夜間の予備校での疲れが溜まっていたのだろうか、学校終わりに仮眠をとったら珍しく大胆に寝坊した俺。しかも急いで家を出てくれば電車は遅れてるわ退勤ラッシュと重なるわで、ふっつーに二時間遅刻した。
イツメンのみんなはもういつものバーに集合しているらしく、慌てて連絡を入れても『最近大変そうだし無理しなくていいからな〜』なんて心配までされる始末。行くよ、行くって。だけど今更走ったところでどうせ奴らも時間なんて気にしてないだろうし、目的地の渋谷に着いても優雅に歩いていたところ。
「どう?君可愛いしスタイル良いから、絶対売れるって」
ハチ公から少し離れた線路橋の下で、一人の男が女の子にしつこく声をかけているのを見かけた。
なんだスカウトか。特に驚くこともない。こんなのよく見る光景だ。スクランブル交差点の前ではたいてい誰かしらがカメラの前で取材されてるしな。スカウトはどっちかといえば原宿のイメージがあるけど。
「チャレンジしてみようぜ、こんなチャンスなかなか無いよ?」
「いえ、結構です」
「そんなこと言わずにさあ」
「いいです、大丈夫ですから」
男が何かを言う度に、女の子は怯えるように首を振って誘いを断ろうとする。たしかに遠目から見ても可愛い子だと思う。スタイル良いし、ファッションセンスもあるし(たぶん)、まあ身長は小さめだけどTHE女の子って感じの。
「ほら、まずは一回だけ!ちょっと写真撮るだけだから」
「わ、私そういうのいいんです」
「簡単だよ。ポーズとかこっちが指定する通りにやってくれればいいから」
遅刻してる身だからなるべく早く向かいところだが、な〜んか不穏なんだよな。あの子、今にも手を出されそう。てか攫われそう。
助けるか?俺が。通り過ぎる人はたくさんいるけど、誰もが仕事終わりだろうし余計な面倒事には関わりたくない気持ちは分かる。都会だからそういうもんだが、誰一人として助けに入らないこの状況が少し可哀想に思えてしまって、別に自分が善人だとかそういうことを言いたいわけじゃないけど、俺は五秒も考えずにそっちに踵を返した。
「ねえ、俺のツレになんか用?」
一応これでも金髪ピアスなもんで。大層な言葉を並べなくともほんの少し睨みを効かせて男を見下ろしただけで、そいつは途端に笑顔を崩してさっさとその場からいなくなった。……舌打ちするのを忘れずに。
「んだよ、仕事ならもうちょい粘れよ」
「あ、あの」
男が人混みに紛れていく様子を眺めながらさりげなく中指を立てると、女の子がおそるおそる声をかけてきた。近くで並ぶと彼女の身長の小ささがよく分かる。あーでも、あの森先輩よりは高いかも。
彼女は
「ありがとうございました……ここ待ち合わせ場所だから引くに引けなくって……」
「そっか、でもああいう時は一旦別のとこ移動した方が早いんじゃね?待ち合わせの人には連絡しとけばいいわけだし。……彼氏?」
「あ、はい」
何故か突然笑いだした。え、なに。
「あの、絵描くんですか?」
「え?ああ、まーそうだけど。なんで?」
「ここに絵の具ついてます」
そう言って、自分の首元を指さす女の子。俺も同じように自分の首を押さえると、彼女は気を利かせて懐から鏡を差し出してくれた。
まさかと思いワイシャツの襟をめくると、彼女の言う通り今日使った赤い絵の具が首元から鎖骨にかけて一直線にひかれている。うわ、やったじゃん。夜だからワンチャン血に見えなくもない。てか、全然気づかなかったんだけど。
「恥っず」
「あんまり目立たないところだから、気づいたのたぶん私だけですよ」
「はは、そりゃ良かった」
「笑っちゃってごめんなさい。私の彼もよく同じことするから、なんだか思い出しちゃって」
「じゃあ君の彼氏も絵描くんだ」
「はい!今日は受験のための買い出しに行くんです」
「へえ〜、俺も今年受験だけど……」
持っていたティッシュで首を擦りながらそう言うと、彼女は驚いたように目を輝かせた。同い年で絵を描いてて、今年受験生……ってことはこれもしかして同じ予備校にいたりしないか?
こんな偶然もあるもんなんだなあ、なんて感心していたら、彼女のスマホが鳴った。噂の彼氏からの電話らしい。
「あ、じゃ俺もう行くね。実は俺も待ち合わせしてるし」
「そうだったんですか!時間ないのにさっきはありがとうございました」
「いやいや、こっちこそ絵の具のこと教えてもらったし」
可愛い子だったな。彼氏はきっと良い奴に違いない。たぶん。
イツメンのみんなはもういつものバーに集合しているらしく、慌てて連絡を入れても『最近大変そうだし無理しなくていいからな〜』なんて心配までされる始末。行くよ、行くって。だけど今更走ったところでどうせ奴らも時間なんて気にしてないだろうし、目的地の渋谷に着いても優雅に歩いていたところ。
「どう?君可愛いしスタイル良いから、絶対売れるって」
ハチ公から少し離れた線路橋の下で、一人の男が女の子にしつこく声をかけているのを見かけた。
なんだスカウトか。特に驚くこともない。こんなのよく見る光景だ。スクランブル交差点の前ではたいてい誰かしらがカメラの前で取材されてるしな。スカウトはどっちかといえば原宿のイメージがあるけど。
「チャレンジしてみようぜ、こんなチャンスなかなか無いよ?」
「いえ、結構です」
「そんなこと言わずにさあ」
「いいです、大丈夫ですから」
男が何かを言う度に、女の子は怯えるように首を振って誘いを断ろうとする。たしかに遠目から見ても可愛い子だと思う。スタイル良いし、ファッションセンスもあるし(たぶん)、まあ身長は小さめだけどTHE女の子って感じの。
「ほら、まずは一回だけ!ちょっと写真撮るだけだから」
「わ、私そういうのいいんです」
「簡単だよ。ポーズとかこっちが指定する通りにやってくれればいいから」
遅刻してる身だからなるべく早く向かいところだが、な〜んか不穏なんだよな。あの子、今にも手を出されそう。てか攫われそう。
助けるか?俺が。通り過ぎる人はたくさんいるけど、誰もが仕事終わりだろうし余計な面倒事には関わりたくない気持ちは分かる。都会だからそういうもんだが、誰一人として助けに入らないこの状況が少し可哀想に思えてしまって、別に自分が善人だとかそういうことを言いたいわけじゃないけど、俺は五秒も考えずにそっちに踵を返した。
「ねえ、俺のツレになんか用?」
一応これでも金髪ピアスなもんで。大層な言葉を並べなくともほんの少し睨みを効かせて男を見下ろしただけで、そいつは途端に笑顔を崩してさっさとその場からいなくなった。……舌打ちするのを忘れずに。
「んだよ、仕事ならもうちょい粘れよ」
「あ、あの」
男が人混みに紛れていく様子を眺めながらさりげなく中指を立てると、女の子がおそるおそる声をかけてきた。近くで並ぶと彼女の身長の小ささがよく分かる。あーでも、あの森先輩よりは高いかも。
彼女は
「ありがとうございました……ここ待ち合わせ場所だから引くに引けなくって……」
「そっか、でもああいう時は一旦別のとこ移動した方が早いんじゃね?待ち合わせの人には連絡しとけばいいわけだし。……彼氏?」
「あ、はい」
何故か突然笑いだした。え、なに。
「あの、絵描くんですか?」
「え?ああ、まーそうだけど。なんで?」
「ここに絵の具ついてます」
そう言って、自分の首元を指さす女の子。俺も同じように自分の首を押さえると、彼女は気を利かせて懐から鏡を差し出してくれた。
まさかと思いワイシャツの襟をめくると、彼女の言う通り今日使った赤い絵の具が首元から鎖骨にかけて一直線にひかれている。うわ、やったじゃん。夜だからワンチャン血に見えなくもない。てか、全然気づかなかったんだけど。
「恥っず」
「あんまり目立たないところだから、気づいたのたぶん私だけですよ」
「はは、そりゃ良かった」
「笑っちゃってごめんなさい。私の彼もよく同じことするから、なんだか思い出しちゃって」
「じゃあ君の彼氏も絵描くんだ」
「はい!今日は受験のための買い出しに行くんです」
「へえ〜、俺も今年受験だけど……」
持っていたティッシュで首を擦りながらそう言うと、彼女は驚いたように目を輝かせた。同い年で絵を描いてて、今年受験生……ってことはこれもしかして同じ予備校にいたりしないか?
こんな偶然もあるもんなんだなあ、なんて感心していたら、彼女のスマホが鳴った。噂の彼氏からの電話らしい。
「あ、じゃ俺もう行くね。実は俺も待ち合わせしてるし」
「そうだったんですか!時間ないのにさっきはありがとうございました」
「いやいや、こっちこそ絵の具のこと教えてもらったし」
可愛い子だったな。彼氏はきっと良い奴に違いない。たぶん。