21


セキルと素肌で折り重なって寝過ごす朝より心地のいい瞬間はない。……のに、今日のおれは朝っぱらからけたたましく鳴る電話コールに起こされた。おれのスマホロトムに電話をかけてくるのなんて、ねーちゃんくらいしかいないから(じーちゃんかばーちゃんの可能性もあるけど)、正直出たくなくて無視しようかと思ったけど、このまま放ったらかしにしたらセキルを起こしてしまうと思って、ベッドサイドのスマホに一生懸命手を伸ばす。
寝ぼけ眼で画面を確認したらやっぱり相手はねーちゃんで、ちょっとめんどくさいと思いながら通話開始ボタンを押す。無視してもあとでドヤされるだけだし……。
「……なに、ねーちゃん」
『あんた今どこよ。渡したいものがあんの、一旦出てきてくんない?ちょうど今仕事でカロスにいんのよ』
「あー……」
ねーちゃんの声、目覚ましよりもうるさい。
『なによ、その反応。私の誘いを断ろうっての?』
「いや、さ……悪いけどさ、もうパルデアにはいないから、おれ」
『あら、そうなの?まあそっか、この間チャンピオンになったところだもんね。あんたちゃんとパルデアの観光したの?どうせバトルしかしてないんでしょう』
「……うるさいなぁ……」
朝からねーちゃんの小言を聞く羽目になるなんて……今日はこのあと良いことがあるに違いない……そう思いたい……。
「ていうか……べつに、わざわざ会わなくてもいいべ、送ってくれたら受け取るし……渡したいものって、なに?」
『ったく、そんなのあんたと会うための口実に決まってるじゃない!』
はあ?おれと会うための口実?なんだそれ。なんでわざわざねーちゃんが理由もなくおれに会いにくるんだ。もしかして、実家に帰らなさ過ぎて引っ張り出すつもりか?めんどくさいなあ、いつかはちゃんと帰ろうと思ってるのに。
『で、結局今どこにいんのよ。白状しなさい。場所によっては迎えに行ってあげるわよ?』
「…………アローラ。来れるもんなら来てみれば」
おれは少し考えた後に、そう正直に答えた。なんてったってアローラは他の地方から遠く離れた絶海の島々だ。よっぽどのことがなければ、ねーちゃんが来ることなんてそう無いだろうと思って。
しかし、帰ってきた返答は思っていたものとは正反対だった。
『うそ!奇遇ね!私も来週職場の同僚とアローラ旅行へ行くの』
「え、」
『どうせしばらくそこにいんでしょ?私が来るまで適当に待ってなさい。逃げるんじゃないわよ』
ねーちゃんはそう言い切ると、すぐ電話を切った。騒々しいのから一気に無音に戻され、ようやく落ち着いた朝を迎えられると枕に顔を沈める。……が、すぐにたった今告げられた言葉を思い起こす。ねーちゃんが来週、アローラに、来る……???
「……さ、さいあくだ……」
どうしてこんなことに……ことごとくおれの期待を裏切るねーちゃんだ。





「……っ、う、ぁ……」
「はぁ、きもちい……セキル、いきそ……」
「ぁ、……っスグく、……ぁ、あ」
その日に何も予定がなく、おれがその気になっちまった時は、たいてい朝からこれが始まる。昨晩もいっぱいしたのに、どうして男の体はこんなに欲求が止まらないのか、そろそろ自粛した方がいい気もするけどセキルもセキルで止めてくれないから困る。
細い両腕をベッドに押さえつけ、おれは今日の一発目をゴム一枚越しに吐き出した。今聞こえるのはお互いの熱の篭った息遣いと、野生のヤヤコマの鳴き声だけ。セキルはいつもイったあともしばらくは抜かないでほしい、ととろけた顔で懇願してくるから、今日も繋がったまま覆いかぶさりいっぱいいっぱいキスをした。セキルはおれだけが好き放題できる、おれだけのものだ。


ここ数日はセキルにアローラ地方を隅々まで案内してもらっているが、今日訪ねるのは四つの島々のいずれでもなく、人工島のエーテルパラダイスというところ。

「スグくん、さっき誰かとお電話してなかった?」
「うん、ねーちゃんと」
「そうなんだ。スグくんとお姉さまって仲いいよね。羨ましいな〜。私も仲良しの兄弟に憧れてたの。これから会う私の幼なじみも兄妹だし」
「べつに、欲しいならあげるよ。おれいらないから」
「まあ!」


「それで、ご要件は?」
「……あー、なんか、ねーちゃん来週アローラに来るらしい」
「そうなの?じゃあ精一杯お迎えしてあげなくちゃ!今から楽しみだね」
「……もしかして会おうとしてる?」
「もちろん!スグくんのお姉さまならご挨拶したいもの」
セキルならそう言うと思った。



「ごきげんよう。本日代表とお会いする約束をしてる、セキルという者ですけれど」
「はい。セキルさまですね。ようこそエーテルパラダイスへ。代表から別室で待機して頂くようにと伺っております。ご案内いたしますね」


「かなり偉い人っぽいな?」
「うん。一番偉いよ。代表だもの」
「同い年くらいって言ってたよな……?」
「うん。スグリくんと、同い年かひとつ違いだったかな、たしか」


「彼、バトル強いんだよ。もし時間があったら戦って貰えるかもね」
「ふーん……」


「グラジオくん!久しぶり」
「ああ久しぶり、セキル。待たせたな」


「一年ぶりくらいか。去年もこの時期に帰ってきていたろ」
「うん、お誕生日でお母さまがいらしてたから」
「そうだな。これ、受け取れ」
「えっ、なあに?」


「そちらの方は?」
「あ、この人はねえ、えへへ」


「パルデアで知り合った、スグリくん!お付き合いしてもらってるの」

「ど、どうも。スグリです」と軽く頭を下げると、彼は興味を示すようにおれのことを頭からつま先まで見回してきた。
「へぇ、セキルが恋人を……。ふーん?」
何か言いたげを目をしているが、気のせいか?
「ね、グラジオくんも、名乗って」
「ああ、そうだな」


「グラジオだ。ここの代表を務めている。セキルとは幼い頃からお互いを知る仲だ。事情もあって会わない期間も少なからずあったが……他人よりは詳しい方だろう」
「うん、よろしく……」

「セキルはこういう男がタイプなのか?」
「なあに?それ、どういう意味?」
ん……?と思う間にセキルがすかさず聞き返してくれたが、本当にどういう意味だ、それ。
「いや、むしろお前のような家柄ならば、こういう男に惹かれるのも無理はないか」
「だから、どういう意味それ。スグリくんが不良だって言いたいの?」
「そこまでは言ってないだろう」
「そこまでってことは、ちょっとは思ってるんだ!ふーん、グラジオくんもそういう時期あったくせに」
「うるさいな」
自分、そんなに不良っぽいか?たしかに前髪上げて、ピアスもちょっと開けて、タンクトップにジャージ着崩したりしてるけど……定職に就かないで、その辺のトレーナーにバトルしかけまくって賞金で生活してるけど……タバコは吸わないし酒は少し嗜むくらいだし……。
と、心の中で否定してしたら、セキルがそれを上回る勢いで喋りだした。
「スグくんは優しくて、かっこよくて、私を見る目が柔らかくて、ちょっと訛ってるのとかすっごいかわいいし、手がおっきくて、背中もおっきくて、ぎゅって抱きしめられたらどきどきが止まらないくらいかっこいいんだから!」
「セキル、やめて、それ……。あと、離れてな……人前だべ」
「やだ」


「仲が良さそうだな。知り合って数日やそこらじゃあないのか」
「うん。もう半年くらいは一緒だよ」
「そうか。このこと、お前の両親は知っているのか?」
「話してないよ、もちろん」
「バレたら一大事なんだろ?」
「そんなことを恐れる程度の覚悟でお付き合いしてないもん」
「そうなのか。それは驚いたな」
セキルの言葉に、オレは素直に赤面した。他人に向かって堂々とそういうことを言うんだから。
それより、彼女がおれに正面からくっついたまま会話を続けるから、ただオレがグラジオと目を合わせる感じの立ち位置になって気まずい。なるべく目を合わせないようにセキルの方に視線をやるようにしていたら、グラジオはそこで部屋の中のイスのひとつに腰かけて脚を組んだ。こいつ、結構スタイルいいよな……立ち振る舞いとかどう見ても都会っ子だべ。
「スグリ、だったか?」
「……ん、なに?」
「もし今後セキルの両親と会う機会があるとしたら、覚悟した方がいい。セキルの恋人としてその先を考えているのならな」
グラジオは少し微笑んで……おれと目を合わせた。こいつは自信に満ち溢れたような、堂々とした性格のやつなんだってことは一目見て分かったが、なんとなく、今はおれの反応を見て楽しんでいるような目をしていた。
「オレですら彼らのお眼鏡に適わなかったのだからな。お前はどうかな?」
「へぇ……おまえ、セキルのことさ」
匂わせるような口ぶりに、おれはなんとなく勘づいた。セキルも今ので顔をあげて、顔だけグラジオを振り返っている。
「まあ、オレはこいつのクソ親ぶりを最初から知っていたってのもあるが、セキルをどうにか助け出したいと思いながらも、特に行動に移すことはできなかった。その前にこいつがひとりで勝手に抜け出したってのもあるが」
「グラジオくん、助けようって思ってくれてたの?私のこと」
「別荘という名の監獄で暮らすお前は、昔のオレとリーリエを見ているようだった。……オレが勝手にそう感じただけだ」


「これは単なる負け惜しみだ。オレが自分の家のことだけじゃなく、もう少しセキルに意識を向けられていれば……その手を握っていたのはお前じゃなかったと思うぞ」
「……は?」
「友人として、だ。恋愛感情云々ではなく」
煽るような言い草につい声が漏れたが、グラジオは冷静に腕を組んで言葉を付け加える。しかし、その言葉の片隅にはやはりおれに対する羨望の気持ちも含まれているような気がした。
「……セキルを守るのは、オレのはずだったんだがな……。きっとリーリエも同じ思いだ」
おれだから、分かるのかな。この人、平静を装ってはいるが心の中では相当悔しがっているのかも。大切なものを奪われた、みたいな。その自嘲するような微笑みから、目を逸らすことができなかった。
「何言ってるの?私なんかよりグラジオくんのおうちの方が大変だったんだから、自分のことを優先するのは当たり前でしょ?」
「……セキル、いい」
「むしろ私の方こそ謝りたいくらいだよ。あの時力を貸せなくて……そのせいで、ちょっとだけ疎遠になった時、寂しかったの」


「セキル。オレはお前のことが幼馴染として大切だ。オレが言えたことじゃあないが、この男が自分の立場を危うくしてまで一緒にいるべき相手かどうか、真剣に考えろ」
おれは今回は苛立つことなく、まっすぐな目でグラジオを見れた。たぶん、この人はただ単にオレのことをおちょくっているのではなく、本当にセキルを思っておれを見定めようとしているのだ。
最初はなんの話かと思ったが、そういうことならやることはひとつ。おれはセキルを片側に抱き寄せつつボールを出して、グラジオに目配せした。
「いいよ、グラジオ。バトルさしよう。“幼馴染”として、存分におれを見定めて。おれは負けないから」
「ふふ、そう対抗心を燃やされると、参ったな。わかった、表へ案内しよう。ついてこい」

「も、もう!二人とも、なんでこんな変な空気の流れでバトル始めちゃうの……」


このグラジオという男、相当強かった。それこそアオイや他のチャンピオンにも匹敵するくらいだ。おれが各地で経験を積んでいなきゃ、到底叶わない相手だったろう。だが、そんなふうに言われて負ける訳にはいかなかったので、本気で戦った。そして、勝った。

「強いな、さすが。経歴がものを言う」
「え?スグくんのこと知ってるの?」
「ミヅキから聞いた」
「あの、チャンピオンの子……?」
「ああ。近々島巡りをするんだろう?それであの博士に打診したろう」
「え、まさかその情報がグラジオくんの耳にまで……?ガバガバすぎるよ……」
「狭い島々だ。噂はすぐに広まる」
アローラは観光地だけど、自然豊かなこと以外にも田舎みたいな側面があるんだな。ちょっと親近感。

「さて、オレも久々に真剣なバトルができて肩が解れた。そろそろ業務に戻るとするか。スグリ、いい気分転換をありがとう」
「いや、いいって。おれも楽しめた」
「……ねえ、グラジオくん。もしかして、わざとバトルふっかけたの?」
「なんのことだ?オレが言ったのは全部本心だ」

「くれぐれもセキルを大切に扱えよ。そうでなければ許さん」


そんなの、言われなくてもだ。



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