ありがたき余命宣告


「問題です。サメはサメでも、人を食べないサメってなーんだ?」
「……」
「正解は村“雨”礼二でした〜」
「あなたの脳味噌はハイレベルだな」

今日はそう、私が生まれてからちょうど18年経った――なんでもない日である。世間一般的にはおおよそ誕生日と表現されるはずの今日この日、私はそんなことなどすっかり忘れて、血縁者もとい実兄こと村雨礼二の自宅に招待されていた。


さて、ことの始まり。
昨夜帰宅したらとある手紙がポストに投函されていた。その黒い封筒と便箋には白い活字で必要最低限の装飾のみ施されており、なんだかものものしい雰囲気だったから、玄関に突っ立ったまままじまじと観察してしまった。
なんじゃこりゃ。見た目だけで言えばまさにデスゲームに招待される時のアレだ。へぇ〜これって本当に実在するんだ。写真撮ってツイートしよ。と、スマホを出したがちょうど充電が切れていたのでやめた。
こんなものネットにあげたら、もし本当にデスゲームの招待状だったときに情報漏洩とかなんとかであんまり良くない気もするので、充電が切れていてよかったのかもしれない。まあそんなことはどうでもよくて。

デスゲーム?まっさか〜。こんな平々凡々な私がそんな楽しげなものに招かれるわけがなかろうと、わくわくしながらおそるおそる開いてみると、そこには『あなたを誕生日パーティーに招待する』とだけ書かれていた。
ああなんだ……ただのパーティーか。自分でも分かりやすく幻滅しながらも、どうやら危ないゲームに参加することはなさそうだ、と一安心。矛盾してるって言うな。

しかしこの手紙……便箋にも封筒にも差出人の名前がなかった。よく考えたらキモ。だってこれ、この手紙、差出人どころか受取人の名前すら見当たらない。名前は百歩譲っていいとして(よくない)、手紙というものは住所がなければ届かない。つまりこれは差出人の手によって直接ポストに投函されたものだということ。
忙しいのにわざわざ家まで来てこんな手の込んだことをするなんて、差出人はいったいどんな変態お兄ちゃんなのだ……だいたい誰の誕生日パーティーだよ……なんて不思議に思う私。
ここまで何も知らない人ぶっていたが、今のご時世わざわざアナログで手紙を寄越してくるような人物は一人しかいないので、差出人が誰なのかはすぐに見当がついていた。

血縁者もとい実兄こと村雨礼二。
正真正銘、私の実のお兄ちゃんである。

ここでひとつ確認しておく。
私にはお兄ちゃんが二人くらいいるが、今回登場するお兄ちゃんはそのうち若いほうだ。若いと言ってももうおじさんと言ってもいいくらい歳を重ねていたりする。
それから……頭はいいけど頭がおかしく、医者としての腕はいいけど医者として終わっている趣味を持つ、変態のほうだ。変態と言っても素振りがいいので、本人はいかにも「普通ですけど?」みたいな感じで常人に紛れているが。
でも変態のほうのお兄ちゃんは家族の誰よりも私にかまってくれるし、これまで授業参観に来てくれたのも一度だけではなかったし、よく私のために“お料理”してくれるし、変態は変態でもちゃんとお兄ちゃんしてくれてる。だから私はお兄ちゃんのことが好き。

だから、こうしてたまに変な手紙をくれるもの、お兄ちゃんなりの矜恃なのだ。忙しいからなかなか会えない……でも時間を縫って家に来てくれた。不在でなければ直接渡すつもりだったのだろう。
もー私のこと大好きなんだからー。しょうがないお兄ちゃん。お誕生日パーティー?誰のか知らないけど、行ってあげよーっと。私はもらった手紙を大切にその辺に放り投げて、そのままるんるん気分で寝た。久しぶりにお兄ちゃんに会えると分かったら、楽しくてしょうがなかったのだ。


そして来たる〇月‪‪✕‬日。結局当日になるまで誰の誕生日パーティーかは見当もつかなかったけれど、一応はパーティーだからと綺麗めな格好で村雨礼二宅に向かうと、出迎えてくれたお兄ちゃんに真っ先に「おめでとう」と言われた。
なんのことだか思いあたらず、玄関先で立ち尽くす私に押し付けられた、彼岸花を受け取る。なにこれ。なんでこの花?そう尋ねると、その辺に生えていたらしい。嘘つけ、田舎じゃないんだから……。
ここまで考えて、ついに気づいた。

「あ、今日って私の誕生日でしたか。すっかり忘れていました」
「何をしに来たんだ、ここに」
「何をって、お兄ちゃんのお料理を食べに来たに決まっています」
「そうか。ならばまずは風呂に入れ。汚らしい雑菌を家に入れるな。話はそれからだ」
「はぁ〜い」

お兄ちゃんは花を渡すとすぐに部屋の奥に戻っていった。自宅なのにスーツを来ていい格好をしている背中を見つめながら、私も中に入り靴を脱ぎ、彼の後を追いかける。
他の家族はどうやら不在らしい。パーティーとは



「お兄ちゃん、手伝ってください」
「一人で風呂も入れないのか、マヌケめ」
「何言ってるの?お兄ちゃんが私の体を“こう”したくせに」

私は両腕を差し出した。指先から肘の手前くらいの部分が金属で出来た――私の両腕を差し出した。少し前にいろいろあってなくなった腕を、当時研修医だったお兄ちゃんがなんかすごいいろいろして処置し、あつらえてくれた義肢を見せびらかした。
今のは腕を治してくれたお兄ちゃんに対してのいつものジョークだったのだが、相変わらずこのお医者さんは冗談を冗談と受け止められないのか、眉をひん曲げてため息をついた。

「……その言い分はあまりにも責任転嫁が過ぎるが、仕方がない。今日の主役はあなただからな」
「やったー。お兄ちゃんとお風呂!」


私の体には生まれた時から欠陥があった。それは目に見えるものではなく、どちらかと言えば精神性の方に問題があったのだけれど、本当に問題だったことはその欠陥の存在を物心つくまで自覚できなかったことだ。
私は私の欠陥を自分で気がつくことができなかった。しかし、私の世話をしていた人物……つまり家族は早いうちに私の中に潜む異常性を察知していたらしい。なぜなら生きていくうちに必須な三大欲求の一つに結構な影響が生じていたからだ。

人間の体から出た物質以外を口にすることができない。



私の血縁者もとい兄こと村雨礼二は



私が考えた渾身のなぞなぞを右から左へと受け流すのも日常茶飯事。
「」


「サメと名のつくものはすべて人を食べるものと思い込んでいるのか」
「うん」
「哀れな妹よ」



「お兄ちゃんのお料理、サイコーに美味しいです。お医者さんなんかやめてお店でも開けばいいのに……売り上げの10割くらい私がもらってあげますから」
「客があなたしかいない店をどうしてわざわざ開かねばならん」
「人を食べる人が私だけだと思っています?結構需要あるでしょう」
「ないだろう……」

「おままごとがしたいのならば他を当たってくれ。私はあなたの長兄のようにあなたに甘くないのだ」
「お兄ちゃん、おなかがすきました」
「……ひとつ尋ねよう。あなたは今なにを食べた?」
「足りないです。もっと食べたい」
「洗面台に鏡がある。新鮮な肉ならそこにある」
「私はお兄ちゃんが料理したやつじゃないと食べれません」

「好き嫌いの問題ですが」


「お兄ちゃん、おなかがすきました」
「……」
「お兄ちゃん」


「一緒に樹海へ行きましょう。おうちの鏡の前よりも、もっといっぱい新鮮なお肉が落ちているはずです!」
「何故私を誘うのだ」
「お兄ちゃんは誘ったら必ず来てくれるので」
「……」


「ん、っ……ぁう」
「……」





「経緯を私に話せるか?」

「わ、わか、んない……」




「……美味しそうだけど、嫌な臭いする。それ、なあに」
「あなたを穢した者たちだ」
「……ふーん。私、いらないから捨てちゃっていいですよ」
「捨てはしない。あるべき場所へ還すのだ」



「お兄ちゃん、一緒に寝たい」
「……」
「お兄ちゃん」

お兄ちゃんは無言で掛け布団をたくしあげた。嬉しくて急いで布団の中に入ると、安心させるように寄り添ってくれた。


「お兄ちゃん、私、ひとり暮らし無理かも」
「ああ、やめたほうがいい。当面のあいだは療養のためにも実家へ……」
「お兄ちゃん、私一緒に住みたいです」
「……」
「お兄ちゃん」






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