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鬼倭国は鬼の国である。よって鬼倭の民は鬼神を崇め、鬼神をその心に宿す。此方が頭上に身につけているこの二本の角の頭飾りこそ、それを示すなによりの象徴であり、此方が鬼倭国の者であることを示す手型となる。そしてこれは此方が父上や母上から授かった鬼倭人としての誇りとも言える。
そんな此方の“誇り”にどこぞの迷宮の魔神たる『アミー』から生まれた眷族が宿ろうとは、少々不満に思わないこともないが、今となってはこの力は金属器の所有者である母上の存命を証明するかけがえのないものとなった。命よりも大切なものだ。
故に、鬼倭王の天敵であるシンドバッド王さまを目の前にしても、此方は頭のこれを外すことはない。というか彼にはもとより此方の出自は割れているし。

「やあ赤琉!こうしてまた君に会えるのを楽しみにしていたよ」

タケル様とは違った感じでいきいきとしているこの有名な伝説の男、シンドバッド王さまを目の前にするのは、これで二度目のことだ。
あれは前国王、もといタケル様の父君がシンドバッド王さまとよく交流をしていた頃の話。彼が七海連合への勧誘のため我が国を訪問した際に、此方は父上の後ろに控えて様子を伺っていたのだっけ。

「元気そうでなによりだよ。俺は最初に顔を合わせた時から君のことを一目置いていたからね。もちろん鬼倭国の現王である健彦殿のことも」
「左様でございますか。有り難きお言葉」

そんなこと本当に思っているのか信じ難いが、たとえお世辞にしても彼が言うことならば素直に受け取っておくのが吉であろう。実際、この人なら本心で言っていても不思議ではない。
だってシンドバッド王さまは訪問国の名も知らぬ子供に向かって手を振るのみならず、わざわざ背をかがめて話しかけてくださった。それを彼と同い年であるタケル様が庇うように身を乗り出して、ギラギラと熱い視線を向けていたのを今でも覚えている。タケル様は彼に出会う前から彼を毛嫌いしていたけれど、前国王が鬼倭の七海連合入りを快諾したことで決定的になったようだ。
しかしまあ、素直な此方はあの時もこのお方のオーラに圧倒され、魅了されてしまった側の人間である。いくらタケル様の命によりシンドリアの“偵察”に来た此方でも、一応は礼儀正しくあろうとしっかりと胸に手を当て一礼をした(尊敬はしているがタケル様以外に膝を折りたくはない……なんてね)。だいたい、覚えていてくれただけでも恐縮なことだ。

「今や素性の知れぬ島国からやってきた異国人をこのように歓迎してくださり、心より感謝申し上げます。どうぞよしなに」
「いやなに、固くならなくてもいいよ。外交をしに来たのならともかく、今回シンドリアに来た目的は“勉学”なのだろう?」
「はいな」
「健彦殿からの伝書もきちんと届いているよ。目的が果たせるように手厚くサポートをしていくつもりだ」

タケル様からの伝書。内容はおそらく国の者・すなわち此方がシンドリアでお世話になる旨を記したものであろう。しかも一般的な留学とは少し違い、此方の出自についての一切を他の者に漏れぬように保証するというもの。すべてはタケル様の御意向によるものだ。
前国王の代で七海連合に仲間入りした鬼倭国であるが、タケル様は自らが王の座に着いた途端にそれまで盛んだった外国との交流を極一部の国を除いて遮断し、鎖国にも等しい国家体制をとり始めた。鬼倭人はもともと国が固有する文化を重んじる国民性であるため、もともと海外交流に不安を持つ者も少なくなかった。
タケル様の志は国民により近い。言うなれば、進んで交易を進めていた前国王が特殊なのである。
シンドバッド王さまはそんなタケル様のお気持ちを汲んで、条約に違反しない限りは七海連合に籍をおいたまま鎖国体制を手助けすることも良しとする、と新たな提案をして鬼倭の七海連合離脱を阻止してみせた。これによって鬼倭の情報は国外に一切漏れることはなくなった。シンドバッド王さまの名のもとに、此方の素性も守られる。

「安心したまえ、君の立場は俺もよく知っている。なんせ鬼倭王が自分の娘のように大切にしている姫君だからな」
「いいえ、此方は姫君などでは……タケル様の妹君を差し置いて、そのように名乗るつもりはございませぬ」
「なにはともあれ、君の出自を知るのはほんの一部の人間だけだ。何かあればすぐに八人将を頼ってくれていい。もちろん俺のこともな」

まさにこの国の眩しい気候に良く似合う、そんな人だった。シンドリア王国は鬼倭国とはかなり違う風土で、国民の雰囲気も建物の様子も何もかもが異なる。祖国のように白と黒を基調とした素朴さはどこにも見当たらない。どこもかしこも色鮮やかな雰囲気で包まれている。
これが外の国か。今の今まで小さな島でひっそりと暮らしてきた此方にとって、海の向こう側の様子は文献から得た情報から推測するしかなかった。しかし夢を見るにはそれだけで十分だったのだ。

此度のシンドリア来訪は、何もタケル様の命によるものだけではない。“留学”も決して嘘ではないのだ。
自らを植物愛好家と名乗る此方にとって、狭い島国に生息する種だけを愛でるのでは満足できるはずもない。此方は文化を大事にするれっきとした鬼倭人ではあれど、植物学に於いてはそうではない。花や植物に目を惹かれ、建材や紙等に姿を変えるあれらの魅力に取り憑かれたのは、それはもう物心着く前の話だが、此方が国外にも興味を示したのは三年前に母上の迷宮攻略に同行した時のことだ。
迷宮『アミー』の所在地は鬼倭にほど近い海上ではあったが、内部には見慣れぬ異郷の都市があった。美しい奇怪な植物がごまんと生えていた。そこで目にした景色にいたく心を奪われた。子供ながらに此方はもっと外の世界を知りたいと思った。母上がその後床に臥し……すぐには叶わなかったけれど。
もちろん此方の頭を占めているのは鬼倭国やタケル様のことが大半である。どんなに理由を探したとて渡海した一番の目的は“偵察”なのだし、勉学については少しの取り組みで切り上げるつもりだ。此方は鬼倭の忍でもあるのだからな。幾年にも渡って他国に入り浸れるような立場ではないことも分かっている。
なんて、そう思うのも束の間。此方の人生を大きく揺るがすその人物との対面は、そう遠くない未来に待ち受けていたのでありました。


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