| サブストーリー/太平洋航海中 めちゃくちゃ暇なときだってある。 アメリカ大陸を目指す航海の最中、千空の決めた40日間という日数は早くもあり体感的には長くもあった。本土に居た時はやることが沢山で一か月なんてあっという間だったけれど、この海の上ではそれも限られてくる。嵐の日だと海が大荒れで休む暇も無いが、晴れの日はそれはもう長閑なスローライフだった。 「ハニーほうじ茶ラテいかが?」 それでも千空は毎日忙しそうで、今日も船内の一室でペン片手に黙々と何かを書いたり弄ったりと作業に励んでいた。私は皆の暇な時間を潰す娯楽として歌を歌ったりギターを弾いたり、ルリちゃんから受け継いだ石神村の百物語を語ったりと意外にも充実している。とは言っても私一人ではパフォーマンスに限界もあるので、こうやってお休みもちゃんと挟んでいた。そんなお休みの今日は何をしようかと船をウロウロしていたら、ゲンくんに「千空ちゃんが籠りっぱなしで出てこないから飲み物でも差し入れついでに休ませてあげてよ」と言われる。丁度暇だったしいいかなと思って私は二つ返事で頷いた。バーでフランソワさんに教えてもらった手作りドリンクを持って千空のいる部屋に訪れると、彼は「おー」とだけ返事をしてこちらに見向きもしなかった。 「ここに置いていい?」 「おー」 千空の作業スペースの邪魔にならなそうな所にコトリとマグカップを置き、私はしばし千空の横顔を見つめる。けれどやっぱりこっちを振り向くことはなく、そのまま作業に没頭していた。主にここは千空の部屋になっていて、本当は無かったのだけどあまりに千空が入り浸るので後ろに彼のベッドも用意されている。だから私はそのベッドにゆっくりと腰かけて、しばらく千空の背中を見つめた。 「(あの頃に戻ったみたい)」 今の光景はまるで中学のあの頃を再現しているようだ。私が声をかけてもなーなーにしか返事してくれず、それでも絶対に「出ていけ」とは言わない。私も相手にされなくてもお構いなしに彼の部屋に居座って、そして時間が経てば帰る。マンパワーが必要な時は手を貸せと言われるし、私が彼の作るものに興味津々に聞いた時は長い長い千空先生の発表会が始まる。 「おいしい?」 「おー」 もしかしたらドリンクに気づいていないのかもと思ったけれど、しばらく見ていたらちゃんとマグカップに手を伸ばして口に付けていたので安心した。返事は相変わらずですけど。 というか、ゲンくんに休ませてあげてと言われていたのだからこのまま放置するのは如何なものだろうか。せめて一度くらい甲板に出して息抜きさせた方がいいのかな。でもさっきからずっとこの反応だしどうしたものだろうか…。そう考えたとき私は、あることを思い出した。 「ねぇ千空、相談があるんだけど聞いてくれる?」 「おー」 もう随分遥か、3700年前の…更に人類が石化する1年以上前のことを、私は思い出した。あの時と一言一句変わらない台詞で尋ねれば、彼もまた同じように答えた。 「私にキスしてくれない?」 「おー……………あ?」 それはまるであの時まで巻き戻したかのような。けれど違うのは、私たちはもう中学生でもなければ、ここは2000年代ではない、遥か遠いミライの世界。さて、私たちはどこまで変わったのだろうか。 「あ"ーーー……すっげーデジャヴ感じんわ」 「ふふ、ちゃんと覚えててくれてたんだ」 「ああ、記念すべき”ハジメテ”だからなぁ」 「それってどっちの?」 ずっと背を向けられていた千空の体が後ろに居る私に向けられ、ようやく彼と目が合うことができる。千空の記憶力なら忘れてないことはないと思っていたけど、記憶には”印象”というものが大きく関わってくる。”忘れてもいい”ことだと千空が判断したら、きっとそれは薄れて消えてしまうのだ。でも覚えてくれていた。 「どっちってそりゃあ、どっちもだろ」 椅子から離れてベッドに足をかけ、壁に背を預ける私に彼は覆いかぶさってキスをした。どうやら千空を引きずりだす方法は、3700年前から何も変わっていないらしい。 「ったく、大方メンタリストの指金だろ」 「わお、よく分かったね?」 「最近籠りっぱだったからな、ゲンあたりが何か言ってきそうって思っただけだ」 なるほど、さすが千空の親友だ。でも前に南ちゃんと話してた時に「あの二人は親友っていうかビジネスパートナーって感じじゃない?」と言っていて、確かにその言葉もピッタリだと思った。まあ両方だということだろうか。だとしたら私が来るよりもゲンくん本人の方が良かったのでは?と私は思った。 「ゲンも分かってやがる、何を寄こしたらいいのか、な」 「?」 「しゃーねーからちょっと息抜きでもしてやるか」 「あ、じゃあ甲板に出て散歩でもする?いい天気で気持ちいいよ」 「あー…それは後でな、それより…」 「ん?、わっ…」 ごそり、と千空が動いてそのまま手を引かれ同時にベッドに倒れ込んだ。腰を抱かれてぎゅっと体が密着し、どうしたのかと千空の顔を不思議に覗き込む。 「休ませてくれんだろ、サービスしやがれ」 「サービスって…添い寝的な?」 「おー、それそれ」 「んー…まあ、いっか、千空とこうしてるの好きだし」 「あんま煽りまくること言うとエロいことすんぞ」 「それは余計疲れるからダメ」 「へーへー」 窓から見える波と日差しの光がゆらゆらと部屋に差し込む。あまりに長閑で平和な優しい時間に、思わずここが文明を失ったストーンワールドなことを忘れてしまいそうなほど。 「どうしてあの時、私にキスしてくれたの?」 「あ?それわざわざ聞く必要あるか?」 「え?」 「あ"ー……もしかしてテメー、俺が情けでやったとでも思ってんのかよ」 「情け…とは違うかも」 「ほー?お前の考えを先に聞かせろじゃあ」 ふと私は、初めてのあのキスの理由がなんだったのか気になった。当然分かるだろみたいに千空は言うけど、私は3700年前からずっと考えは変わっていない。だって千空は、 「キスの感触を知りたかったからでしょ?」 「あ"っ?」 だと思っている。好奇心旺盛な千空くんはきっとあの時まだキスというものを経験してなくて、それで私とのキスを承諾してくれたんだろう。と伝えたら、千空は「信じらんねぇ…」って顔で私を見ていた。あれ? 「お前んなこと思ってたのかよ……はぁ、さすがのオツムだな」 「え、あれ?ちがうの?」 「違いまくるわ」 「じゃあ、なんで?」 「言わねえ」 「えーなんで?」 なんだかヤケみたいに見える千空の態度に、私はねーねーと体を揺する。酔うからヤメロと言われてしまい、私は煮え切らないまま彼に寄り添って再び寝ころんだ。 「じゃあ逆に、お前はなんで俺だったんだ」 「え……そりゃあ、千空が好きだからだよ?」 「あん時は気づきもしてなかったくせに」 「あ、そっかぁ……でもそれでも、千空が好きなんだよ、ずーっと私は」 「へー、じゃあ俺のもそのままコピペして考えろ」 「へ?どゆこと?」 「これ以上のヒントは無しだ、いい加減自分で考える力付けろバカアホ名前」 「え〜〜」 私そこまでバカじゃないはずなんだけどなぁ…。テストだって毎回平均以上の点数とってたし。でも千空はよく私のことをバカって言う。前にゲンくんに「私バカじゃないよね?」って聞いたら「あーうん、名前ちゃんはバカではないよ、バカでは…」ってなんか微妙だったけど肯定してくれたし。 「いいよもうわかった、千空は私のこと大好きって思うことにする!」 「あー、うん、そうだな、そうしとけ(大正解だわバカ)」 「んーそう思うと気分いいね、特別大サービスでマッサージでもしましょうか?」 「いやそーゆーのいらねーから、テメーは大人しくそこにいろ」 あらそう?結局私はなにもしないまま、ただ千空と一緒にベッドに横になっている。部屋の外では誰かがはしゃぐ声や、船を行き来する足音が聴こえたり聴こえなかったり。当たり前のように聴こえるけれど、数年前までの3700年間は無かったもの。千空がその当たり前を作ってくれたんだ。石神千空って人は、それだけ私たちにはかけがえのない大切な人となっている。そんな彼が私を大好きだなんて、正直素直に思えないって思わない?それでも今までに彼が言ってくれた言葉に嘘偽りはないって分かってるから、私は大胆に自惚れようと思った。 「こうしてると千空ひとり占めしてるみたいで皆に悪いなぁ」 「クク、気持ちわりぃこと言ってんなよ、つーか俺は誰のモンでもねーわ」 「みんなだいすき千空先生でしょ」 「そらこっちの台詞だな、皆のアイドル名前チャン」 「女優とアイドルは別なんですけどー」 「どっちでもいーわ」 それに今は、俺だけのモンだろ。 そう言って千空は額に柔らかな唇を落とした。そのままお互いの呼吸音だけが船室内に響き、ギシギシちゃぷちゃぷと揺れる大海原を大航海する音が、子守歌のように流れていく。 甲板を散歩する頃には、すっかり日は落ちていた。 |