──お葬式って行ったことある?
──ないよ。誰も死んでないから。
──じゃあお世話になった人はいる?
──それなら。
──その人のお葬式のことを考えてみて。きっと、思ったよりも悲しみは大きくないはず。
──でも、焼かれた骨を見たら、家に帰ったら、生活に戻ったら……いなくなったことが分かってしまう。背筋に冷たいものが走る。そんな体験をするはずだ。
──まさか。
──もしお世話になった人がいたなら、僕は葬式の頭から尻尾まで泣いてるよ。
──それでその後は、いないのが普通だったみたいに、生きていくよ。
[chapter:(1)]
その日、ナマエはくじの当たったアイスの棒を持って、それを購入したコンビニへと向かっていた。実のところ、一週間前に仕事の休憩で食べていたアイスの棒なので、引き換えるためにわざわざ石鹸で丹念に洗い、消毒して乾燥させた。なぜならくじの当たった当時、隣で同じくアイスを食べていた暴力の魔人とコベニのバディが、こんなことを言ったからだ。
「ナマエくんあたりじゃん。オメデト!」
「あっ……ほんとだ。交換しに行きますか?」
「いいね! でもさあ、これ引き換える時にどうなるのか気にならない? 口つけた棒だけど回収されるのかな、それとも持って帰らないとなのかな?」
「確かに……ほんとにうちの店ですか、って、店員さんに言われたりとか……」
「ありそう。レシート捨てちゃったし証明もできないね」
その二人の会話がほんの少し、ナマエの懸念事項に引っ掛かって、すぐさま引き換えることを躊躇させた。その後に別件で悪魔が出没して、マキマから討伐するようにと指示を出されたので休憩は打ち切られた。それからも色々とあり、当たり棒はすっかり交換の機会を失ってナマエの部屋の窓枠に吊るされていたのである。
それが昨日になって、たまたま部屋に泊まらせた同僚の「これインテリア?」という問いが、ナマエに引き換えを決心させた。
アイスを買ったコンビニは公安の管轄を出た区画にあって、ナマエは(魔人という身分の特性上)マキマに外出届を出した。彼女はナマエが素直に書いた外出理由に緩慢に頷いて、「いいなあ」と軽く呟いた。
「……食べます?」
「ううん。ナマエくんのものだよ」
ナマエは彼女に対して曖昧な笑みを浮かべた。とにかく、許可は降りた。
街は晴れていて静かだった。驚くほど臭いがなく、人通りも少なかった。ぽつぽつと遠くに見える人を観察していたナマエは、見知った顔を見つけた。暴力の魔人だ。
ナマエが早歩きで寄っていって肩を叩くと、暴力の魔人は振り向いた。
「やあ!」
「やあ」
「急にびっくりしたー。お出かけなんて珍しいじゃん。何、デート?」
ナマエは黙って当たりの棒を彼の目の前に掲げた。
「あたり? わぁ、オメデト!」
「交換しにいくところ。暇だったから」
「ふーん。俺は仕事〜。ナマエくんこっちの道?」
「うん。何町だったっけ……向こうの大通りのコンビニまで」
「あ、俺もその辺。途中まで行こうよ」
このあたり場所が難しいんだよな、と呟きながら暴力の魔人がズボンのポケットから四つに折りたたまれたメモを取り出した。ナマエが覗き込んで見ると、それは地図だった。うーん、と唸る暴力の魔人にナマエは案内しようかと尋ねる。「マジ? ありがとー」暴力の魔人はすぐにナマエにもよく見えるよう地図を見せた。目的地のマーキングを見るに、確かにナマエと同じ通り道だ。
ふと、ナマエは暴力の魔人といつも組んでいるコベニを思い出した。
「……そういえばコベニさんは?」
「そうなんだよ! コベニちゃん、今日は有給なんだって。いたら迷わないのにな」
「へえ。公安って有給あるんだ」
「あるんだって。俺たちには関係ない話だけど」
「そりゃ、あ、こっち右……」
「……ところでさ、それって引き換える時どうなんのかな? 回収されんのかな、それとも持って帰らないといけないのかな?」
「それを確かめに行くんだよ」
なるほどね、と暴力の魔人は笑った。
しばらく歩いて大通りに差し掛かる。ナマエは暴力の魔人の持つ地図に一度目を落とすと、「多分、あの××事務所って看板のトコだよ」と暴力の魔人に話しかける。
「えーっと……あ、そう! 合ってる合ってる」
暴力の魔人が良かったと喜色を見せた横で、彼から目線を外したナマエが、その視線の先であるものを見つけて固まった。ナマエはその箇所を凝視したまま、暴力の魔人の肩をつつく。「何?」暴力の魔人が顔を向けると、ナマエが自身の正面を指で指す。それに従って、暴力の魔人は大通りの道路を挟んだ、向かい側の歩道を見た。左から右へと視線を映していく、そこに異形──悪魔の姿が映った。
その悪魔はちょうど、ナマエの目当てのコンビニを轢き潰して──、
「あれは何? ウニ? 栗?」
「えっと……楊枝の悪魔だって」
「楊枝……楊枝?」
「まあとにかくやってくるから!」
言うが早いか、暴力の魔人は駆け出していって早々に楊枝の悪魔を蹴りつけた。ばつ、と肉が散って悪魔の体いっぱいに巡らされていた針──のようなものが、押し出されて道路上に降り注ぐ。路上で駐車されていた軽自動車のボンネットに刺さって蓋がひっくり返った。
ナマエはというと、運悪く針の降り注ぐ車線に侵入してきたタクシーを見つけてしまい、体を張って止めていた。運転手が唐突に飛び込んできた当たり屋──魔人の胴に、針が貫通するのを見て大口を開けている。
ナマエは両腕でその車体を押し返すと、悪魔のいたコンビニへと目を向けた。そこでは暴力の魔人が生地でも捏ねるように悪魔を殴りつけていた。針が押し出されるようにまた散って、ナマエの元へと放たれた。今度は腕にそれを受けると、これまたその針が爆ぜる。ナマエは顔中に、なんらかの飛沫を受けたような感覚を覚えた。
次に左目がまだらな視界を映したと思うと、すぐに何も見えなくなった。彼は体から力が抜けて、その場に倒れ込む。
暴力の魔人は数分ほどで悪魔を倒し終えた。ナマエの半分になった視界が走ってくる彼を捉える。
「おーい!」
暴力の魔人は、ある程度近づいてナマエの姿を見ると、「ウワー!」と声を上げた。無理もなかった。彼の顔中には、楊枝が刺さっていたからだ。腹には穴も空いていた。ナマエは暴力があまりにも驚くので、不満そうに眉を寄せた。
「言っとくけど、暴力さんも刺さってる。顔以外」
「ホント? ぜんぜん痛くないや」
「毒は?」
「楊枝でそれはない。あ、ヤベ、壊れてる……」
スラックスから穴の空いた携帯を取り出した暴力の魔人は、僅かに肩を落とした。「まあいいか」そう言って彼はナマエの正面にしゃがみ込むと、「抜いていい?」と尋ねる。ナマエは頷いた。
暴力の魔人は丁寧な手つきでまず一本、彼の頬に刺さった楊枝を抜いた。
「こういう映画あったなあ」
「なにそれ?」
暴力の魔人の楊枝を抜かれながら、顔の左側が引き攣る感覚にしたがって左の視界が少し戻ったので、ナマエは楊枝が目にも刺さっていたことを理解した。お返しにと、ナマエも暴力の魔人の腕やら胸やらに刺さった楊枝を抜いてやった。本当に毒もないようで、それはやはり、単なる楊枝だった。
「楊枝なんて恐いかな?」
「どうだろ? 俺には分かんないな〜」
「楊枝がなくなったら困るかな」
「うーん……歯茎に刺さってさ、アイタッ! ってなる人はいなくなるかも」
「奥歯のほうれん草が永遠に取れない人とかね」
「ああ! あと……あとなんだ?」
「……楊枝で模型作る人とか?」
「それはさあ、割り箸で作るよきっと」
「まあ……」
終わり! そう言って、暴力の魔人は最後の一本を抜き終えた。ナマエは彼に刺さったすべてを抜くことはできなかったが、「もういいよ」と言われて手を引っ込めた。
暴力の魔人と違い、腹への針の刺されどころが悪かったのかナマエはうまく立ち上がれなかった。ほぼ車道に座り込む彼を暴力の魔人がずりずりと歩道へ引き摺っていく。
ナマエの視線は正面の悪魔の潰したコンビニへと向けられていた。暴力の魔人に人がいたか、と尋ねるとおばちゃんの死体が一つ、と返ってくる。ナマエは黙り込んだ。
それを見かねてか、暴力の魔人が何かを言いかける。けれど、ナマエが「マキマさんに報告しないとな」と遮るように呟いたのでそれは叶わなかった。
幸運にも囲いのガラスを破壊されたのみで被害を免れた公衆電話が、二人の近くにあった。
小銭を持ち合わせていなかった暴力の魔人の代わりにナマエが自身の財布を開けた。「俺が電話するよ?」そう言った暴力の魔人にナマエは「別件の報告もあって」と断り、受話器を耳に当てた。
「公安特異課のナマエです。内線××番に──そうです、はい」それからいくつか追加の小銭を放り込んでしばらく待った後、彼は応答したらしい相手と短く一言二言会話して、受話器を戻した。
「どうだった?」
「なかったことにしなさいって」
「そっか。残念だ」
うん、とナマエは頷く。暴力の魔人が、慰めるように彼の背を優しく叩いた。
ナマエの手には、清潔なアイスの当たり棒がまだ握られていた。
△|BACK|▼