02


「もしも〜し?チリやけど」
『あ、チリちゃ〜!どうしたの?また?こないだもお話したばっかだよ?もう寂しくなっちゃったの?しょうがないんだからも〜、私まだお仕事終わってないのに』

翌朝。ビデオ通話に出たなまえは、画面の向こうで忙しなく廊下を歩いていた。こちらから電話をかけすぎてもはや時差は完璧に把握しているため、それを考慮していつも通りのこの時間を選んだのだが。
仕事中やったんか。それは悪いことをしたが、電話に出たなまえもなまえである。

こちらは現在、朝。アローラは夕方。お互い仕事が始まる前と終わった後で、なんだかんだ都合がいい時間なのである。
なまえが籍を置いているエーテル財団という組織は、


なんだか大人ぶったことを言っているが、画面越しでも分かる、その童顔と、背の低さと、幼くてふわふわした感じの甘ったるい声のせいで、年端のいかない少女のような印象を受ける。……が、これでもやはり立派に成人した大人だ。これでも。
はぁ、可愛いなぁ……。
普段と変わらない調子に微笑みながら、本題を告げた。うちらの間には世間話なんてものは必要ないのである。

「実はな、仕事でアローラに行くことになったんや。せやから、その間うち泊まらせてな」
『ええ〜〜っ!?チリちゃん、アローラに来んの!?やった〜!やったやった!良いこともあるもんやね〜!!』
「声デッカ」

その声に対応してぶるんぶるん震えるスマホロトムを、思わず手で包んだ。たぶん、なまえがいる廊下の端から端まで響き渡ってそうなほどには大きな声だった。通話を貫通してこっちにも響いたくらいだ。周囲の職員が何事かと振り向いたのを、なんでもないです〜という顔で空中に手刀をいれて誤魔化すチリちゃん。
でも飛び跳ねて満面の笑みで喜んでくれてるから、なんでもいい。こちらとしても嬉しくなって笑みが零れた。続けて不満を思い出したように口を尖らせるなまえ。表情がころころ変わるやつ。

『最近悪いことばっかだったからさぁ、いい加減チリちゃんに慰めてほしいなぁって思ってたんよね。なあに?チリちゃんってばエスパータイプ?』
「なに?悪いことって。なんでも聞くよ。チリちゃんに話してみ」
『別にたいしたことやないけどさ〜』
「なんや」
『今ね、彼氏とケンカ中で〜』
「………………はぁ?」
『あ。やっばーい』

いつも、急過ぎるのだ。なまえは。

あーっと、何か、今、聞こえてはいけない言葉が聞こえたような気が。気のせいだったかな?にしても、自分でも驚くほど低い声が出た。ゆっくりと瞬きをする。とりあえず深呼吸。
……彼氏?
今、彼氏っつった?初耳やねんけど。は?なんやねん、その『あ』は。そのしくった、みたいな顔。『やっばーい』ってなんやねん。

『これは、ひみつなんやった』

画面の向こうで、なまえは口をぱくぱくさせてぐるりと目を一回転させた。そのすぐあと。てへぺろっ。という感じの顔をした。は?
心の中で


「な、なんや……!?自分、いつの間に男つくったん!?……誰や!?うちのなまえたぶらしたんは!?チリちゃんに教えてぇな……!」
『職場の人。なんかね、チリちゃんに雰囲気似てるんだ〜』
「は?」
『あ、まあチリちゃんとは違って普段はあんまり笑う子じゃないけど……目がキリッとしてて〜細くてスラッとしてて〜髪結んでるところとか〜若いのにお仕事できるし〜ていうか上司だしね!あと、ポケモンのことすんごい大切にしてるし〜』

なまえはこっちの反応など微塵も気にせず自分のペースで話し続けるところがある。

『私のこと、大切にしてくれてる』

そんなん、チリちゃんのほうが、チリちゃんのほうが、大切にしとるし!!!!!


なにより“自分に似ている”という発言が衝撃的すぎて、あまり頭に入ってこなかった。……いや、本当は全部ちゃんと聞いてた。だってチリちゃん、この子の言うことは全部聞いたりたいから。


「それっていつから……?」
『一年くらい前?かな』
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜?な〜んですぐ教えてくれんの!?はぁ〜〜〜〜〜〜?チリちゃんほんまにショックなんやけど、なんでなん。すぐ教えてくれたってもええやん!」
『やって、チリちゃんってば私のこと大好きなんやもん。教えたら悲しんでまう!思って』

よう分かっとるやないの。

「チリちゃんに、会わせて」
『え?』
「その男、会わせて。チリちゃんが許したやつやないと交際なんて認めんわ」
『ガチトーンやば……』
「チリちゃんは」


「なまえのこと、大切やねん……なまえのことが一番大事なんやもん。幸せでいてほしいの。わかる?もし悪い男やったらチリちゃん容赦なくいてこましたる、覚悟せえよ」
『チリちゃんってば、心配性なんやから』


『チリちゃん、大好き!おやすみのちゅ〜して』

こいつ……その男にもこうやって甘えてんやないやろな……。



電話を切った後、さすがに力が抜けてその場に座り込んだ。涙が出るほどショックを受けて軽く目元を押さえたが、実際は涙も引っ込むほどの怒りにも似た感情が心の中を渦巻いていた。

「チリさん?……チリさん?どうされました?廊下の中央に座り込んで……まさかお体の具合が……!?」
「あ〜〜〜……トップ。そういうんやないですから。ただ、チリは今取り組み中なんで、見んかったことにしてください」
「もしかして、アローラへ行くのがそんなに嫌でした?よければ、今からでも他の人へ依頼しましょうか……」
「あ〜〜〜!!!いやいやいや、アローラは行きます!行きますから!むしろ行かせてください!」



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