「ねぇ白龍様……教えてよ、あたしって何番目くらいなの?」
「そうですねえ、もう飽きました」
俺の返事にキョトンと瞬きをする女に一度笑いかけてから、左手でその戯言を宣う口を塞ぎ、腰に装備していたリボルバーを、挿入したままの白い腹に押し当て、一発穴を開けた。バン。即座に銃をベッド後方に放り投げ、暴れ回る腹を押さえつける。さっき俺にイカされ絶頂を迎えた時よりきつい締め付けに気持ちよさを得ながらも、耳を劈くような醜い悲鳴に思わず顔をしかめた。手で押えてもコレだから、実際のところはもっとえらいことになるのだろうな、煩わしい。始末する時には口を押さえるのが癖になっているから、永らく純粋な断末魔を聞いていない。
やや落ち着いた頃に口元から手を外し、痛がる女に気にせず腰を動かすと、その振動に合わせてへその真上の銃痕から噴水のように赤い血液が迫り上がる。シーツは既に血の海だ。これがまさに殺人現場。
「……あぁ、いい、っん……でも、こんなもんじゃない……、おまえじゃ、なければ」
無意識のうちにそんなことを呟けば、もう抵抗されなくなった。ぐったりと重みを増した女の太腿を両腕で支え、さらに強く打ち付ける。出血多量で意識が朦朧としているのか、壊れものの機械のように、白龍様……とか無意味に俺の名を呼び続ける女。煩わしいその声を聞きながら、最後大きく動いて、果てた。
死にかけのガラクタのために余計に弾丸を無駄にしたくはないと、今度はナイフで首を掻き切った。声はすぐに消えた。体勢を少し変えるついでに、手のナイフをロウソクのように突き立てた。たった今出来上がった死体のそばで、血の混ざった粘液を潤滑剤に根元から扱き、出し漏れのないよう絞り尽くす。
「……醜いな」
はあ、昨日の光景に当てられてこんな真似をしてしまうとは、俺もつくづく子供じみた性根をしているなと思う。思ったより呆気なく終えた一連の行為を振り返ると、あまりにも馬鹿馬鹿してくて笑えてくる。でもこれのおかげで殺意は削がれた。近頃抱いていた己の感情の正体に答えを見つけた。これで最後だ。そう確信しながら、組織の掃除屋に一報入れて、やけに冴えた頭をガシガシと掴みシャワールームへ向かった。
「おうおう派手にやったなあ!白龍」
「れっ、……蓮兄様」
思いがけないところから思いがけない声が聞こえて、さっきまで乱雑に髪を拭いていたバスタオルが静かに床に落ちた。……はずだったが、それはいつの間にやら部屋で寛いでいた人物の足によって受け止められた。練白蓮。俺の実の兄上である。
このホテルは組織の管轄下ではないが、俺が認めるくらいにはセキュリティは万全で、この個室自体二重三重に鍵が閉められているというのに。何故当たり前のように侵入しているのか、そんな疑問はこの人の前には通用しない。情報の露出経路は……どうせさっきの電話だろう。何が楽しいのか満面の笑みで差し出されたバスタオルを、ひっ掴んでため息をついた。
「はぁ、やられた。俺は真剣に掃除屋に連絡したつもりなのに……なんですか、母上に頼まれて偵察にでもいらしたんですか」
「まさか!母上が可愛い末っ子のこんな遊び現場見たら気絶しちまうよ。安心しな、俺はちょっくら“盗み聞き”しただけ。業者もすぐに到着すると思うぜ」
「……で、その盗み聞きかつ“逆探知”をしてまで会いに来るとは、俺に何の用ですか、お巡りさん?事件ですか?事故ですか?」
「あんなぁ……白龍。兄上と話をする時は服着ろよ、まず」
あんたがいきなり現れたんでしょうが。兄上は糖の塊(市販の菓子パン)をむしゃむしゃと大層美味しそうに召し上がりながら、窓近くの一人がけソファーにだらしなく足を伸ばして座り込んでいる。少し向こうのベッドには裸の女が血だらけでこと切れているのに、この人はこんな血と白濁の臭いの中でよくもそんなものを食えますね……。
兄上のお言葉通り最低限バスローブだけ羽織りながらそう嫌味がちに呟いたら、「こらっコンビニのパン馬鹿にすんなコノヤロウ〜〜」と気の抜けた返事を返された。俺のことをよく理解した発言だが、今俺が言いたいのはそのことじゃないし、やはり臭いは気にならないのか、この人は。
「お忙しいんでしょう?まあ……今は暇そうですが。公安という部署は特に」
ある程度ドライヤーで水気の飛んだ髪の毛を梳かしながら、兄上の向かいのソファーに腰を下ろした。窓の外、道路を見下ろせばパトカーが何台か右から左へ走っていく様子が見える。サイレンも聞こえてくる。たまたま俺のいるホテルの近くに配属されたから、仕事のついでにやってきたということか?赤琉は……今頃学校で授業を受けていることだろう。ランチにはまだ早いが、仕事を抜け出してきたんじゃないだろうな。
「ああ忙しいなあ、忙しすぎて死にそうだ」
「職務中はろくな食事も取れないでしょうし、刑事の腹持ちを支えるのに片手で食べられる軽食は必要不可欠です。俺はなにも企業努力の成果を馬鹿にする意図はなくて」
「だろ?最近はただのパンだけじゃなくてさ、ドーナツなんかも結構色んな種類が出てて選びきれないんだ。どれにしようかな〜って悩むのも楽しいっていうか……まあ有り得ねえほど安いんだから全部買やいいんだけど!」
「楽しそうで何よりです。でもそんなものばかりを食べているようでは、いつ体調に支障が出てもおかしくありませんよ。せめて時間がある時はコックの作った栄養満点の食事を取ってくださいね。俺は蓮兄様のことを心配して……」
「おまえ、なんか……母上みたいだな!」
考えるよりも先に手が出た。三十路のくせに美人で、しかも母上に瓜二つで、いつまでも幼さを感じさせるその満面の笑みが無性に腹立つのだ。裸足のままテーブルを乗り越え、手に持っていた櫛の先端を体側面から大きく振りかぶって眼球を狙うと、「あぶねっ」と叫びながらも兄上は持ち前の反射神経の良さと、公安の刑事らしい身のこなし方でサクッと避けて、流れるような仕草で俺の両手首を掴む。捻る。弱点をもよく理解している。そして次の瞬間には視界が反転して、菓子パンをくわえたままの、まだソファーに座ったままの兄上に床に簡単に平伏せさせられた。……普通に屈辱なんですが。本気で獲りに行ったのにあっという間に拘束されるとは、今バスローブ一枚でなければもっとやれたと思うのに。いや……この人には武装しても敵わないかもしれない。そもそも勝ったことなどないのだから。まったく。
「白龍……母上ってのにそんなに反応して……まだ反抗期か、そうか……可愛いなぁホント」
「うるさいですね!」
兄上の手をどかしてさっさと立ち上がると、元のソファーに座り直した。何をしに来たんだこの人は。なんて、再度聞かなくてもなんとなく予想はついていた。むしろスキャンダル好きな蓮兄様にしては遅すぎる登場だと思っていたくらいで。案の定、兄上は嬉々として話題を変えた。
「んでさ!白瑛から聞いたけど、お前ついに嫁貰うことにしたらしいじゃん。どんな子だよ、俺に紹介してくれよ!」
「何を言っているんですか妻子持ちが」
「ばぁか、可愛い弟の嫁さんなんて気になるに決まってんだろ。てかなんで他の二人には教えといて……俺だけ知らされてねぇんだよ」
「こうやって絡まれるのを危惧してのことですよ。それに会う機会などなかったから」
一か月程前、赤琉を姉上の元に連れて行ったその日に、雄兄様とは顔を合わせていたからついでに報告をしたまでだ。あっちもまあ興味津々そうではあったけど、わざわざこんなところに乗り込んで来るようじゃ蓮兄様は知りたがりにも程がある。どうせ来月に控えた総会で顔を合わせることになるのだから、その時でいいと思っていたのだ。そう説明するも、やっぱり納得いかない様子で。
「俺はてっきり新婚の熱に受かされて乳くり合ってんのかと思ったのに。セフレでがっかり。まだまだ若いねぇ、お前は」
「……!?あんた弟の情事を覗きにきたんですか!?気色の悪い……ちょっと吐き気が」
「おまえ、なんか俺に対して遠慮なくねえか?もっと言葉を選べよ」
「あんたを見てると母上の顔がチラつくんですよ。似すぎて」
「お前に言われたかねえよ!」
いや、蓮兄様は母上似だから俺よりも面影がある。それは確実。これに関してはきっと雄兄様も同意してくれると思う。
「じゃあ、嫁さん今なにしてんだ?ていうか何歳なんだっけ?」
「嫁、嫁って言いますけど、まだ婚姻関係は結んでいません。婚約指輪すら渡してないし。相手は高校生なので、正式な手続きを踏むには最低でもあと一年待たなきゃいけなくて」
「へぇ〜?未成年淫行じゃんか。お前は二十歳だろ?逮捕しちゃおっかな〜」
「……」
その通りですね。なんかむかつく。
「それで相手の同意はあるのか?」
「言うまでもなく誓いあった仲ですよ」
「嘘くせ〜」
その通りです……どうして見破られるのだ。意味がわからない。
「蓮兄様。あなた、本当に何をしに来たんですか?だいだいね、そうやってすぐ馬鹿にしないでもらえます?」
「いやでも、お前なぁ、ついさっき他の女の子と寝てるくらいだからな……どうせその子のことも無理やり抱いてるんじゃえのか?」
「はあ、心外ですね。まだ一切手は出していませんが、何か」
「……マジ!?」
驚くんじゃない。
「真剣なのか」
「真剣以外の何ものでもありませんよ」
正直に言ってしまえば、最初は本当にただの都合のいい結婚相手だったけれど。今はもうそうではない。昨日、それを確信したからな。俺もつくづく単純な男である。
「じゃあ聞くけど、白龍はその未来の嫁さんのこと、どんくらい好きなんだ?」
「そうですねえ、もう、殺したいくらい」
兄上の男子高校生のような純粋すぎる質問に、むしろ包み隠さず笑みを零しながら答えた。体が熱くなり顔が火照るのは、なにも風呂上がりということだけが理由ではない。背もたれにもたれかかって、手で額を覆いながら、熱を逃がすように舌をべえと出したら、兄上はかなり驚いたようで瞬きを繰り返した。
「そりゃ相当だ。ますます気になってきた」
「あなたには会わせませんよ」
「なんでだよ!」
蓮兄様は掃除屋の到着が遅いからと、自分で勝手に検死のようなものを始めた。おそらく近くに警察が多く集まっているから、入るに入れないのだろう。それならもういっそのこと兄上が警察を使って片付けてくれないだろうか。髪を結い、今度こそ服を着て、そんなことを考えていると、兄上が思い出したように声を上げた。
「そういや、青舜から聞いてるぜ?母上がうるさいからって拾って来たそうじゃん。しかもその子の母親って……なあ?」
もうすっかり血は乾いているが、そういう今になってスマホで写真を撮っているのは、どうせ雄兄様に見せるためだろうが、それより俺は青舜が余計なことを喋っていることに意識が向いてしまった。あいつ。今度会ったら激辛スープを食わせてやる。
「だから、そんなさあ、真剣に恋しちゃってるとは……思わなかったけど。いつ好きになったんだ?」
「……昨日です」
「ん?」
「昨日です。まあもっと前から前触れはありました。彼女のことは……確かに最初はただ母上から逃れる口実に使うためでしたけど、なんか最近……可愛くてたまらなくて」
「そっかあ、恋しちゃったか〜」
「……」
三十路なのにすっかり恋バナに夢中である。
「きっかけがなんかあんのか?ほら、恋しちゃったきっかけだよ」
「な、なんでそんなこと……あなたなんかに」
「あれえ?顔真っ赤。かわいいな。もしかして初恋か?」
「……」
髪をかきあげるふりをして顔を隠すも、兄上は俺の気など知らずにまくし立ててくる。
「てか待てよ?気づいちゃったんだけど!?あの日、白龍をその子の家にやったのって俺じゃん?マジか、俺が恋のキューピットになっちゃったってことか!」
「……言われてみれば、そうなる、かも」
「ほら、ほら、誰のおかげで会えたと思ってんだよ。バラしちまえよ、さっさと。どこに惚れたよ」
「……」
「言えって」
「……」
言った。
「だっはっはっは!!!おいおいお前やっぱり雄兄の弟だぜ!今の言葉あの人が聞いたら泣いて喜ぶぞ!!だからこの女の子、おなかがっ、こんなことに!!?あっははは!!」
「今……あなたに対して猛烈に殺意が……」
笑われると思った。早く会話を終わらせたいと思って素直に打ち明けたのがよくなかった。これ、すぐに広まりそうだな……たとえばジュダルらへんに知られたら俺はもうお終いだ。そうだ、それを阻止するためにも蓮兄様にはここで死んでもらうか……さっき女の腹に穴を開けたリボルバーを拾ってはため息をついた。
「白龍様。大変お待たせ致しました……って、白蓮様……!?なぜこの方がこちらに……?」
その時ようやく現れた掃除屋は、蓮兄様がいることにはもちろん、こいつが永遠に笑い倒していることに驚いて俺に視線を寄越してきた。ああ、なんだこれ。早く帰りたい。早く、赤琉の顔を見たい。
+
家族には一切関わりを持たせようとしなかったにも関わらず、その努力も虚しく血筋がものを言わせようとは。“彼女”は我々組織によく貢献したそうだが、ターゲットに対する余りある温情がとある幹部の気に触れ個人的な私情で始末された。その点については憐れで気の毒だと思うが、死後の出来事とはいえ夫にみすみす情報を横流しする原因を作ったことについては情状酌量の余地はない。
娘はどうだ?これまでそういう現場に遭遇したこともない、ただの一般女子高生が、誰かに命じられるまでもなく実行した父親殺し。虐待や乱暴をされていたわけでもない、ただ金遣いの荒く酒癖の悪いだけの実の父親を、一時の殺意で葬ろうとは。それも本人はゴミを処分しただけと豪語する。俺に対する強気な姿勢も悪くない。さすが『煌樂白苑』幹部氷川宗家の娘らしい滅多刺しを見せられては殺し屋としての血も騒ぐ。飼い慣らしたくなった。
「あなたは、殺し屋さん、なんですよね。ど、どうやっていつも……重たいゴミを、どう運んでいるのですか?」
赤琉は人の死に無関心のようだ。生きている人間には母親と同様それなりに温情を向けるようだが、一度それを“ゴミ”と見なせば生も死も関係なくなるのだろう。それが今まで露見せず、今になって犯した殺人が初犯とは、よくこれまで表社会に紛れて生活できたものだ。結果として母親の努力も虚しく氷川宗家の血筋は組織に存続することとなった。
「お名前……白龍さん、練……白龍、さん?」
一目見た時から、常に人形のような生気の無い目をしている彼女に興味を抱いた。父親をミンチにするなどという徹底的な殺意に対してくだらない動機を語る彼女に仲間意識を抱いた。俺の兄姉たちにも劣らぬ学力に相反して常識の欠けらも持たない彼女に比護欲を抱いた。俺の前では無力なくせに出会って三日にして早くも警戒心を解いた彼女に比護欲を抱いた。死体のような寝顔に愛着を抱いた。色欲を抱いた。虐殺意を抱いた。愛情を……抱いた。あ、俺はいずれこの娘を犯して殺すかもしれん。
それら複数の煩悩を抱えて過ごした数日後。トドメを刺したのは、死体のように血を流す彼女の寝姿だった。あーあ、俺のせいじゃない。
「……はぁ、はっ……ん、……赤琉、……」
いつになくよく眠る。電撃でも浴びせない限りは、いつまでも眠り続けられる体質なのではないか?毎朝起こすのにも苦労する。これも酒豪であった父親と共に暮らしてきた環境のせいらしいが、いくらなんでも水浸しのまま変わらず寝息を立てようとは。……今も現在進行形でシーツに染み込んでいく真っ赤な鮮血と、ピクリとも動かない寝相の良さに、つい死体のようだと空目したのだ。ああ、生理か、不意を突かれた。胸が高鳴り、その場で一発抜いた。日に日に膨れ上がる好意がついにこの時確実に音を立てて爆裂した。血など見慣れているはずなのに
彼女の流す血に興奮した。
「……っはぁ」
ああ、幼い頃は雄兄様のネクロフィリアを理解する日はないと思っていたが、十分俺にも同じ血が流れている。愛着どころではない。愛憎とも言えるほどの熱が俺の脳みそをおかしくさせていく。まずい、興奮と殺意が混濁して今すぐにでも手にかけてしまいそうだ。でも殺したくない。殺せば終わる。瀕死がいい。人は死に際が最も唆られるから。もっと血にまみれた彼女を見たい。でもアプローチを間違えたくない。今はまだその時じゃない。それなら、代わりを殺すか、と抑えきれぬ殺意にまかせて一時の感情で呼び出したその女は、喜んで俺に切られに来たが胸糞悪いだけだった。やはり彼女には及びもつかない、代わりなどいない。赤琉の方がもっと、もっと……愛おしい。