、今持ってる拳銃かな」
「じゃあそれで始めましょう」
いいよ、とビリーは軽く頷いて、テーブルにがちゃんと音を立てて拳銃を出した。
ロビンフッドは示し会わせたように会話を進める二人を見て、訝しげにいつも使っている弓矢を取り出した。
それを横目で見たナマエは、テーブルに四角い飾りのついたベルトタイを置いた。継ぎ目があり、一度千切れたもののようだ。
「あ、それマスターの」ビリーがテーブルをこつく。
「はい。×××くんに渡してください。ああ、僕に勝てたら、の話ですが」
「言ったなー?」
「オタクら、そんな仲良しでしたっけ……」
得意気に笑うナマエは、同じ生まれですからと言った。
「知らなかった」
「今言っても外は燃えてるからね」
ゲームは十回勝負にしましょうか。ナマエが取り出したトランプをビリーが配る。いよいよ事前に打ち合わせでもしたんじゃないだろうな、と剣呑な目を向けるロビンフッド。ビリーは気にしないよとばかりに口笛を吹いている。
結果から言うと、ナマエの一人勝ちだった。最後の、一回までは。余裕があるのか、ナマエは二人から巻き上げたものを全て賭けに乗せる。
「こりゃボコボコですわ」と諦めた様子を見せつつもロビンフッドは残ったチップを置いた。ビリーはうーん、と悩む様子を見せながらも、「ドロップ」と傍観者に徹した。
ナマエはじっと二人を見ている。視線は左右に動き、ロビンフッドはそれを追うようにナマエの顔を見返した。
ふたりはカードを開示する。フラッシュ、ストレート──ロビンフッドの勝ちだ。
「は?」
ロビンフッドは呆けた声を上げ、次いでナマエを追及しようとした。しかし、
「ああ、神はとうに私を見捨てていたか!」
突然どこか芝居がかった口調でナマエは立ち上がり、脱兎のごとく出て行ってしまった。
「なんだあいつ! つーか、え、は?」
残されたロビンフッドとビリーは顔を見合わせる。テーブルには、彼らのマスターのベルトタイ、拳銃、弓矢が、情けなく鎮座していて、どこか気まずかった。
それから、ビリーがふとテーブルの下に目をやって、ああ、と納得した様子で頷く。
「……ここぞって時にしくじるのは、ある意味で彼も人類悪かもね」
ビリーがぐっと伸びをした。ロビンフッドがつられてテーブルの下を覗きこみ、「あいつ、イカサマ……」しかし、困惑したような表情を浮かべた。
テーブルの下には、五枚のスペードが散らばって落ちている──。▲|BACK|▼