私は逃げていた。
物心ついた時には既にこの能力は発動していた。要するに”原石”と呼ばれる類のもの。最初は”周囲の音が人よりよく聴こえる”程度の能力だったのだが、成長するにつれそれはどんどんと膨大となり、いつの間にか自分の身を滅ぼすほど大きな力へと変化していった。早急に学園都市に送り込まれた私は、生活のほとんどを研究所で送るようになる。”能力開発”と言われて受けた研究は、最初こそ良かったものの…次第に酷さを増していった。その時測定された結果は――――”レベル4”。
なんでも、私の能力は”音響操作サウンドプレイヤー”といって、ありとあらゆる音を感知、操作できる能力らしい。ただの地獄耳かと思っていたが、その音を自在に操ることが出来る…かなり貴重な能力とのことだ。そして科学、医学では欠かせない”超音波”も、私は能力開発によって操れるようになった。超音波は使い様によっては科学の支えになる代物らしく、科学者は研究の未来のためにとこの能力の開発を続けた。
「いつか君の力は沢山の人々を救う」「君は選ばれた人間なんだ」そう言われて、それを信じて、それが私の役目なのだと思って…。けれど、それは違った。
私の信じた能力は、誰も救うことなんてなかった。

「なンだ、オマエ…」
「あなたの脳の音を聴くだけだから、安心して」

幼い頃、不思議な少年と出会った。機械では感知できないほんの些細な脳の振動を読み取るため、研究所から駆り出された私は…彼と出会った。けれど顔は分からない。その期間は一週間ほど。
私は学園都市に送り込まれてから、研究や外へ出る時は目隠しをされていた。大人たちは私がまだ力を上手く制御できないので、情報量を減らして混乱させない為だと言っていた。確かにその理由もあったのだろうけれど、それだけではない…と、今では分かる。視覚を奪うことによって、私が何の研究をさせられているのか分からなくするためだ。
その日も目隠しをした私は、とある部屋で少年と二人きりにされた。聴こえてきた声で、なんとなくだが彼の顔が見えてくる。とても警戒していた。その少年に対する情報はまったく教えてもらえず、私はただ彼の”音”を聴くためだけに一週間ほど決まった時間に彼とその部屋に押し込められた。彼との会話という会話はあまりしていない。お互いあまり喋る方でもなかった為、その無音が心地悪いとも思わなかった。
初めて会った日に能力を使って彼に触れようとした時、瞬間見えない壁に当たったかのように跳ねのけられたのを覚えている。原理は分からなかったがそれが彼の能力によってのものというのはなんとなく理解し、私はヒリヒリと痛む手を静かに撫でた。

「痛いことは、しないよ…」
「……うるせェ」
「不安…なの?」
「別に…」
「じゃあ、歌を…うたってあげる」
「は?」

人には落ち着く声、落ち着く音、落ち着く周波がある。そして私はそれを生み出すことも可能だった。
どこか彼が、不安がっているように見えてしまった私は、彼が少しでも落ち着くのならと歌った。もちろん彼の能力は私の能力を遥かに上回っていて、力差が十分あるのは分かっていた。けれどあの時私は、”彼を守らなくては”とそう思ってしまった。

それきりあの少年と会うことはなく、私は変わらず研究所で過ごしていた。けれど自分の能力がとんでもない計画に使われていると知り、そして今まで知らずに誰かを傷つけていたのではと怖くなり、ここから逃げたいと思った。
だけどずっと研究所で過ごしていた私にとって、外の世界へ行くことはそう容易いことではない。住む場所も、生きる術も何もかも持たない私を最初に救ってくれたのは―――垣根帝督だった。

「俺と来るか?まあ、どっちも最悪だろうがな」
「今いる場所よりは…マシそう」
「少なくとも俺はここの奴らよりは人間味あるなぁ」

研究所から抜け出した私は、帝督の家に居候することとなった。そして彼の言うことを聞く代わりに、彼は私の欲しいものを用意してくれた。偽装された学園の入学書、学費、私が学園都市で学生として生きていくための居場所を作ってくれたのだ。彼に要求されたことはそれなりに多く大変なものもあったけど、成し遂げたら対価を与えられる。何も与えられなかったあの場所とは違い、辛いこともなんとか熟すことができた。だから帝督には、恩があるのだ。
晴れて霧ヶ丘女学院の生徒として入学することができた私は、学校の用意した寮で普通の女子高生として過ごすこととなった。暗かった髪も明るくして、研究所ではどんよりしていた雰囲気も明るくして別人のように振舞った。名前は名字だけ変えて、下の名前はそのままにしている。こうして幸せな日々を過ごしていた高校生活の途中……あの男と出会った。

「あの……えっと、どちら様……でしょうか?」
「……………チッ」

それはある日の学校の帰り道。
その日は春には珍しく空気がかなり澄んでいて、少しだけ肌寒く感じる時だった。私の前に立ちはだかる…一人の少年。その真っ白な髪と、真っ白な肌、鋭く突き刺さるような赤の瞳に……私は身震いした。彼がどんな人なのかなんて分からなかったけれど、なんだか…恐怖を感じてしまったのだ。あまり関わらない方がよさそうだと判断した私は、彼を素通りしようとそのまま足を進めたのだが…、彼は再び私の前に立ちふさがった。こうなってしまえば見て見ぬふりをすることも出来ず、恐る恐る先ほどの台詞を尋ねる。一瞬顔を歪めた彼は、小さく舌打ちをした。怖い。
そしてその白い彼はそこから何も言うことなく、そのまま背を向けてどこかへ行ってしまった。一体何だったんだろうか…と、少し早くなる心臓の鼓動を抑えるように胸に手を置き、遠くなる彼の後ろ姿を見た。そもそも彼…で合っているのだろうか。声帯が男性のソレだったので恐らく”彼”で合っているだろうが、案外人は声帯で判断できない。世の中には、様々な声の人がいるのだ。

彼とはあれきり会うことはないだろうと思っていた私だったが、それからも度々彼の姿を見るようになった。ここの近所に住んでいるのだろうか…、というかいつもコーヒー飲んでいるな…好きなのかな、私は知らぬ間に彼を意識するようになっていた。あの時のように彼に道を阻められることは無かったけれど、やたらと彼からの視線を感じる。もしかしてストーカー?それとも、研究所の…。そんな思考が出て来た時、ある現場に遭遇する。
その日はバイト帰りで夜も更けて来た頃だった。丁度家までの道を歩いていた時、何やらヒソヒソとする数人の男の声が聞こえた。「俺の合図で一斉に行くぞ」「袋叩きだ」なんて…物騒な台詞だ。少し気になってその声の方へと向かうと、ひと気の少ない高架下のトンネルがある所だった。ここは夜になると物騒だからあまり近寄るなと回覧板で回ってきたのを思い出す。そんなトンネルの入口と出口に、数人の男が隠れているのが分かった。誰かを待ち構えている…そんな息遣いだ。少し気になって私も物陰に隠れて様子を伺っていると……トンネルの奥から、誰かの足音が聴こえた。その足音を聴いて…私は、あの”彼”の足音だと気づく。何度も何度も彼を見かける度、いつの間にか彼の”音”に敏感になってしまったのだ。そしてそれがどんどんとトンネルの方へ近づいてくる時、先ほどまで息を殺していた男たちが再び騒めくのが分かった。狙いは――”彼”だ。
どうしよう。私はそう思った。この学園都市には数多くの監視カメラが設置されていて、何か問題を起こせばすぐに見つかってしまう。かといって事件をすぐに阻止できるわけではなく、何か問題が起きてからでしかアンチスキルは動かないのだ。だが、私の不安要素はそこではない。問題は……自分のこと。なにか事件を起こしてこの能力がバレてしまった時―…、私はまたあの研究室に連れ戻されてしまう。こんな時になっても己の心配をする自分に、私はグっと唇を噛んだ。考えている間にも彼はどんどんとトンネルの方へと足を進めていて、男たちの声もカウントダウンが始まっていた。どうしよう、どうすれば……私は、

「逃げて!!!」
「ア?」

私は立ち上がり、叫んでいた。
トンネルに入る前、私の声によってピタリと足を止めた白い彼。その瞬間「この女ッ!」「ふざけんじゃねぇ!!」「何してくれてんだ!!」と怒りの声をぶつける男たち。そしてその足先は、私の方へと向かってきた。能力を使えば彼らなんてすぐに吹き飛ばすことが出来るけれど、今はそんなことできない。咄嗟に目を瞑ってしまい手で身を守るが、こんなのきっと意味がないだろう。私は迫りくる痛みにグっと歯を食いしばって耐えた。
……のだけど、まったくもって衝撃は来ず、それと同時に聴いたこともない衝撃音と男たちの呻き声がトンネルに響いた。

「何なンですかァ?勝手にコト始めて終わろォとしないでくれマスかァ?」
「え………?」

眼を開けなくても分かる。男たちが、彼の回りに無残な姿で倒れている。一体何が起こったのか……私の耳でも、それは分からなかった。ただ白い彼はゆっくりと私へと近づき、いつの間にか座り込んでしまった私を、上から見下ろしている。

「オマエ馬鹿だな」
「え?」
「オレを助けよォなんざ、バカげたことは考えンな、自滅すンぞ」

初めて言葉を交わしたかと思えば、酷い言われようだ。こっちは決死の思いで声をかけたというのにあの態度だから、正直ムっとして「そ、そんな言い方…ないじゃん!」と少し強気に返すと、彼の眼はギラリと光って歪んだ。それに彼が能力者だということは分かるけれど、一体何の能力なのかまでは分かっていない。あの感じだとかなり上の能力者っぽいが――…。

「オマエ、オレが誰だか分かってねェようだから教えてやる」
「へ?」

オレは――この学園の第1位、一方通行アクセラレータだ。





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