失態に失態を重ねる
「話したいことがあるから」って、話すことなんて何も無いのに、そう私の口から出てきた時には既に何もかもが終わっていた。ついさっき、終わりの宣告は自分自身で告げたのだった。後戻りはできなかった。後戻りをするような生き方をしてこなかった。振りかざした鈍器を元の位置に戻せなかった。振りかざした鈍器を振り下ろす以外の行動を取ることは、今の自分には難しかった。
そう難しいことを考えるまでもなく、数分前の自分は衝動に駆られるままに人をひとり殺した。

私は人を殺しました。

あはは。言葉で言い表すととんでもなく呆気ない。ああ確かに、呆気なかった。この死体が出来上がるまでにそう多くの時間はかからなかった。
カチ、カチカチ。不規則に点滅する照明の下、広がる血溜まり、動かない死体。
何もかも終わりました。何もかも終わったのだから、自分の人生もさっさと終わらせたほうが良くないか?と、自分自身に問いかけた。だってこれからのことを考えたら…………これから、これから……私はどうなるんだろう。そのことを考えると、今すぐにでもどうにかなってしまいそう。
人を一人殺した。特別な理由もなく。ただの個人的な私怨で。
これがもし国から勅命を受けてのことならば、人の目も気にせずおおっぴらに暗殺をして、大きな声でターゲットを殺しました!と報告すればいいだけなのに、残念ながら事実はそうではない。この国では私的な殺人は罪に問われる。人としての価値を持たない国民が存在する非人道的な階級制度があるこの国でも、“人”を殺せば罪になる。変な話である。
そんなことより、これからのことを考える余裕があるなんて、私は案外肝が座っているのかも。というのは詭弁で、動かない死体のそばで死体以上に動けなくなっている私の今の心理状態はそれこそ滑稽以外の何でもない。人を殺したという事実を受け止めようとするだけで、手が震え、全身から血の気が引いて、何一つアクションをとることができない。
頭ではこの死体をどうにかしなきゃと思うのに、それ以上複雑なことが何も思考できなくなった。もしこの場に彼がいたら、あまりにもずさんで無計画な犯行を見て「おやおや」なんて笑うのだろう。「おやおや、おやおや」そうそう、ちょうどこんなふうに……。

「物音がしたと思ったら……まさか殺人現場に出くわすとはね」

時間がゆっくりに感じたこの数分間、されど世界は等しく時間が進んでいたようで、どこからともなく騒ぎを聞きつけたらしい青い何かが部屋の入口に立っていた。視界も霞むような今の精神状態では、そこに存在しているものの姿をはっきりと認識することができなかったけれど、いつもの聞き慣れた声のおかげで何者かすぐに分かった。

「おはよう。今日は良い日だよ。少なくとも僕にとっては」

この聞き慣れた暴言のおかげで、すぐに分かった。

「君がどういう経緯でその行動に至ったのかなンて、至極どうでもいいけれど、君が今いる国のルールに則って考えると……君は大きな大きな過ちを犯したね」
「……」
「いや、考えなくても分かる。個々の人の命が軽くなっている時代とはいえ、だ。明らかな殺人に対しての処罰は免れないだろう」
「……」
「ああ、ああ、弁明は必要ないよ。何があったかは大体予想がつくからね。ここまで証拠が残っているンだ、君はテラフォーミングか肉塊か……」

前触れもなく急に現れて、一体誰と話をしているんだろう……と思ってしまうくらい雄弁に一人でまくし立てている。なんて、今ここにいるのは私しかいない……ああ、今ここに生きているのは、が正しいか。
私が作り上げた死体のそばで途方に暮れている私――の目の前に突然現れたラキオ。こんな時にまで、彼はいつもの小うるさい感じを崩さない。死体のそばで死体以上に動けなくなってしまった私とは正反対に、死体を視界に入れても尚いつもの調子で笑っている。
笑っている?なに、それ。もしも、もしもここが解剖学の準備室で、この死体は授業のために用意されたものだ、なんて馬鹿みたいな勘違いをしているのだとしても、死体を目の前にして笑っているのはおかしい!なんで笑ってるの、この人。学年で一番の優等生が、そんな馬鹿みたいな感性を持ち合わせていたなんて、この国はお先真っ暗かもしれない……と、たった今殺人をやったことを棚に上げて、他人事のように放心する私だった。

だいたいなんでここにいるのよ。

「ハハッ、すごい顔してるよ君。鏡をごらん。アハハハ!今の君以上に滑稽なモノを僕は見たことがないよ!あぁ可笑しい……」

アハハ、アハハハと笑い声が部屋に響き渡る。
なんだろう、うるさいな、このひと。
私、今大変なことになってるのに。

殺人を犯したことが人生で最大の過ちになるかと思いきや、なんとも驚くべきことにその直後、殺人現場を他人に見られた、という最悪に最悪を重ねる最悪の過ちを犯してしまった。しかもそれが、よりにもよってあのラキオに。

ラキオに。

最悪だ。最悪すぎて今すぐ死にたい。誰か私を殺してくれ。こんな三度の飯よりお喋り大好きな人間に見られるだなんて、これまでの人生で私が何か悪いことをしましたか!?
ああ、人を殺しました。
そんなことより、ますますどうしよう。これまで以上にどうしよう。手に汗握る展開に冷や汗が止まらない。心臓が張り詰める感覚に動悸が止まらない。どうすればいい、どうすればいい…………もう頭がパニクってどうにかなってしまうそうだ。

「……まあ、そう悲観するにはまだ早いさ。さてここからが本題だ」

ラキオはひとしきり笑ったあと、急に冷静っぽくなって私を見下ろした。彼はきっと頭の中では変わらず冷静なのだろうが、私からすると急に態度が変わったように見えて恐怖以外の何物でもない。
でもラキオが今から言おうとしていることについて、私は考えるまでもなく予想がついていた。ラキオは私の殺人を通報するだろう。私たちはこれまでの人生、お互いに喜んで他人を蹴落としてきた競争相手だ。敵とも言える。そんなライバルの汚点を、声を大にして笑うようなラキオなのだ。
だから、この殺人現場がこの人に見つかった時点で、終わっているのだ。なにもかも。だから、そろそろけじめをつけるべき時なのかもしれない。

「これの処理、僕が手伝ってあげてもいいけど?」

…………ああ、頭が回らないな。
なんでもいいや、私がこれまで築き上げてきた私だけの素晴らしい人生は、どう頑張ってもここで終わりなんだから。


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