「本気か?おんしをそんな考えなしに育てた覚えはないんじゃが……」
「あなたは別に、此方の育ての親じゃあないですよタケル様」
「そがなことを言うちょるんでないわ!」
此方がこの大海に浮かぶもう一つの島国に馳せ参じたのは、偵察……つまり諜報活動をするためである。あまり大きな声では言えないが。
前述の通り、タケル様はシンドバッド王さまのことを心から“信頼していない”。ただの敵対心といえばそうなのかもしれないが、伝説にまでなったかの王さまがあの若さであの境地にまで上り詰めたのには、何か闇に塗れた後ろ盾があるのでは?とか、根拠もなくそんなことを考えているようだ。
タケル様のことをずっとお傍で見てきた此方には、そのお考えが理解できる。そして、従僕としてそんな不安を取り除いて差し上げたいとも思った。
すなわち、いまいち信頼出来ない国に一番信頼できる部下(自称)を置くことで、シンドバッド王、ひいては七海連合の動向を伺い逐一国外情勢を把握する。此度の来訪の目的はまさにこれ。シンドリアは世界中の人と物が集まるから、他国の動きも察知しやすい。その重大な役を此方は任されることになった。
というか言い出したのは此方である。
「おやタケル様。『霧隠れ』の眷属器を持つ此方を差し置いて、他に相応しい諜報員がどこにおりましょう?」
我ながら他にない提案だと思ったのに、その時珍しく王室に姿を現していた父上は、それはもう火山が噴火したかの如くお怒りになられたものだ。大激怒である。此方としては、危険を犯すほどのことではないと娘の保身にのみこだわる父上のお考えは予想通りだし愛情を感じられて幸せの至りではあるが、納得しかねる。
此方はもはや、かつて父上の可愛がっていた幼い娘ではないのだ。鬼倭王族と王国民をお守りする氷川家当主の肩書きを持つ、れっきとした忍である。抗う者は『華刀』をもって制するのもやぶさかではない。それがたとえ父上であったとしても、だ。そんな言葉を並べながらにこりと微笑む此方の目を見て、タケル様は苦渋にも此方の提案を承諾した。
驚くべきは、これを自らの命令として此方に言いつけたこと。国を出るのは此方の申し出のためではなく、あくまでタケル様の御命令……大層なことを口にしても、結局は守られているのだ、此方は。ご期待に応えるためにも、失敗は許されない。
王と側近が暮らす紫獅塔、武術の鍛錬ができる銀蠍塔……等々、シンドリアの宮殿は建物によって特色があり、此方が主に行き来するのは食客の住居である緑射塔と学習場である黒秤塔の二つだ。たまに他の全然関係ない場所を探索するのも楽しみのひとつ。
来訪してからさっそく留学生の如く勉学に取りかかった此方だが、この島は太陽がさんさんと照りつけるためか植物がわんさか生えていて、到底飽きることがない。朝から晩まで森や宮中の植物を観察して回ったり、絵を描いてまわったり。しかし当然、“偵察”のことも忘れてはいない。
「……各国の主要な方々にもいとも容易くお目にかかれるとは、なかなか貴重な体験だな〜」
表向きには真面目に勉強をしながら、此方の眷属器の能力『霧隠れ』を使いあっちやこっちに聞き耳を立てる生活。全身を霧にするより部分的に使用するのはかなりの労力であるから、使いどころは限られているが。
思った通りといえばタケル様の不満を買ってしまうかもしれないが、しかしやはり思った通りシンドリアには闇の気配などただの一つも見つからず、耳にする情報は平和で普遍的な開放国家らしいことばかりであった。息巻いて国を出てきたけれど、わざわざ此方の出る幕はなかったかな……。しかし、御命令はしっかと遂行しなければ。
そんなこんなで早くも一ヶ月が過ぎ、此方はすっかりシンドリアの住民と化していた。
「アラジン、魔法の修行は順調か?」
今気になっていることといえば、現在この国には『マギ』がいるらしいということだ。現世に三人存在するという、世界を導く偉大なる魔導士。各地に出没している迷宮を呼び出したりなんなりして、王の器を選別するとか。世間知らずの此方が何故このように事細かに知っているのかというと、そのうちの一人と実際に対面したことがあるから。
ああ、そんなこともあった。扉の隙間をするりとくぐり抜けながら、“今は実体の無い腕”を組む。もう前の話だから向こうは此方のことなど覚えていないやもしれない。何を隠そう、かの『マギ』は三年前に此方を一時的に死へ追いやったその人である。運良く生き返ることができたからもう今更思うこともないけれど……今目の前にいるこの子も彼と同じマギなのだとしたら、知り合いだったりするのかな。
「うん!そういうアリババくんこそ頑張っているみたいじゃないか!もちろんモルさんもね」
幼いマギの素性が猛烈に気になり、いつも通り『霧隠れ』で堂々と部屋に侵入して会話を盗み聞きしたところ、かなり歳若かく元気そうな子であるとわかったが。
「なあなあ、明日来る煌帝国の皇子ってどんなやつなんだろうな」
「さあ〜会ってみないと分かんないけど、優しい人だといいね!白瑛さんみたいに……」
「それって、前にアラジンが黄牙の草原で出会ったという……?」
この部屋で件の『マギ』と談笑しているのはバルバッド王国の王子と、海外の伝説として鬼倭の文献にも記されていたあのファナリスの女の子だ。どの御三方も此方が国を出なければ決して目にすることはなかったであろう者たちだ。
これまで普通にこの隣の隣の隣の部屋で寝泊まりしていたとは、とても信じられなくて尻込みしてしまう。最近はシンドリア南海にある列島へ植物の観察をしに行くため、本島を離れていた日もあったからな……もっと早く来るべきだった。
やはりシンドリアは色々な国々から人が集まる素晴らしい国だ。今なら前国王がシンドバッド王さまに肩入れした理由が分かってしまうかもしれない。この気付きがタケル様の御意思を否定することには繋がらないが。
「……?」
「どうしたんだ?アラジン、変なところ見つめて」
不意に、マギの少年とかちりと両目が合ってしまった。と言っても、空中を漂う此方の体は今や塵に紛れて見えていないはずだ。なんとなく意識の中で目が合ったという話。
国の水魔法使いがよく使う光の反射による鏡を模した隠れ身とは違い、『霧隠れ』は体の構成物質そのものを物理的に離散させる能力。人間の形を保っていない状態だから体内のルフはある程度自然界にあるのと同等なものになるようだが、難升米曰く……いくら訓練してもルフの不自然な揺らぎはどうしても発生してしまうものらしい。
よって『霧隠れ』の弱点はルフが見える魔導士の目。マギたる彼は、その微細なルフの乱れを見たのだ。もう少し盗聴を続けてもいいが、存在がバレたら元も子もないな。そろそろ退散しなくては。
「……気のせいかな?なんか、気配を感じたんだけど……」
「お化けかなんかか?」
「怖がらせるつもりなら無駄ですよ。私はそういうの信じてません」
「あ、俺も俺も」
「え〜?そういうのじゃないってば〜も〜。気のせいだったみたい!」
きちんと息をひそめれば。マギですら欺くことができるということは、三年前の彼のおかげで知っていた。だからこそあの時……此方は圧倒的な力の差でも逃げ切ることができたのだ。
眷族になりたての過去とは違い、今やたくさんの訓練を繰り返した此方である。隠れ身の技術でならば世界一を誇れるかもしれぬ!なんて、タケル様に賞賛の言葉を頂いたっけ。此方は、父上ほどじゃあないですよ。
「あなたは別に、此方の育ての親じゃあないですよタケル様」
「そがなことを言うちょるんでないわ!」
此方がこの大海に浮かぶもう一つの島国に馳せ参じたのは、偵察……つまり諜報活動をするためである。あまり大きな声では言えないが。
前述の通り、タケル様はシンドバッド王さまのことを心から“信頼していない”。ただの敵対心といえばそうなのかもしれないが、伝説にまでなったかの王さまがあの若さであの境地にまで上り詰めたのには、何か闇に塗れた後ろ盾があるのでは?とか、根拠もなくそんなことを考えているようだ。
タケル様のことをずっとお傍で見てきた此方には、そのお考えが理解できる。そして、従僕としてそんな不安を取り除いて差し上げたいとも思った。
すなわち、いまいち信頼出来ない国に一番信頼できる部下(自称)を置くことで、シンドバッド王、ひいては七海連合の動向を伺い逐一国外情勢を把握する。此度の来訪の目的はまさにこれ。シンドリアは世界中の人と物が集まるから、他国の動きも察知しやすい。その重大な役を此方は任されることになった。
というか言い出したのは此方である。
「おやタケル様。『霧隠れ』の眷属器を持つ此方を差し置いて、他に相応しい諜報員がどこにおりましょう?」
我ながら他にない提案だと思ったのに、その時珍しく王室に姿を現していた父上は、それはもう火山が噴火したかの如くお怒りになられたものだ。大激怒である。此方としては、危険を犯すほどのことではないと娘の保身にのみこだわる父上のお考えは予想通りだし愛情を感じられて幸せの至りではあるが、納得しかねる。
此方はもはや、かつて父上の可愛がっていた幼い娘ではないのだ。鬼倭王族と王国民をお守りする氷川家当主の肩書きを持つ、れっきとした忍である。抗う者は『華刀』をもって制するのもやぶさかではない。それがたとえ父上であったとしても、だ。そんな言葉を並べながらにこりと微笑む此方の目を見て、タケル様は苦渋にも此方の提案を承諾した。
驚くべきは、これを自らの命令として此方に言いつけたこと。国を出るのは此方の申し出のためではなく、あくまでタケル様の御命令……大層なことを口にしても、結局は守られているのだ、此方は。ご期待に応えるためにも、失敗は許されない。
王と側近が暮らす紫獅塔、武術の鍛錬ができる銀蠍塔……等々、シンドリアの宮殿は建物によって特色があり、此方が主に行き来するのは食客の住居である緑射塔と学習場である黒秤塔の二つだ。たまに他の全然関係ない場所を探索するのも楽しみのひとつ。
来訪してからさっそく留学生の如く勉学に取りかかった此方だが、この島は太陽がさんさんと照りつけるためか植物がわんさか生えていて、到底飽きることがない。朝から晩まで森や宮中の植物を観察して回ったり、絵を描いてまわったり。しかし当然、“偵察”のことも忘れてはいない。
「……各国の主要な方々にもいとも容易くお目にかかれるとは、なかなか貴重な体験だな〜」
表向きには真面目に勉強をしながら、此方の眷属器の能力『霧隠れ』を使いあっちやこっちに聞き耳を立てる生活。全身を霧にするより部分的に使用するのはかなりの労力であるから、使いどころは限られているが。
思った通りといえばタケル様の不満を買ってしまうかもしれないが、しかしやはり思った通りシンドリアには闇の気配などただの一つも見つからず、耳にする情報は平和で普遍的な開放国家らしいことばかりであった。息巻いて国を出てきたけれど、わざわざ此方の出る幕はなかったかな……。しかし、御命令はしっかと遂行しなければ。
そんなこんなで早くも一ヶ月が過ぎ、此方はすっかりシンドリアの住民と化していた。
「アラジン、魔法の修行は順調か?」
今気になっていることといえば、現在この国には『マギ』がいるらしいということだ。現世に三人存在するという、世界を導く偉大なる魔導士。各地に出没している迷宮を呼び出したりなんなりして、王の器を選別するとか。世間知らずの此方が何故このように事細かに知っているのかというと、そのうちの一人と実際に対面したことがあるから。
ああ、そんなこともあった。扉の隙間をするりとくぐり抜けながら、“今は実体の無い腕”を組む。もう前の話だから向こうは此方のことなど覚えていないやもしれない。何を隠そう、かの『マギ』は三年前に此方を一時的に死へ追いやったその人である。運良く生き返ることができたからもう今更思うこともないけれど……今目の前にいるこの子も彼と同じマギなのだとしたら、知り合いだったりするのかな。
「うん!そういうアリババくんこそ頑張っているみたいじゃないか!もちろんモルさんもね」
幼いマギの素性が猛烈に気になり、いつも通り『霧隠れ』で堂々と部屋に侵入して会話を盗み聞きしたところ、かなり歳若かく元気そうな子であるとわかったが。
「なあなあ、明日来る煌帝国の皇子ってどんなやつなんだろうな」
「さあ〜会ってみないと分かんないけど、優しい人だといいね!白瑛さんみたいに……」
「それって、前にアラジンが黄牙の草原で出会ったという……?」
この部屋で件の『マギ』と談笑しているのはバルバッド王国の王子と、海外の伝説として鬼倭の文献にも記されていたあのファナリスの女の子だ。どの御三方も此方が国を出なければ決して目にすることはなかったであろう者たちだ。
これまで普通にこの隣の隣の隣の部屋で寝泊まりしていたとは、とても信じられなくて尻込みしてしまう。最近はシンドリア南海にある列島へ植物の観察をしに行くため、本島を離れていた日もあったからな……もっと早く来るべきだった。
やはりシンドリアは色々な国々から人が集まる素晴らしい国だ。今なら前国王がシンドバッド王さまに肩入れした理由が分かってしまうかもしれない。この気付きがタケル様の御意思を否定することには繋がらないが。
「……?」
「どうしたんだ?アラジン、変なところ見つめて」
不意に、マギの少年とかちりと両目が合ってしまった。と言っても、空中を漂う此方の体は今や塵に紛れて見えていないはずだ。なんとなく意識の中で目が合ったという話。
国の水魔法使いがよく使う光の反射による鏡を模した隠れ身とは違い、『霧隠れ』は体の構成物質そのものを物理的に離散させる能力。人間の形を保っていない状態だから体内のルフはある程度自然界にあるのと同等なものになるようだが、難升米曰く……いくら訓練してもルフの不自然な揺らぎはどうしても発生してしまうものらしい。
よって『霧隠れ』の弱点はルフが見える魔導士の目。マギたる彼は、その微細なルフの乱れを見たのだ。もう少し盗聴を続けてもいいが、存在がバレたら元も子もないな。そろそろ退散しなくては。
「……気のせいかな?なんか、気配を感じたんだけど……」
「お化けかなんかか?」
「怖がらせるつもりなら無駄ですよ。私はそういうの信じてません」
「あ、俺も俺も」
「え〜?そういうのじゃないってば〜も〜。気のせいだったみたい!」
きちんと息をひそめれば。マギですら欺くことができるということは、三年前の彼のおかげで知っていた。だからこそあの時……此方は圧倒的な力の差でも逃げ切ることができたのだ。
眷族になりたての過去とは違い、今やたくさんの訓練を繰り返した此方である。隠れ身の技術でならば世界一を誇れるかもしれぬ!なんて、タケル様に賞賛の言葉を頂いたっけ。此方は、父上ほどじゃあないですよ。