「なにだらしねェ格好してンだ」
「いだっ」

 ドンッーーと、脇腹にまあまあな衝撃が与えられた。それと同時にソファに頭から半分落ちかけていた私の体は完全に落ちてしまい、重力に抗えなかったお尻はドスンと勢いよく地面へと打ち付けられてしまう。極め付けには枕にしていたお気に入りのヒヨコのクッションが頭に落ちてきて、「うぷっ」と声を漏らす私。そしてようやく、自分は寝ていたのだと意識を取り戻していった。
 今日は朝からずっと雨で体が重く、だらだらと学校に行ったはいいけれどやる気も出ずに2限目で早退して帰ってきてしまった。そしてそのままソファでボーっとテレビを見ていたのだが、どうやらいつの間にか眠っていたらしい。ぼんやりする視界には真っ白な天井が見え、その中にチラリと天井とは違う真っ白な何かが見えた。

「あくせられーたぁ…きてたんだ…」

 目を擦りながらそう言うと、声は随分と枯れていた。私がさっきまで眠っていたソファには一方通行が座っている。今買ってきたのであろう缶コーヒーを静かに一口飲みこんだ。
 いつも見る銘柄と違う……前のやつ飽きちゃったのかな。そんなことをぼんやり思って見ていると、チラリと一方通行の目線がこちらに向いた。

「いつまでンな格好してんだ、起きろ」
「ん〜〜……よく寝た気がするぅ……いまなんじぃ?」

 ずっとソファの下で落ちた体制のままだった体をゆっくりと起こし、一方通行に時間を尋ねるも「自分で見ろ」と言われてしまい教えてはもらえなかった。それくらい教えてくれてもいいのに。
 仕方なくテーブルの上に置いていた携帯を見ると、時刻は17時だった。4時間くらい寝てたようだ。

「うっ…さむっ…!」
「ンな格好で寝てっからだろ、つか服着ろバカが」
「え?あー…帰って制服脱いだままだった…あはは」

 なんだかやけに寒いなと思ったら、自分の格好は下着の上にキャミソール一枚という完全に制服を脱いでそのままの格好であった。そこら辺に脱ぎ散らかしていた制服をかき集め、私は洗面所に置いてある部屋着を着て再びリビングへと戻る。ソファには先ほどと寸分だ側ぬ位置で彼が鎮座しており、静かにテレビを見ている。
 冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、彼の横へと私も腰を下ろした。

「お腹へった…」
「オイ凭れ掛かンな」

 ぐるる…とお腹が鳴り、ポツリと呟きながら隣の一方通行に寄りかかった。即座に眉間へ皺を寄せて悪態吐かれるが、私は言うことをきかずにそのまま傾けるのをやめなかった。そしてボーっとテレビを見ていると、外の音が耳に入ってくる。ザーザーと降りそそぐ、雨の音だ。

「げ、まだ雨降ってんじゃん…冷蔵庫なにもないよ…どーしよ」
「なんか出前とりゃいいだろ」
「あ、たしかに!なにがいいかなっ?」
「何でもいい」

 そう言われればと、私は携帯を手にとって出前サイトの一覧を見た。やっぱピザ?それともお寿司とか、丼ものとか、中華も捨てがたい。考え出したら更にお腹が減ってきて、お腹の音は再びぎゅるぎゅると大きな音をたてる。

「んーーー、やっぱピザ!チーズ増し増し!」
「太るぞデブ」
「う、うるさいな!一方通行が痩せすぎなんだよ!てかデブじゃないし!」

 ほんと口が悪い!ぷんすかと怒ってみせるもまったくの無反応でクイっとコーヒーを飲む一方通行に、せめてもの怒りだというように脇腹をつねろうとしたけれどお肉がなさすぎて摘まむこともできず撃沈。ちくしょう、なんでこんなに細いんだよこの男は…!女の敵だ!
 とりあえずピザの注文に成功した私は、再びソファに身を預けてだらだらとテレビを見る。でも今の時間はニュースばかりで面白い番組もなく、ツマラナイなぁとまた体を右隣に預けた。

「オイ」
「んー?」
「重いンだよデブ」
「またデブって言った…、この前会った人はスタイルが良いって褒めてくれたのに!」
「あ"ァ?」

 再びその禁断の言葉を言われてボヤく私の最後の台詞に、何故か一方通行の眉間にグっと皺が寄った。
 あれ、なんか変なこと言っちゃったかな。なんか怒ってるように見えるんだけど…どうしてだ?

「“ダレ”に言われたんだってェ?」
「え、この前学校の帰りに数人のお兄さん達にね、良い体してるねぇ〜って褒められたの。見る目あるよね!」
「……………ハァ」
「え、なんで溜め息!?」
「バカ」
「え!なんで!?」

 デブと言われた挙句バカと言われて、なんて散々な言われ様だ。まあ、一方通行の暴言なんていつものことなので大したダメージはなく、これもまた通常運転なのだけど。というか、この男は普通に私の家に上がり込んで普通にくつろいでいるけど、別に私たちは一緒に住んでいるわけでもましてや恋人でもなんでもない。
 言うなれば………いや、当てはめるカテゴリーも見当たらない。

「そういえば明日から身体調査システムスキャンだね」
「へぇ」
「私の学校は明後日あたりかなぁ」
「そーかよ」
「うーわ反応わるー」

 “身体調査システムスキャン”――といえば、この学園都市では定期的に行われる能力検査で、生徒は全員参加しなくてはいけない。都市が指定した学校が毎日電光掲示板に貼り出され、数日かけて学園都市全体で行われる。
 ――まあ、学園第1位の一方通行にはこの集団行動は関係ないのかもしれない。彼は、特別の特別枠だ。

「どーでもいい」
「ま、一方通行だもんねぇ」
「……そーいやお前、レベルいくつだ」
「えー、まあ、3くらいじゃん?」
「何で疑問形なンだよ」
「大した力ないし、どうでもいいんだよねぇ」
「ハッ、三下がァ…」

 彼にとってはこの世の人間すべてが下等生物。見下されるのはいつものことだし、正直勝てる気なんてまったくしないのでなにを言われようとも悔しくなかった。ここまでの力差は、天と地、月とスッポン、神と人間なのだ。

「でも一方通行も物好きだよね」
「ア?」
「こんな三下女の家に入り浸るなんて」
「ブチ犯すぞテメェ」
「いつもしてるじゃん」

 私たちは――“そういうコト”はする。
 けれどそれになんの意味があるのか、彼はどう思っているのか、そんなことはまったく分からない。行為をしているからといって好きなわけではない。実際に、“好き”だなんて一度も言われたことないし。けれど私は彼との行為は、嫌いではなかった。

「あ、ピザきた!」

……………
………………
…………………
………ピンポーン

 私がそう言って数十秒後、マンションのインターホンが鳴った。受話器の方へかけていけば、「宅配ピザでーす」という配達の男性の声がする。そして私は返事をしてオートロックの解除ボタンを押した。

「いまエレベーター乗った。1、2、3、4…5階!到着!」

 目を閉じて宅配ピザのお兄さんの実況をしながら、私は玄関の方へと行って財布の準備をした。そして再びインターホンがなり、ドアを開けてお兄さんをお出迎えする。注文していた物を次々と渡されて受け取り、お金を支払い、お兄さんとバイバイする。

「お兄さん、足痛めてるのにご苦労様です」
「え!?あ、ありがとうございます…?(何で知ってるんだ?)」
「気を付けて帰ってください〜」

 バタン。
 お兄さんの呆気にとられた顔を最後にドアは閉まった。
 私は受け取った物を落とさないように持ってリビングへ戻ると、さっきとまったく同じポーズと同じポジションでソファに座る一方通行の隣へと行った。テーブルの上の細々したものを雑にどけて、ピザの箱をドンと置く。

「ん〜いいにおい!」
「相変わらず気持ち悪ィほどの地獄耳だな」
「これだけが取り柄ですから」

 私の能力、それは“音”。
 ありとあらゆる音を聞き分けることができる、云わば最強の地獄耳。だからお兄さんがバイクでマンションの目の前に来たのも、エレベーターに乗った音も、足を痛めて引きずっていた音も、すべて聞きとることができる。
 でも戦いには不向きで、一方通行と戦ったらそんなの一瞬でやられてしまうだろう。そう……それだけの能力だ。

「つか、頼みすぎだろ」
「なんかサイドメニューも美味しそうでさ、パスタとサラダと、あとこれはおまけのポテト!」
「だからデブるンだよ」
「運動するもん!」

 届いた食べ物たちの蓋を次々開封していく。私は満面の笑みで手を合わせて「いただきます!」と元気に言った。一方通行は、ただ黙ってそれに手を付る。

「うんまうま〜〜一方通行、このパスタおいしいよ!」
「そォかよ」
「ほら一方通行も!あーん!あーん!」
「やめろ」

 やっぱ食べるのって最高に幸せだ。どんな時でもお腹は減る。美味しいごはんを食べると、気分は上がっていくのだ。けれどその半面、一方通行の食べている姿はまったくもって美味しそうに見えない。どうしたらこんなにも不味そうな食べ方ができるのだろうか……これも彼の能力なのか。

「このポテトも美味しいよ!」
「あーうぜェ」
「ほれほれ、あーん」
「ハァ…」

 横目で物凄くイライラとした視線を向けられて溜息まで吐かれるが、フォークに刺して口元へと持っていったポテトは、ぱくりと一方通行の口の中に入っていった。

「おいしい?」
「フツー」

 素直じゃないのも、いつものことだ。





雨音


 

Noise


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