二人の主さまがどちらも異なる国の国主となった此方である。この世に生まれついた瞬間から仕えてきたタケル様は、その天真爛漫な性格から此方のことを家族のように扱ってくださったのもあり、あまり大それた緊張などは抱かずに接してこれたものだけれど、ところがどっこいもう一人の白龍さまはそうはいかなかった。
彼はそれこそ目的のためならなんでもするをやり遂げたお方。唯一の姉君に背を向け、少々手荒な真似をして、文字通り家臣を酷使し、友人の命を奪い、ついでにマギを失い、事実上の従兄弟に敵対し……今や大層な冠を被って玉座に座る存在となった。かつて彼の父親が座っていた……“母親”が座っていた……そんな場所に。
今思えば、彼はずっと期を窺っていたのだ。初対面の人のいい笑顔と、それらしいオーラを持ち合わせていながらどこか皇族らしくない、どこか一歩身を引いたような存在感は、きっといずれ来たるその日まで注目を浴びないように、という思惑のようなものがあったのだろう。本性、というか内に秘めたる目的がバレてからは人が変わったように笑わなくなった。語気を強めるようになった。この姿が本来の彼なのか、それとも親を討つという目的が彼をこうしたのかは考えても仕方がない。白龍さまは皇帝となった。鬼倭のような小国では及びもつかない、西大陸の大国煌帝国の皇帝である。片手をあげれば簡単に人が死ぬ。力の無い者は誰も彼に逆らうことはできない。一応、此方のことは唯一人の形をした眷族だからという理由である程度は尊重してくださっているみたいだけれど、それでもやはり、此方でさえ、どこかで彼の気に触れたらなんの躊躇もなく切り捨てられそうな危うさがある。
白龍さまの目的とは、アル・サーメンを倒し、国を取り戻すこと。長きに渡る戦いを終えどちらもやり遂げた今、このままおそばに居続ける意味なんて実のところないのでは?なんて思い始めてきた。そうは言っても、家を勘当され家宝を持ち逃げしている立場にある此方は、他にどこか行く宛てがあるわけでもなく。白龍さまの監視と称して煌に残り続けているモルジアナさまやアラジンさまのこともある。彼らは白龍さまの眷族である此方の動向にも同時に注目しているような気がして、毎日気が抜けない。落ち着く日がない。何が言いたいのかといえば、眠れないのである。そんなこと?とは言わせない。生まれつき不眠症である此方にとっては睡眠時間が少しでも削れてしまうことは由々しき事態なのである。
「白龍さま。ただ今お時間よろしいですか?」
「……そんなことを訊ねる者は許可なく部屋に入りなどしないでしょう」
「警備ががら空きだったもので……」
「あなたという存在を除けば万全の体制なんですよ」
それはそれは、白龍さまは此方を過大評価しているようだ。今日はたまたま宮殿内の魔道士とすれ違うことが少ない日だったから、堂々とここまで『漂う』ことが出来ただけ。と言っても此方が白龍さまの元に突然現れるなんて、もはやいつものことだ。皇帝のいる部屋に許可なく侵入するなどという所業はただの家臣なら重罪かもしれないが、この程度ならお叱りを受けることはないと此方は知っている。だから此方は堂々と、彼の座るこれまた豪華な背もたれの椅子に背後から近寄り、覗き込んだ。
「今、白龍さまに最も近いのは此方ですね」
「どういう意味です?」
「そのままの意味ですよ?」
白龍さまの少し乱れたお着物を正すように、高価で厚手のそれを指先で丁寧に掴み、手のひらで撫でつけた。そうしながら、彼の様子をうかがってみる。
ここは白龍さまの私室ではない。れっきとした執務室である。それなのに彼はお仕事中もなるべくそばに家臣を置かないようにしているらしく、今もたった一人で書簡に目を通している。ここに来るまでに多く敵を作ってきたから、人間不信に拍車がかかっているのだ、と此方は勝手に予想している。他人の目がないのは此方の能力を周囲に知らしめないために都合がいいので、なんでもいいんだけど。
「そうですね。あなたが望めば今すぐにでも俺の后にして差し上げますよ」
「……」
そういう意味で言ったんじゃなかったです。
「いつも黙りますよね、あなた」
「だ、だって……」
「故郷が恋しいからと言ってはぐらかすばかりじゃ、いつ俺の気が変わるか分かりませんよ。自分の置かれている状況を分かっているんですか?あくまであなたは、俺がここに住まわせてあげている立場にあることをお忘れなく。ただの異国の一般人であるあなたをね」
「む……」
「さっさと腹をくくればいい。どうして俺はただの一般人を宮殿に匿わなければいけないんでしょうかねぇ……国費を使って、部屋まで与えて……」
「こ、国費!?」
「此方、ごはんの量減らしますから、追い出さないでくださいな……!白龍さまのご命令も、ちゃんと聞きますから……」
「なら俺の后になってください。それだけで構いませんので」
「……!?」
「な、なんで此方が、白龍さまのお后さまに、なるんですか」
「なんでって、あなたしかいないでしょう」
「……?」
なんで此方しかいないの?
「俺があなたを見逃しているのは、あなたを拘束できないからだ。本当なら早くその頭のものを没収して、……」
これまでの最高記録は一週間である。人間という生き物は、一週間寝なければ使い物にならなくなるどころか死ぬという話をどこかで聞いたことがあるが、当時はまさにそんな状況で、死にかけながら一週間起き続けた。あれは此方の不眠を見かねた医師が病状把握のために一度限界まで起きてみるよう指示した時のことで、父上が気絶させて眠らせてくれなければあのまま死んでいたことだろう。拷問されていたわけでもなく、ただの自力で一週間起き続けたことは此方自身もわりと衝撃的な出来事だった。
寝なければいけない。
「……お忙しいところ申し訳ございませぬ。折り入ってお願いがあるのですが」
「なんです?」
「此方に、外出許可をくださいな」
「駄目です」
「……」
思わぬ即答に二三度瞬きをする此方。理由を聞くでもなく、振り返るでもなく、だめと言われるとは思わなかった。どうぞご勝手に、くらいで済まされると
「外出とは、どこへ?」
「それは、どこかその辺へ……」
「は?」
「」
此方に与えられたお部屋は祖国の私室よりも広く豪華で、まさに煌
「どこへ?」
「は、白龍さま」
彼はそれこそ目的のためならなんでもするをやり遂げたお方。唯一の姉君に背を向け、少々手荒な真似をして、文字通り家臣を酷使し、友人の命を奪い、ついでにマギを失い、事実上の従兄弟に敵対し……今や大層な冠を被って玉座に座る存在となった。かつて彼の父親が座っていた……“母親”が座っていた……そんな場所に。
今思えば、彼はずっと期を窺っていたのだ。初対面の人のいい笑顔と、それらしいオーラを持ち合わせていながらどこか皇族らしくない、どこか一歩身を引いたような存在感は、きっといずれ来たるその日まで注目を浴びないように、という思惑のようなものがあったのだろう。本性、というか内に秘めたる目的がバレてからは人が変わったように笑わなくなった。語気を強めるようになった。この姿が本来の彼なのか、それとも親を討つという目的が彼をこうしたのかは考えても仕方がない。白龍さまは皇帝となった。鬼倭のような小国では及びもつかない、西大陸の大国煌帝国の皇帝である。片手をあげれば簡単に人が死ぬ。力の無い者は誰も彼に逆らうことはできない。一応、此方のことは唯一人の形をした眷族だからという理由である程度は尊重してくださっているみたいだけれど、それでもやはり、此方でさえ、どこかで彼の気に触れたらなんの躊躇もなく切り捨てられそうな危うさがある。
白龍さまの目的とは、アル・サーメンを倒し、国を取り戻すこと。長きに渡る戦いを終えどちらもやり遂げた今、このままおそばに居続ける意味なんて実のところないのでは?なんて思い始めてきた。そうは言っても、家を勘当され家宝を持ち逃げしている立場にある此方は、他にどこか行く宛てがあるわけでもなく。白龍さまの監視と称して煌に残り続けているモルジアナさまやアラジンさまのこともある。彼らは白龍さまの眷族である此方の動向にも同時に注目しているような気がして、毎日気が抜けない。落ち着く日がない。何が言いたいのかといえば、眠れないのである。そんなこと?とは言わせない。生まれつき不眠症である此方にとっては睡眠時間が少しでも削れてしまうことは由々しき事態なのである。
「白龍さま。ただ今お時間よろしいですか?」
「……そんなことを訊ねる者は許可なく部屋に入りなどしないでしょう」
「警備ががら空きだったもので……」
「あなたという存在を除けば万全の体制なんですよ」
それはそれは、白龍さまは此方を過大評価しているようだ。今日はたまたま宮殿内の魔道士とすれ違うことが少ない日だったから、堂々とここまで『漂う』ことが出来ただけ。と言っても此方が白龍さまの元に突然現れるなんて、もはやいつものことだ。皇帝のいる部屋に許可なく侵入するなどという所業はただの家臣なら重罪かもしれないが、この程度ならお叱りを受けることはないと此方は知っている。だから此方は堂々と、彼の座るこれまた豪華な背もたれの椅子に背後から近寄り、覗き込んだ。
「今、白龍さまに最も近いのは此方ですね」
「どういう意味です?」
「そのままの意味ですよ?」
白龍さまの少し乱れたお着物を正すように、高価で厚手のそれを指先で丁寧に掴み、手のひらで撫でつけた。そうしながら、彼の様子をうかがってみる。
ここは白龍さまの私室ではない。れっきとした執務室である。それなのに彼はお仕事中もなるべくそばに家臣を置かないようにしているらしく、今もたった一人で書簡に目を通している。ここに来るまでに多く敵を作ってきたから、人間不信に拍車がかかっているのだ、と此方は勝手に予想している。他人の目がないのは此方の能力を周囲に知らしめないために都合がいいので、なんでもいいんだけど。
「そうですね。あなたが望めば今すぐにでも俺の后にして差し上げますよ」
「……」
そういう意味で言ったんじゃなかったです。
「いつも黙りますよね、あなた」
「だ、だって……」
「故郷が恋しいからと言ってはぐらかすばかりじゃ、いつ俺の気が変わるか分かりませんよ。自分の置かれている状況を分かっているんですか?あくまであなたは、俺がここに住まわせてあげている立場にあることをお忘れなく。ただの異国の一般人であるあなたをね」
「む……」
「さっさと腹をくくればいい。どうして俺はただの一般人を宮殿に匿わなければいけないんでしょうかねぇ……国費を使って、部屋まで与えて……」
「こ、国費!?」
「此方、ごはんの量減らしますから、追い出さないでくださいな……!白龍さまのご命令も、ちゃんと聞きますから……」
「なら俺の后になってください。それだけで構いませんので」
「……!?」
「な、なんで此方が、白龍さまのお后さまに、なるんですか」
「なんでって、あなたしかいないでしょう」
「……?」
なんで此方しかいないの?
「俺があなたを見逃しているのは、あなたを拘束できないからだ。本当なら早くその頭のものを没収して、……」
これまでの最高記録は一週間である。人間という生き物は、一週間寝なければ使い物にならなくなるどころか死ぬという話をどこかで聞いたことがあるが、当時はまさにそんな状況で、死にかけながら一週間起き続けた。あれは此方の不眠を見かねた医師が病状把握のために一度限界まで起きてみるよう指示した時のことで、父上が気絶させて眠らせてくれなければあのまま死んでいたことだろう。拷問されていたわけでもなく、ただの自力で一週間起き続けたことは此方自身もわりと衝撃的な出来事だった。
寝なければいけない。
「……お忙しいところ申し訳ございませぬ。折り入ってお願いがあるのですが」
「なんです?」
「此方に、外出許可をくださいな」
「駄目です」
「……」
思わぬ即答に二三度瞬きをする此方。理由を聞くでもなく、振り返るでもなく、だめと言われるとは思わなかった。どうぞご勝手に、くらいで済まされると
「外出とは、どこへ?」
「それは、どこかその辺へ……」
「は?」
「」
此方に与えられたお部屋は祖国の私室よりも広く豪華で、まさに煌
「どこへ?」
「は、白龍さま」