不思議な男の子だったなあ、と。いかにも不良をやってそうな見た目をしていたのに、その実絵を描いているだなんて。絵の具の汚れも気づかないくらいだから、絵を描くことが彼の日常で、絵の具が身近にあって当たり前だということだ。私もよく服に糸くずがついていることがあるから、それと似たような感じかな。
まあ不思議さで言えばはるかちゃんに敵う人はそうそういないと思うけど。
「ニアちゃん、今週どっか時間ある?森美術館行こうや」
「いいよ。六本木だっけ?帰りについでに新宿でお買い物していい?布地買いたくて」
「そう言うと思っとったわ。ま、荷物持ちならまかしてや」
「ありがと」
服飾コースは女の子だらけだから、男の子の声はよく目立つ。はるかちゃんが果たしてそういうことを意識しているのかいないのかは分からないけれど、周囲の目も気にせず教室に立ち入ってきては話しかけてくるところは彼らしいというか。
はるかちゃんが簡潔にデートの約束だけ取り付けて教室から出ていったあと、案の定恋バナ好きの友だちがわらわらと集まってきた。
「あおちゃんってほんと彼に好かれてるよね。入学した時からこうだから、もう慣れたもんだけどさ」
「そう?はるかちゃんは可愛い子ならみんな好きだよ。あ、これは別に自分で自分が可愛いって言ってるんじゃなくて……」
「ん〜まあアンタは実際カワイイからムカつきもしないけど。橋田もこんな良物件よくゲットできたよね〜」
「いやま、橋田こそ背ぇ高いし顔良いし、そこそこ頭良いし、あと絵上手いし……この高校のビッグカップルだわ、マジで」
服飾やってる子って、私も含めて本人が奇抜な格好をしていることが多いから、他人の外見に口を出す人はあんまりいない印象。もちろん人によるけどね。今話している子たちだって、髪の毛はカラフルだしピアスはバチバチに開いてるし、肝心の服装も和服の子からパンクな子まで本当に様々。しかも三年生になると完全に自由を享受するようになるから、今この学校の中でここが一番個性的なクラスなんじゃないだろうか。
何が言いたいのかというと、こういう話をする時に顔が良いとは言われてもはるかちゃんの三つ編みのことが話題にあがらないのって、すっごく貴重で恵まれた環境だ。なんだか嬉しい。ただそれだけのことなんだけど。
「君ら中学から一緒らしいけど、大学はさすがに別々だよね?ああ、あおちゃんは専門か」
「うん、たぶんそうなると思う。私が目指してるのはデザイナーじゃなくてパタンナー方面だし。美大行ってもね」
「あおちゃんも文化?あたしはもう文化服装学院のAOで決めてる」
「そっか、私もAOで受けるつもり。一緒にがんばろうね」
同じ服飾コースでもデザイナーやパタンナー、商品企画、販売、流通などファッションに関わる仕事は様々だ。ちなみに私は今も舞台衣装に関わる仕事がしたいと思っている。
けど、この辺で有名な服飾系の学校なら、専門の文化服装学院が一番よく名前があがる。それか同じ系列の文化学園大学。こっちは四年制。大抵の人はみんなそこに行くんじゃないだろうか。それか特定のコネがある人は、本職のところに弟子入りする人なんかもいる。
進路はみんな様々。まあ、どう転んでもはるかちゃんとは同じところには行かないだろうな。だから今のうちにたくさん思い出を作っておかないと。もちろん、卒業してからもお別れするつもりなんて微塵もないけど。
+
「ニアちゃん、こっち」
「あ。よかったよかった、はるかちゃん迷子になっちゃったかと思ったよ」
「それこっちのセリフや」
約束の日。森美術館は六本木にある面白い建物で有名なところだ。私は以前漫画に関する展覧会で一度訪れたことがある。……もちろんその時もはるかちゃんと一緒だった。自慢じゃないよ。
今日はまた別の趣向の展覧会で、なかなか面白いなあと思いながら、はるかちゃんの隣をてくてく歩いていた私。中に入ると割と別行動になることが多いけど、全て観終わって物販スペースに出てしまえばもう安心。人気の催しらしく思いのほか人が多かったけれど、はるかちゃんは迷子になりかけの私をその身長をいかしてきちんと捕まえに来てくれた。
「ねえはるかちゃん、もう決めた?」
「大学のこと?まあ藝大と……タマビかなあ」
「げ、藝大……」
藝大。彼の口から飛び出てきた大学名に、少し背筋を伸ばした。なんてったって藝大だ。日本の教育機関で、東大を抜かして一番ヤバいところ。色んな意味で。
実は私、藝大にちょっとした因縁があるから安易に名前を口に出せないんだよね……なんというか、恐れ多くて。
はるかちゃんは私の表情の変化に笑みを浮かべると、特に意味もなく腰に手がまわりぎゅうと引き寄せられた。
「ニアちゃんのパパさん、藝卒やもんな。音楽科の方の」
「……うん。私、これでも一度は藝大目指したことあるんだよ。一瞬でやめたけど」
「聞いた聞いた。去年の途中までパパさんのコネで教授にオーボエ習いに行ってたもんなあ。高校でも音楽コースのところの防音室に立てこもったりして」
「まあ、やっぱり私は服を作りたいと思ったから。後悔とかは全然」
そっか、はるかちゃんは藝大か。もし私が音楽の道一本だったら、そりゃ藝大が第一志望だっただろう。もしくは海外の線もありえるけど。もしかしたら、大学も一緒に通える未来があったかもしれないってことだ。まあまだ受かるかも分からないのに、こんなことを考える意味はどこにもない。
「ふふ、藝大の彼氏ってちょっと憧れる」
「ハードルあげんなや。それに僕的にはタマビは滑り止めってわけでも」
「そうなの?じゃあ、たまびの彼氏ってちょっと憧れる」
「な〜んかさっきの聞いたあとじゃ素直に受け取れんわ」
まあ不思議さで言えばはるかちゃんに敵う人はそうそういないと思うけど。
「ニアちゃん、今週どっか時間ある?森美術館行こうや」
「いいよ。六本木だっけ?帰りについでに新宿でお買い物していい?布地買いたくて」
「そう言うと思っとったわ。ま、荷物持ちならまかしてや」
「ありがと」
服飾コースは女の子だらけだから、男の子の声はよく目立つ。はるかちゃんが果たしてそういうことを意識しているのかいないのかは分からないけれど、周囲の目も気にせず教室に立ち入ってきては話しかけてくるところは彼らしいというか。
はるかちゃんが簡潔にデートの約束だけ取り付けて教室から出ていったあと、案の定恋バナ好きの友だちがわらわらと集まってきた。
「あおちゃんってほんと彼に好かれてるよね。入学した時からこうだから、もう慣れたもんだけどさ」
「そう?はるかちゃんは可愛い子ならみんな好きだよ。あ、これは別に自分で自分が可愛いって言ってるんじゃなくて……」
「ん〜まあアンタは実際カワイイからムカつきもしないけど。橋田もこんな良物件よくゲットできたよね〜」
「いやま、橋田こそ背ぇ高いし顔良いし、そこそこ頭良いし、あと絵上手いし……この高校のビッグカップルだわ、マジで」
服飾やってる子って、私も含めて本人が奇抜な格好をしていることが多いから、他人の外見に口を出す人はあんまりいない印象。もちろん人によるけどね。今話している子たちだって、髪の毛はカラフルだしピアスはバチバチに開いてるし、肝心の服装も和服の子からパンクな子まで本当に様々。しかも三年生になると完全に自由を享受するようになるから、今この学校の中でここが一番個性的なクラスなんじゃないだろうか。
何が言いたいのかというと、こういう話をする時に顔が良いとは言われてもはるかちゃんの三つ編みのことが話題にあがらないのって、すっごく貴重で恵まれた環境だ。なんだか嬉しい。ただそれだけのことなんだけど。
「君ら中学から一緒らしいけど、大学はさすがに別々だよね?ああ、あおちゃんは専門か」
「うん、たぶんそうなると思う。私が目指してるのはデザイナーじゃなくてパタンナー方面だし。美大行ってもね」
「あおちゃんも文化?あたしはもう文化服装学院のAOで決めてる」
「そっか、私もAOで受けるつもり。一緒にがんばろうね」
同じ服飾コースでもデザイナーやパタンナー、商品企画、販売、流通などファッションに関わる仕事は様々だ。ちなみに私は今も舞台衣装に関わる仕事がしたいと思っている。
けど、この辺で有名な服飾系の学校なら、専門の文化服装学院が一番よく名前があがる。それか同じ系列の文化学園大学。こっちは四年制。大抵の人はみんなそこに行くんじゃないだろうか。それか特定のコネがある人は、本職のところに弟子入りする人なんかもいる。
進路はみんな様々。まあ、どう転んでもはるかちゃんとは同じところには行かないだろうな。だから今のうちにたくさん思い出を作っておかないと。もちろん、卒業してからもお別れするつもりなんて微塵もないけど。
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「ニアちゃん、こっち」
「あ。よかったよかった、はるかちゃん迷子になっちゃったかと思ったよ」
「それこっちのセリフや」
約束の日。森美術館は六本木にある面白い建物で有名なところだ。私は以前漫画に関する展覧会で一度訪れたことがある。……もちろんその時もはるかちゃんと一緒だった。自慢じゃないよ。
今日はまた別の趣向の展覧会で、なかなか面白いなあと思いながら、はるかちゃんの隣をてくてく歩いていた私。中に入ると割と別行動になることが多いけど、全て観終わって物販スペースに出てしまえばもう安心。人気の催しらしく思いのほか人が多かったけれど、はるかちゃんは迷子になりかけの私をその身長をいかしてきちんと捕まえに来てくれた。
「ねえはるかちゃん、もう決めた?」
「大学のこと?まあ藝大と……タマビかなあ」
「げ、藝大……」
藝大。彼の口から飛び出てきた大学名に、少し背筋を伸ばした。なんてったって藝大だ。日本の教育機関で、東大を抜かして一番ヤバいところ。色んな意味で。
実は私、藝大にちょっとした因縁があるから安易に名前を口に出せないんだよね……なんというか、恐れ多くて。
はるかちゃんは私の表情の変化に笑みを浮かべると、特に意味もなく腰に手がまわりぎゅうと引き寄せられた。
「ニアちゃんのパパさん、藝卒やもんな。音楽科の方の」
「……うん。私、これでも一度は藝大目指したことあるんだよ。一瞬でやめたけど」
「聞いた聞いた。去年の途中までパパさんのコネで教授にオーボエ習いに行ってたもんなあ。高校でも音楽コースのところの防音室に立てこもったりして」
「まあ、やっぱり私は服を作りたいと思ったから。後悔とかは全然」
そっか、はるかちゃんは藝大か。もし私が音楽の道一本だったら、そりゃ藝大が第一志望だっただろう。もしくは海外の線もありえるけど。もしかしたら、大学も一緒に通える未来があったかもしれないってことだ。まあまだ受かるかも分からないのに、こんなことを考える意味はどこにもない。
「ふふ、藝大の彼氏ってちょっと憧れる」
「ハードルあげんなや。それに僕的にはタマビは滑り止めってわけでも」
「そうなの?じゃあ、たまびの彼氏ってちょっと憧れる」
「な〜んかさっきの聞いたあとじゃ素直に受け取れんわ」