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「昼寝ってマジサイコーだよな〜。紅覇くぅん送ってくれてさんきゅーな。赤琉もまた会おうぜ!白龍は愛してる!んじゃ、おっさきー!」
ジュダルさんはお昼寝で元気もりもりになってから、お仕事のためにある地点で車を降りていきました。どこに向かってるんだろうと思ったけど、ジュダルさんの仕事場だったのね。別れ際に元気いっぱいの大声で愛してる!なんて叫ぶから、白龍さんを取られないようにひっついたら、ジュダルさんは今度は楽しそうに笑いながら親指を下に向けました。紅覇さんに殴られていました。私たちはそのまま紅覇さんのお仕事現場に向かいました。着きました。そこは白瑛さんのお家と同じように、森に囲まれたひたすら大きな一軒家でした。

「お前、どうして父親をぎったぎたのべっちょべちょにしたの?」
「え?」
「や、気になってさ。父親殺しってところにボクかなり共感しちゃって。ボクもいつかは親父をぎったぎたのべっちょべちょにするって夢があるんだぁ〜」
「……?」
紅覇さんはお父さまと何かあったのかな?いつも私が分からないことがあると白龍さんがすかさず教えてくれるけど、今は彼が黙ったままでいるからあんまり聞いちゃいけないことなのかもしれません。白龍さんに支えられながら長い廊下を進む私。それと、私たちを先導する紅覇さん。この建物は単なる一軒家のお家のように思えるけれど、紅覇さんが寝泊まりしているわけではなく、仕事のためだけに使っている場所らしいです。なんでも“声”が響くといけないから、森の奥深くに建てられているのだとか。
「ボクは現場を見たわけじゃないけど、話に聞く限り階下に血が垂れ落ちるくらいだったらしいじゃん。だから手っ取り早くアパートごと燃やしたんだろ?白龍は」
「そうですね。あと、ものが散乱していたので証拠隠滅にはそれが早いかと」
「ああ、ゴミ屋敷だったんだっけ。白龍、よくそんなとこに入っていけたよねぇ」
「兄上のご指示だったので」
そういえば、あの時白龍さんは誰かと電話していたんだっけ。どんな話をしていたかは全然覚えてないけれど……いつかその、彼のお兄さまにも会うことになるのでしょうか。
紅覇さんの使用人と思われる女の人にエレベーターに案内されながら、紅覇さんに聞かれたことを考えています。父親をころした訳?どうして父親を殺したのか?あの時白龍さんにも聞かれたっけ。その時は頭が回らなかったから、てきとうなことを言った気がする。
「……正直、あんまり覚えていません」
「覚えないって何さ。大した理由じゃなかったってこと?」
「そもそも理由なんて、なかったと思います。
……あのひとは気づいたら死んでました」
「へぇ。根っからの殺人鬼タイプか。アレの娘らしいねぇ。おまえはきっと『煌』でも上手くやっていけるよ」
さつじんき?あれっていうのは、お母さんのこと?お母さんも同じように人を殺していたのかな。お母さんの上司だった紅明さんという人にいつか話を聞ければいいんだけど……。あの時のことを悶々としながら思い出そうとする私に白龍さんは気遣うように顔を覗き込んできました。大丈夫です。父親をころしたことはトラウマになってるわけじゃないので。私はただ過去のことを思い出すのに苦労しているだけです。
「手が、勝手に動いたんです」
「殺意にまかせて?」
「たぶん。……あのひとがいつ死んだかも分かりません。ていうか……私は結構最後の方まで父は生きていると思い込んでて」
「じゃあ生きてると思い込んだままミンチにしたの?どんだけ恨みごとがあったのさ。虐待されてた?」
「……?虐待なんてされてないです」
「あっそう?じゃあ特に理由がないなりに、あえて理由をつけるとしたら、おまえはどうして父親を殺したの?」

邪魔だったから?

「あー、前言撤回しようかな。このままだとおまえは上手くやっていけないよ。白龍がいないとこで大量殺戮かまして自滅しそう。……まあ白龍がいる限り大丈夫だと思うけど」
私はいま貶されたのでしょうか?よく分かりません。でも白龍さんがいないと生きていけないっていうのは賛成です。
「それにしても、人間の死ぬタイミングと与える傷の程度を見極められないんじゃ、まあ拷問には向かないね。衝動にまかせてってことは、殺し屋にも向かないし。やっぱりお前は根っからの殺人鬼さ」
「さつじんき……」
「でも恥じることはないよ。馬鹿にしてるんじゃないん。ボクらだって、自分の中の殺意を利用して仕事に応用してるだけ。おまえも訓練したら自由に扱えるようになるかもね?氷川の血を扱うのは、ボクらお手の物だし。お前の母親は“強かった”けどね、“そういう”意味じゃ」
「……?」氷川の血?
「なに?白龍、まだ話してないの?おまえって慎重というかなんていうか」

エレベーターは地下の地下まで進んで、ある大広間に到着しました。そこにはさるぐつわを噛まされ、袋状の布を頭に被せられた男の人が中央の柱に縛り付けられていました。ここが拷問部屋らしいです。この建物に入った時から思っていたけど、まるで舞踏会会場かと思うほど綺麗な壁紙や装飾に囲まれているから、住もうと思えば住めそうです。それに、拷問部屋といえば血だらけのイメージがあったけど、そんな跡はひとつも見当たりません。思っていたより綺麗ですね、なんてつい呟けば、紅覇さんはボクは綺麗好きなんだ、と言いました。拘束にもがき続ける男の人をさっそく切りつけ、返り血を浴びながら。
「うるさいよ、君。今日は客人がいるから頑張ってこらえてね」
なるほど、お掃除担当さんが尋常じゃなく凄腕なだけのようでした。


「練家の人ってみんなこうなんですか?」
「紅覇殿は随一ですから。ご安心ください」
「そうなんですか」
「でも、あなたもかなり近しいですよ」
「えっ」
「あの惨状を実際に見た俺からするとね。まだ人をいたぶることに楽しさを抱いていないところだけ、彼とは違うみたいですが」
人をいたぶる楽しさ?確かにそれは感じたことはない、けど。
「……私って、変ですか。理由もなく人を殺しちゃうのなんて」
「ふふ、あなたはそんなことで不安になるようなタイプじゃあないでしょう?……不安になっちゃいましたか?」
そういうわけじゃないけど、私は自分の体の中に殺人鬼を飼っていたのに、今までよく普通に暮らしてきたなって思いました。そのことを不思議に思ったのです。
「全然、変じゃないですよ。俺たちはそういう種類の人間なんですから。だからこそ、俺はあなたに仲間意識を持っていて……だからこそ、愛おしく思います」
「……」へんなの。
「変な言い方をするようですが、あの時、父親を殺した状態で俺を出迎えてくれて、ありがとう。あの時の俺はきっと、血だらけのあなたに一目惚れしたのだ。だからこそ、あなた自身を好きになれたんです」
「……へんなの」
「今、不快に思いました?」
ふるふる、首を横に振る。
「嬉しく思いました。あの時、お父さんを殺してよかったです」
白龍さんがそう言ってほしそうな顔をしていたから、そんなことを言ってあげたら、やっぱり嬉しそうな顔をして私を抱き寄せてきました。男の人の悲鳴を聞きながら、白龍さんのお顔がだんだん近づいてくるのに気づいて目を閉じかけたけれど、なんだか今は大丈夫な気がしたからずっとまぶたを開いたままでいたら、白龍さんは驚きながらも嬉しそうにそのままキスをしました。白龍さんはこんな顔をしながらいつも口付けてくるんだなあ。いつもはぎゅっと目を閉じてしまうから知りませんでした。今更恥ずかしくなって、結局すぐに目を閉じてしまったけれど、なんだか一歩距離が縮まったような気がして、うれしい。白龍さんは何度か優しく触れたあと、これまた長いキスをしました。
「あー!ほんのちょっと目ぇ離した隙にイチャイチャしだすんだから!君たち!ちゃんとボクのやってるとこ見ててよね!」
「……えへ」
紅覇さんの声に思わず吹き出しながら、白龍さんと笑い合いました。紅覇さん、末っ子じゃないのに白龍さんより末っ子みたい。
男の人はもうほとんど声を発さなくなってしまいました。血だらけにも程があるのに、まだ生きていることは遠目から見ても分かります。紅覇さんは案外雑にやっているように見えて、それはすごい技術なのかもしれません。拷問とは奥が深いです。
「白龍さん」
「なんですか?」
「白龍さんのお仕事現場も、いつか、見てみたいなー、なんて……」
「いいですよ」
いいんだ。あっさり了承を得てしまいました。わりとダメ元だったのに。
「俺のは正直見ていて楽しいところなんてないと思いますけどね」
「白龍さんのだから、見たいんです」
「そうですか。でも、今みたいに安全な場所から見学できる現場なんてそうそうないので、タイミングは選ばなきゃいけませんね。それでも大丈夫ですか?」
「だいじょうぶです」
白龍さんのお仕事、わくわくします。


「おまえってさ、能面みたいな雰囲気出してるけど、意外と笑うし怒るんだよね。ギャップがあって可愛いよ」
貶されたと思ったら褒められました。


「それはたぶん、白龍さんのおかげです。白龍さんのおかげで、こんなに笑えるようになりました」
「そうですね。出会った当初はそれこそ人形のようで、生気なども感じられませんでした」
「前までは生きてる意味なんて感じられなかったけど……白龍さんのおかげで、今はとても楽しいです」
「ふぅん?」

「ボク分かっちゃったかも。ボクと君って、同じなのかもね」
同じ?
「もしかしてさぁ、気づいてもらいたかったんじゃない?ゴミ屋敷に閉じ込められた自分を。誰かに」
「……」そうなのかな。
「大騒ぎしたら近所に聞こえるだろうし。周辺住民は不審に思って警察を呼ぶかもしれない。上の階から血が垂れてきたらさすがに飛んでくるだろうしねえ。残念ながら、当時はたまたま無人だったみたいだけど」
「……あなた、そういや俺が来た時逃げも隠れもしませんでしたね。あの時はただ萎縮しているのだと思っていましたが」

どうこうしてほしかったのかも。どうにか現状を変えたかったのかも。あの時、警察でも、それこそマフィアでも、なんでもいいから私をどこかにやってほしかったのかも。

「ボクって、炎兄や明兄とは母親が違うから、本当はこんなに偉そうにできない立場なんだよ。妾の子ってやつ。それこそ本家嫡子の白龍とは言葉も交わせないくらい」
「俺はそんなこと一度たりとも気にしたことはないですが?あなたは俺の従兄弟、ただそれだけですよ」
「うわ〜アツいこと言ってくれるねぇ」

「でも、これでも悩んだもんさ。母は死にかけだけどまだ生きてるから、もういっそのこと心中しちゃおうかな〜なんて思ったり。両方しぶとく生き残ったけどぉ。炎兄と明兄が見つけてくれたから、……ボクの存在に気づいてくれたから、今こうして普通に歩いてられるのさ。あの二人には感謝してるんだ。今は分家の第三子として籍を置かせてもらってはいるから、あのクソ親父と、義理の母に対しても、有難い気持ちはあるよ」

「でも炎兄と明兄は特別。知ってた?紅玉もボクと全く同じ立場だから、あいつも同じことを思ってるはずさ」

紅玉お姉さま……お兄さんに毒を盛った人にあんなに怒っていたのはこのことだったんだ。

「だから、お前が白龍のことを特別に思う気持ち、ボクにはよく分かるよ。……気づいてもらえて、良かったね」
なんだか、心のどこかが軽くなったような気がしました。
「お前を大切にしてくれる人に気づいてもらったんだから、もっと胸張って生きるんだよ。それに、いくら感謝していても心で思ってるだけじゃダメダメ。いっぱい言葉にして、行動に移して、しっかり恩返ししなきゃダメ。分かったぁ?説教くさくなっちゃった」

今までにないくらい深いお辞儀をしました。このあと白龍さんにもそれ以外のお辞儀をしなければならないけれど、今は彼に最大限の感謝を伝えなければ。
「紅覇さん。ありがとうございます」
なんとなくしかあの時の行動原理を理解していなかった私だけど、思わぬところで気づかされてしまいました。紅覇さんは、とっても大きな心を持ったとっても素敵な人だ。
その隣で、白龍さんも頭を下げたのがなんとなく分かりました。
「義兄上。俺からも……」
「いいってぇ、ボクそんな大したこと言ってないだろ?」
「いいえ。組織の人間であなたを慕う者が特別多いのは俺も当然知っています。もちろん俺もそのうちの一人なんですよ」
「ふーんだ。そういうお前は雄兄ぃと蓮兄ぃがいながらはっちゃけ過ぎ!もっと本家の子らしく清く正しく振舞ったらどうなのさ!」
「そうですね。善処します」


「あの……お、お兄さまって呼んでもいいですか……紅覇さんのこと……」
「いいよぉ。紅玉から聞いたよ?お姉さまって呼んでくれるところが可愛いのって。ボクも満更でもないしぃ」
「あ、ありがとうございます!紅覇お兄さま……あとお姉さまも……」



「ジュダルから電話が」
なんだろう?しばらくしたら、とても面倒くさそうな顔で電話を切りました。
「なんだって?ジュダルくん」
「どうやら『シンドリア』の人間と鉢合わせしたそうです」
「へぇ?それは災難だねぇ。お前も行くの?」
「心底面倒ですがそうも言ってられませんね。義兄上、しばらく赤琉をお任せしても?」
「いいよぉ。なんなら泊まってけば?安心しなよ白龍、ボクは人のお嫁さんに手を出すような不誠実な人間じゃないからねぇ。でも不安になる気持ちは分かるから、そうだねぇ、紅玉も呼んじゃおうかな。あいつボクの頼みなら喜んで聞いてくれるから。急だけど、皆でお泊まり会ってやつしようよ」
「は、はい。お義兄さまが言うなら……」
「どうせ『シンドリア』なら長引くだろう?夕餉も気にしないで。ボクのコックもなかなかだから。お前は明日も学校だっけ?荷物とかどうする?」
「制服やカバンは大丈夫なんですが、パジャマとか洗面道具とか……」
「それなら俺の部下にお任せを」
「白龍さん」
袖を掴みました。
「ジュダルさんのとこ、行くんですか」
「……赤琉、あなたが心配するようなことはなにもありませんから。いい子で待っていてくださいね」
「……ん」
「えらい子」
白龍さんはお義兄さまの目の前なのに相変わらず気にしない様子で、私にむちゅうと少し長めのキスをしてから去っていきました。両頬に手を当てて余韻に浸っていると、バッチリお兄さまに見られてしまいました。恥ずかしい……。
「ふふ。イチャイチャしちゃってぇ。お前の話聞くの、今から楽しみぃ」
「?な、なんのお話ですか?」
「なにって、恋バナに決まってんじゃん?お泊まり会の定番でしょ〜?」
「そ、そうなんですか。わたし……お泊まり会?ってしたことないです」
「そうなの?ならいっそう張り切ってお出迎えしなきゃねぇ。純々、鳴鳳。そゆことだから、頼むよ」


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