なんていうか、突然武家の家臣のような気分に陥り、高貴なお方の隣に並んで歩くのは気が引けたので、白龍くんが歩く位置よりも半歩下がって斜め後ろを歩いていた私。まあ恥ずかしいし、遠慮しているのもそうだけど、たんに斜め後ろを歩いた方が白龍くんのいい匂いをそれとなく嗅ぐことができるとか、いや、そんな、別にそんな変態みたいなことは考えてないです。私は拷問されるよりも前に白状してしまう雑魚キャラである。
「俺に対して何か遠慮してます?」
「え、してない……と思う」
少なくとも私は遠慮なく人の匂いを嗅ぐ人間を遠慮しているとは思わない。
「そうですか。いえ、まだ慣れていないだけと受け取っておきましょう。着きました」
そう言って私たちが行き着いたのは、この高校の敷地内の端の端に武道場と一緒に併設されている槍道部の部室だった。扉の上の方には、あとから付け足されたように『槍道部』と書かれた紙が貼ってある。話によるとここはかつて空手部が使っていたようなのだが、彼らはもう一つの別の武道場(第一武道場のことで、槍道部が使うのは第二武道場)に移動したらしい。そんなわけで、俺らにもれっきとした部室があるのです、ありがたいですね、と白龍くんは求めていないのにも関わらず感想を交えて説明してくれた。どこまでいっても真面目だな。
「赤琉さんはこのあと予定は?」
「……まあ、ちょっと話ができる程度には」
「……」
私が言い淀むのと同時に、彼は彼でさっきの青髪の中学生のことを思い浮かべているようだ。
「分かりました。それでは少々お時間をください。部員に指示を出してきます」
「分かった、了解です」
私が頷いたのを見送ると、白龍くんはそのまま部室に入っていった。そういえばまた忘れていたけれど、白龍くんは二年生にして部長、部長にして主将なのだった。眼鏡だし制服の着こなし方だって、見た目は完全にインテリなのに、実は運動部というこのギャップ。なんだこのスーパー男子。
それにしても……『謝りたいがために』わざわざここまで移動してきたことに大した理由があるのは思えないのだが……謝るくらい、そもそも謝らなくてもぜんぜんいいのに、それくらい教室でぱぱっと済ませてしまえばいいのに。というのは白龍くんの思想に反するのかもしれないけれど。たとえこうして真正面から謝罪されたとしても、私には「ああそうですか」くらいの返事しか用意できないのに。白龍くん、白龍くんって人は、今までどんな人からどうやって育てられてきたのだろうか。律儀すぎて、礼儀正しすぎるから、逆にすごいというか。
嫌われたくないんです。あまりメンタルの方は強くないんですよ
と、白龍くんは言った。なら、どう考えても土下座するのは逆効果だよな……そもそもメンタルが弱い人が土下座なんてできるわけないだろう。私も所構わず土下座してくる人は嫌だ。いやまあ、本当に土下座するつもりでいることはないだろうけれど。武道で全国に行くくらいなのだから、私に一度断られても尚諦めなかったのだから。否、簡単に諦めることを諦めたのだから、今になって弱気な発言をする白龍くんがなんだか白龍くんらしくないような……?
「やっと見つけたよ〜!どうしてこんなところにいるの?赤琉お姉さん」
いつの間にか、私の真隣に青髪の少年が立っていた。ぎょっとして上半身を仰け反らせる私を見て、ふふと穏やかに笑う彼。去年、中高合同の学校行事で知り合ってからちょくちょく話をするようになった、謎の多い中学生アラジンくん。今日、高等部の廊下にいきなり現れて爆弾を落として行った張本人である。ちなみに、部活はやっていないようだけど、実質的に運動部ではない人では珍しく連絡先を交換している。どうして連絡先を交換したのかはよく分からない。彼はなんとなく友だちが多そうだ。
「な、なんでここにいるの……?」
「またまた。教室にいないから必死に校舎を駆け回って赤琉お姉さんを探してたんだよ、僕。それはこっちのセリフだからね」
そういえば、放課後またって言っていたかな。すっかり忘れていた。嘘だ。
「えっと、私は……槍道部の部長さんに用があるっていうか、向こうが私に用があるっていうか……」
「白龍くんでしょ?分かってるよ、そんなことわざわざ言い換えなくたって」
アラジンくんは自分の三つ編みの先を弄りながら、少し不満げな様子で顔を覗き込んでくる。どうしてそんな顔をしているのかピンと来なかったけれど、『白龍くん』だなんて、もしかして君は彼と知り合いなの?そんなことを思った矢先、噂の彼が戻ってきた。知らぬ間に現れたアラジンくんのことを一瞥してから、わざと無視をするかのように私の方に体を向け、手を差し出してくる。
「お待たせしました。赤琉さん、どうぞこちらへ」
「やっほ〜白龍くん!久しぶり」
「……」
「おーい白龍くん?」
「……」
「僕のこと空気だと思ってる?」
差し出された白龍くんの右手と、どこか面倒くさそうに斜め下を見つめる白龍くんと、無邪気に笑うアラジンくんを交互に三角形に見つめる私。なんだなんだ、二人はどういう関係なのだろう。
「はあ。あなたはお呼びじゃないんですよ、アラジン“殿”。用があるのなら後でにしてください。俺は赤琉さんに話があります」
「話ってなんのことだい?僕、赤琉お姉さんと帰る約束してるんだ」
「あんな一方的なものを約束とは言わないでしょう」
「え?お姉さん、頷いてくれてたよね?」
「え、えっと……?」
どうだったかな。私は何も言えずに何も出来ずにその場に立ち尽くしていただけだったように思うけれど……アラジンくんの目には頷いたように見えたのかもしれない。私の記憶が間違っているのか、アラジンくんが幻覚を見ていたのか……。
「赤琉さんは、頷いていませんでした」
なんとも都合のいいことに目撃者がいた。