別に四六時中一緒にいるわけではない。
そもそも私には学校に通うという学生の役割りというものがあって、昼間は基本学校にいるので家に居ることはそこまで多いわけではない。たまにサボったりもするけど、まあ…週に2度くらいだ。だからその間アイツがどこで何をしているかなんていうのは私が知っているはずもなく、知る理由もない。それに私たちは今こそ一緒に住んではいるけど、元々は別々に生活していたし、お互いの時間に干渉することはほとんどなかった。勝手にアイツが上がり込んで、勝手に過ごしていて、そして私は気にすることもなく自分の時間を過ごした。だから今更、彼と一緒に居ない間の時間を気にするなんてことは……無かったのだ。
あの現場を目撃するまでは。

「あなたが、好きです…!!」
「………………ハァ?」

その日は学校が終わって一旦家に帰ると、打ち止めに甘いものが食べたいとおねだりされて二人で出かけることになった。打ち止めのおねだりには本当に弱くて、一方通行には「甘やかしてンな」とよく怒られている。そんな彼は今日は部屋には居なくて、どこに行ったのかと打ち止めに尋ねてみれば、いつものアレのお買い物だよと返されて「あー」と納得する。もしかしたらそのまま彼も拾っていけるかもと思って、少し遠回りだが”いつものコンビニ”の方の道を通っていくことにした。打ち止めと手を繋いでるんるんと仲良く歩いていき、丁度そのコンビニが見えた……そう、その時だったのだ。
コンビニのある通りに丁度公園があり、そこを通り過ぎるところ。そしたらそんな声が聞こえて、咄嗟に視線を向ければ、まさかの一方通行と……知らない女の子。先ほどの台詞は女の子から発せられたみたいで、私の聞き取りが間違っていなければいま彼女は、一方通行に”告白”をした…?それは隣に居た打ち止めもバッチリと目撃、聞き取りをしていて、瞬間声を上げそうだったので咄嗟に能力で音を打ち消した。そして彼等に見つからない場所へと移動して、その様子を見つめる。…どうしてこの時隠れてしまったのか、正直分からなかったのだけど、なんだか見てはいけない気がしたのだ。

「以前、あそこのコンビニで私が絡まれていたのを助けてもらって……だから、」
「助けた覚えなンてねェぞ…」
「わ、私は覚えてます…!あの、よくそこのコンビニ行かれてます…よね?缶コーヒーを沢山買って……」
「あァ?ストーカーかァ?オマエ」
「ち、ちがっ…ちがいます!私もよくそこのコンビニ使ってて……それで度々見て…あの、素敵だなぁって思ってて……あの、だから……っ」
「オマエ、頭イカれてンのかァ?」

身を潜めて聞こえるその会話は、しっかりと耳に届いてくる。これはガチだ。ガチのヤツだ。必死に打ち止めがパクパクと口を動かして何か言いたげに抗議してくるけど、全部能力で無音にしているので何を言っているのか分からない。恐らくは「なんで隠れるの!?ていうかあの女の人は誰なの!?ってミサカはミサカは…」という感じだろう。私だってどうして隠れているのかは説明できないけれど、あの状況で割り込めるほど空気が読めないわけではない。
どうやら彼女は本当に一方通行を好きみたいで、会話の内容を聞くに、元々気になっていてとある日に困っているところを助けられ好きになりました…というどこかの少女漫画のような展開。その彼女の顔は真っ赤に染まっていて、必死に彼に想いを伝えようとしているのが伝わってくる。対する一方通行は後ろ姿で表情は見えないけれど、特にいつもと変わった様子のない通常の彼だ。正直彼の反応については、自惚れでもなんでもなく、断ることは目に見えている。ただ単に一方通行とは、そういう男なのだ。

「あ、あのっ……どこ行くんですか…?」
「帰る」
「えっ……あの…」
「今のは忘れてやるからオマエもさっさと忘れてどっか行け」
「っ………」

予想通りというかなんというか、相変わらず辛辣だ。女の子の顔は今にも泣きそうで、とてもショックを受けている。好きな相手にああも辛い言葉を投げかけられては、誰だってそうなるに決まってる。ここまでくると彼女が不憫に思えてきた。女の子はその場で立ち尽くしたまま顔を俯けていて、そんなのも気にせず一方通行は帰路を歩いた。そんな光景をしばらく見つめていた私たちは、すっかり彼に声をかける間を無くしてしまい、そして目を合わせた。打ち止めの顔は、物凄く膨れている。
結局その後は二人だけでファミレスのパフェを突いて、仲良く家へと帰った。一方通行にはあの後にメールで”打ち止めとパフェ食べてくるね”と送ったので、特に向こうからの連絡は無かった。勿論打ち止めには散々あの現場での話をされたが、内容は「最初は浮気現場発見!って思ったけど、なんだか逆にあの女の人に同情しちゃうねってミサカはミサカは…」と、私と同じことを言っていた。

「へぇ、そんなことがあったの」
「なかなかやるじゃん」

パフェを食べて満足して、まずは黄泉川宅に帰宅した。そして開口一番、打ち止めは先ほどの出来事を黄泉川と芳川にベラベラと話してしまったのだ。別に隠すことでもなかったので今回は能力を使うなんてことはしなかったけれど、何故だか私の心はドギマギしていた。二人の反応は特に驚いた様子もなく、ただ少し意外そうに落ち着きある返しをする。まあ、彼に告白をするなんていうのは、正直あまり想像できるものではない。確かに彼の顔は綺麗ではあるけれど、なんといっても学園1位だ。それを知らないとしても、彼の見た目は少し近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

「でも彼、前より体つきが良くなったし、背も少し伸びたものね」
「私が鍛えてやったからな、思ったより男らしくなったじゃん」

そう、彼の見た目は少しだが変わった。リハビリと称して黄泉川が一方通行に走り込みや腕立て伏せをさせるスパルタ強化を定期的にやらされていて、そのせいか彼の体は以前より逞しくなった。身長も少し伸びているようだし、今の彼は女の子に間違われることがほとんど無くなった。

「で、名前はそんな現場を見てしまってショックを受けているの?」
「え!?なんでっ!?」
「あら、そんな顔してるからてっきりそうなのかと思ったけど…違うのかしら?」
「そんな顔って…え、どんな顔!?」

芳川に予想だにしなかったことを言われて、私は焦った。私がショックを受けている?どうして?ショックを受けているのは私ではなくあの女の子だ。それに、そんな顔って…私、どんな顔してるの!?――混乱する私に、芳川はくすくすと笑った。なんだなんだその大人の笑みは。なんでもお見通しって顔して…。
でも徐々に、言われた言葉に納得していく自分がいて……ああそうか、私はショックだったんだ、とあの時のもやっとした感情を理解し出した。けれどどうしてショックだったのかまでは完全に理解できず、うーんと唸りながらその後は自分の家の方へと帰った。
帰ると一方通行がソファに座って缶コーヒーを飲んでいて、いつもと変わらぬ様子で寛いでいる。勿論、帰ってきた私には見向きもしない。「ただいま」と言っても、無言で返事はなし。相変わらずだ。清々しいほどいつもと一緒。

「…………………」
「…………………」
「……………オイ」
「……なに?」
「なにじゃねーだろ、さっきから見すぎなンだよ」

無言で彼の隣に座り、無言でテレビを付けたにも関わらず真っすぐと見つめるのは隣に居る男の方で、まあ勿論のこと睨まれた。この様子だと今日あったことは話すつもりなんてないだろう。別に話す必要もないだろうし、聞きたいというわけでもない。なのになんだか私の胸の内はまだモヤモヤとしていて、コントロールのきかないこの感情にどうしていいか分からなかった。その結果、ただ一方通行の横顔をジっと見つめている。

「………自分のことカッコイイって思う?」
「ハァ?」

気づけば、そんなことを問いかけていた。予想通りの反応を見せる一方通行に、私も”どうして聞いたんだ”と言ってから後悔する。随分前に、似たような問いかけをしたことがあった気がした。あの時は完全に相手にされなかったし話を逸らされた…というか塞がれた。あの時とは関係性が少し変わったとはいえ、これは愚問だっただろう。

「あー……ごめん、やっぱなんでもない」
「ハァ…?到頭イカれちまったかァ?」
「…うん、なんか頭おかしくなっちゃったみたい。シャワー浴びて今日はもう寝るね」

眉間に皺を寄せた一方通行の口が再び開こうとした時、それを遮るように言った私は逃げるように浴室へと向かった。軽くシャワー浴びて、そんでそのままもう寝てしまおう。明らかに変な感じに見えてしまったかもしれないが、きっとそこまで気にかけないだろう。今までだってそうだった。お互い干渉しない。多くは聞かない。彼が私に対して無関心であるように、私もそう接しなければ…そうでなければ、崩壊してしまうから。

「(何だアイツ)」

シャワーを浴びて、布団に入って、音も電気も全て消して、それでも眠れなかった。瞼の裏に蘇るのは夕方のあの公園での光景で、顔を真っ赤に染めた女の子の姿で、胸がツンと氷柱で突かれたような小さな痛み。そして思い出すのは、芳川に言われた”ショックを受けている”との言葉。ショックを受ける…とは、つまり動揺しているということだ。動揺…驚いているということだろうか?それとも、悲しいと思っている?どちらも煮え切らない。けれど確かに動揺はしたかもしれない。けれど何故なのかまでは、結局眠気がきた今もわからない。
まどろみの境界線を行き来しているなか、温かな感触が背中に触れたような気がした。けれど音は聞こえなくて、その感触は夢なのか現実なのかもよく分からない。耳にかかったふわりと温かいモノは、一体……。

「またロクなこと考えてンじゃねーぞ、名前」


▼△▼



翌日も、そのまた翌日も、学校があったので授業へ参加するべく昼間は家を留守にした。こんなのいつもと変わらぬ日常にすぎないというのに、この数日考えるのはアイツのことばかり。彼が今どこで何をしようがまったく関係ないというのに、今までまったく気にも留めていなかったハズだというのに、どうして気になっているのだろう…。結局数日経ってもあのモヤモヤの理由は見つけられず、そろそろモヤモヤ自体が消えていきそうだった。分からない問題は解くまで考え続けてしまうものだが、時間が過ぎればそれは消えてなくなっていく。分からないのは少し負けた気がするけど、この微妙な気持ちが消えてくれるのであればそれでもういい気がしてきた。なので今の気持ちはあの日以前と同じくらいに戻っていて、今日も打ち止めと一緒に放課後の糖分摂取に励んでいた。
……………が、それも束の間だった。

「あー!って、ミサカはミサカは大きくなる声を必死で抑えて指をさしてみる!」
「どうしたの打ち止め………………え?」

まあまあ大きい声でとある方向を指さす打ち止めに習ってそちらへ向けば、なんだかとてもデジャブな光景を目の当たりにした。場所は以前とは打って変わって街中の路地で、私たちのいる所からは道路を挟んで向かいの路地だ。そしてそこに居る人物はというと、遠くからでも分かる真っ白な髪と肌と、一般男子よりは細い体…一方通行だ。そしてその向かいに居るのは……あの時の、一方通行に告白をしていた女の子。

「あの人と居る女の人ってこの前の人だよね?これは浮気現場なのでは!?とミサカはミサカは問題発言をサラっと言ってみたり!」
「(なんで?なに…してるの?)」
「でもでもここからじゃ声が聴こえないし見えにくいし何しているのかイマイチ分からないね?ってミサカはミサカは手で望遠鏡を作って覗いてみる!」

打ち止めの背の高さでは見えないかもしれないけど、彼と彼女は今……手を繋いでいる。その光景に思考が一時停止して、私はただ呆然と立ち尽くした。そして湧き出てくる疑問は上へ上へと上書きしていくように積み重ねられ、気づいた時には足は進んでいた。

「え、え、行かないの!?ってミサカはミサカはまさかのあの光景を目にしてスルーする名前ちゃんに驚きを隠せないという表情をしてみたり」
「なんか取り込み中みたいだし……とりあえず私たちは帰ろう」
「名前ちゃん…?」

能力を使えば二人が何の会話をしているのか聞き取ることは簡単だった。けれどそれが出来なかったのは、能力を興味本位の私欲で使うことに抵抗があったから。なんてハッキリ言えるだろうか。本当はただ単に、”聞くのが怖かったから”…ではないだろうか。どんどんと遠ざかっていくその場を背に、私は一度も振り返ることなく…家の扉を潜った。

「へー、そんなことがあったじゃん」
「一体何があったのかしらね?」

そして開口一番、また打ち止めがペラペラと喋ってしまい、黄泉川と芳川は特に驚いた様子もなく普段通りにそう言った。とりあえずココアでも飲みなさいなんて言ってキッチンに向かった芳川が丁寧にココアを淹れてくれて、ダイニングテーブルでそれを頂く。この状況だと私は浮気現場を目撃した可哀想な女だと思われているのだろうか…。もしそうだとして、私の今のこの感情はなんなのだろうか?

「まあ彼、結構事件に巻き込まれやすいみたいだから、今回も何かあったのかもよ?」
「アイツが浮気とかありえないじゃん」
「いや、あの…私別に浮気を疑ってるとかそういうのじゃないから…」
「あら、そうなの?」

確かにあの状況は驚いたけれど、あれだけで判定できるほど素材はなにも揃っていない。そもそも…、

「…それに、未だに私たちの関係ってよく分かんないし」
「ええー!?付き合ってるんじゃないの!?ってミサカはミサカは衝撃の事実に驚いてみたり!!」

私たちの関係には名前がついていない。勿論、私は彼のことを好きだと思う。そして彼も…恐らく、多分、分からないけど、きっと、同じ風に思ってはいると思う。だけど”恋仲”だったり”お付き合い”というハッキリした言葉を付けたことはなく、付けようとも思っていなかった。たまに外部で話をするときは勝手に”彼氏”みたいなカテゴライズをされるけど、私から彼をそういった名称で呼んだことはない。

「まあ、そういった関係もあるものね」
「お互いがそれでいいならいいんじゃん」
「ちょっと二人とも大人すぎるよ!名前ちゃんもそれでいいの!?ってミサカはミサカは大人すぎる考えに付いて行けずミサカがおかしいの!?って自分の思考が分からなくなってきたー!」

私も自分の思考がわからない。けれど今すぐに彼にとやかく言える資格は私には無いって思ったし、言ったところで何になるのか想像もつかない。でも、

「でももし彼が本当にその子を受け入れてアナタと離れたいって言ったとしたら、アナタはそれでいいの?」
「え…、」
「関係に名前を付ける必要はないけど、お互いにどこまでそれが通じているのか、自分の意志はどこにあるのか、そこが大事なんじゃない?」
「え…っと……」
「あはは!まあ存分に悩めじゃん!少年少女!」

バシバシと黄泉川に背中を叩かれ、私はそのまま自分の部屋へと帰った。先ほどの芳川の言葉がずっと頭にリピートしていて、帰ってからもベッドに身を沈めて考えてみる。もうすぐで夕日が沈もうとしていて、朝開けたままのカーテンから見える空は夜と昼が混ざった紫色になっていた。
私たちの関係に確かに名前はついていないけれど、だからって…自由なのだろうか。もし、もし本当にあの時彼があの子と”そういう”意味で一緒にいたのだとして、私よりもあの子を好きになってしまったら……私は、何か言えるのだろうか。私と一緒の時間は終わって、それであの子に、今まで私にしてきたように、触れるのだろうか…。

「………いやいや、もしもの話じゃん」

なんで泣いてんの、わたし。
もしもの話だし、確率で言えば圧倒的に少ないだろう。ただそれよりも驚いたのは、自分はそれだけの感情を持っているということだった。干渉なんてしない、興味はない、なんて言っておきながら考えるのはそのことばかりだし、嬉しいことがあればまっ先に伝えたいのは彼だし、つくづく自分は嘘つきなのだと理解した。どうして自分にそんな嘘を吐くのかは、それが嫌だからだ。彼を想うことではない。

「めんどくせェ………ってやつじゃん」

こんなのは重荷にしかならない。もう少し軽い感情でなければいけないのは分かっている。でも人間ってほんと面倒くさいもので、考えないようにしても考えてしまうし、そうしないようにしようってしても、胸の奥が苦しくなってしまうのだ。
大体、私たちにそんな恋愛は向いていない。それではシーソーは上手に交互に傾いてはくれない。そもそもこれは”恋愛”なのかも怪しい。

「あーーーもう!!……………………散歩しよ」

こういう時は外に出るのがいい。それに、この訳の分からない状態でアイツと一緒に居たらまた変なことを言ってしまうかもしれない。そう思ったが吉日、ベッドから出て鏡の前で軽く身なりを整えると、そのまま玄関へと向かった。

「あ、」
「ア?」

玄関ホールへと降りたその時、今一番会いたくない人物と八合わせてしまった。今まさに出かけようとしている私に少し眉を寄せ、彼は「どこ行くンだ」と私に尋ねる。

「えーっと………散歩」
「今からかァ?」
「ちょっと、気分転換に…」
「なンの気分転換だよ」
「えー…あの…」

いつもなら「あっそォ」と言ってそのままバイバイなはずなのに、なんでこんなにも突っかかってくるのだろう。ちらりと片手を見ると、その手にはいつものように缶コーヒーの入った袋が持たれていた。またあのコンビニに行ったんだ…。

「帰ンぞ」
「え、いやだから散歩に…っ」
「じゃァ、オレも行く」
「え!?なんで!?」
「嫌なのかよ」
「いや…とかじゃ、ないけど……」

悩みの原因が一緒に来られたら散歩の意味がなくなるんですけど!なんてことは言えず、結局なぜか分からないけど私は一方通行と散歩をすることになってしまった。杖での歩行も今ではすっかり慣れてきて、前までは歩幅を気にしながら歩いていたけどそれももう無くなった。身長が伸びたせいもあるのかむしろ私の方が遅れをとってしまうくらいだ。
散歩…と言っても、行き先なんて決めていない。とりあえず足の向くまま歩いてはいるのだけれど、隣で一緒に歩いている一方通行とは一言も言葉を交わさなかった。いつもはこの無言の空間をなんとも思わないけれど、今はとても気まずいと感じた。

「……今日、何してたの?」
「アー?寝てた」
「…………そう」
「オマエは、何してたンだよ」
「へ?」

今日の一方通行はどこか変だ。なんで、こんなにも予想と違う返しをしてくるのだろうか。昼間の出来事と何か関係があるのだろうか。だって今までに彼が私の行動をわざわざ質問してまで聞いてくることなんてなかったのに。

「えーっと、学校行って、放課後に打ち止めとパフェ…食べてた」
「また行ってたのかよ、だからデブんだよ」
「なっ!デブじゃないし!むしろこれぐらいが抱き心地良いって評判なんだよ!」
「ア”ァ?誰からの評判だそりゃァ」
「誰って、学校の友達だけど…」

なんでそんな怖い顔してるのかは謎だけど、気づいたらいつもの空気に戻っていた。そもそも、私が勝手にあーだこーだと考えているだけで、一方通行はいつも通りだ。いや、少しいつもとは違うけど…。
そのまま歩いていると、見えてきたのは例のあの…公園だった。よりにもよってこの公園に来てしまうだなんて、無意識にやっぱり考えてしまっていたのだろうか。一方通行の方を見ると特にいつもと変わりない表情で、ただ私の足の向くままに付いてきている。そういえば彼の手にはずっと買ったばかりの缶コーヒーが持たれていて、いつも数個買うので重そうだ。まあどうせその量は1日も持たないだろうけど。

「あー……、軽く座ってソレ飲む?私もそこのコンビニで適当に飲み物買ってくるよ」

そう提案してみれば、一方通行は文字にならない返事をして頷いてくれたので、じゃあ行ってくると言って彼を残してコンビニへと向かった。正直このコンビニはあまり落ち着かないのだが、来てしまったのだからもういいやと思って気持ち足早に店内を歩く。そういえば某高級チョコレート店とコラボしたチョコラテなんてものがあったなと店内のポップを見て思い、そのままそれを購入した。一方通行には「よくそんな甘いモン飲めンな」とか言われそうだけど、私からしたらよく毎日コーヒーを何本も飲めるなって感じだ。店員からカップを貰ってエスプレッソマシンにあるチョコラテのボタンを押し、しばらく待ってみる。その間に店内を軽く見渡してみたけど、まあ…そう何度も訪れることなんてないよね。何故かホっとして、丁度ドリンクが出来上がったので蓋をして片手に持って店を出た。そして再び公園に戻るのだが…、

「いやいやまさかでしょ」

ポロリと独り言が漏れる。
目に映ったその光景は、何度目のデジャブだよと言いたいほどのお決まりのヤツ。ベンチに座る一方通行の目の前に立つ…ここ数日ですっかり目に焼き付いてしまったあの女の子。暗がりだからハッキリとは見えないけど、間違いないだろう。無意識に発動していた能力で会話が少し聞こえてしまったのだけど、どうやら彼女は一方通行の落とし物を届けにきたみたいだ。手に持たれているものは小さくて見えなかっけれど、手を伸ばした彼女から一方通行がそれを受け取る。というか、今までは私が勝手に目撃していただけだけれど、今回に関しては私は彼を待たせている状況だ。これは今行っていいものか…、それにチョコラテを淹れる時間もそれなりにかかったから、これ以上遅いと変に思われるだろうし…。そこまで考えて、もうあのモヤモヤとはおさらばしたいという気持ちが勝ったので、私は意を決して彼等に近寄った。

「まだ何かあンのかよ…」
「あの、やっぱり私、アナタのことっ……!」
「あー…………、お邪魔…でしたか?」

渡し物は届け終わったみたいだけど、彼女はすぐに去ることはしなかった。顔は相変わらず真っ赤で、もごもごと何かを言いたげにしている。一方通行の眉間に皺が少しできてそう彼女に問えば、彼女は再び口を開いて……その瞬間、私の存在に気づいた。意を決して近づいてみたものの、やっぱり最大級に空気読めなかったかもしれない。女の子と一方通行が同時に私の方を見て、進んでいた足がぴたりと止まってしまう。女の子の「えっと…」という小さな声と共に口を開いたのは、一方通行だった。

「いつまで待たせンだ」
「あー…うん、えっと、ごめん?」

普通に投げかけられた台詞に、私はこの状況でどう反応していいか分からず、ただのぎこちない返事をする。女の子は勿論私のことなんて知らないだろうから不思議に見ていて、肩が少し震えている。どうしよう、どうしたらいいのだろう、このまま彼の隣に座ればいいのだろうか。ていうか何でお前は平然とコーヒー飲んでんだ。よくこの状況で飲めるなオイ。なんていうツッコミは届かず、私の目線はどこに向けばいいのかと一周して明後日を見ようとしだしていた。

「あの、その人………彼女、さん…ですか?」

今にも泣き出すんじゃないかという震えた声で、彼女はそう尋ねた。

「あァ、そーだな」

そして間を持たさないで彼は、ハッキリとそう言ったのだ。

「そう……ですか」
「これで分かったろ、もうオレに付きまとうな」
「はい…あの、本当、ありがとうございました。ごめんなさい…さようなら…っ」

女の子はぺこりと頭を下げ、そして顔をずっと伏せたまま逃げるようにその場から去っていった。ハッキリと顔は見えなかったけれど、瞳からは涙が流れているように見えた。
少しだけ沈黙が流れる。私はベンチに座る彼の隣に腰かけ、片手に持っていたチョコラテを一口飲み込んだ。思ったよりビターで、甘くはなかった。

「………私って一方通行の彼女なの?」
「さァな」
「え、じゃあさっきのなに」
「うるせェ」

仮にも学園都市第1位と第3位の会話だっていうのに、なんて頭の悪い会話だ。色々と話すことはある状況だけど、今なにより、私はとても胸が温かかった。あの女の子には本当に悪いと思うのだけど、自分の感情というものは抑えきれない。つい、足がパタパタと前後した。

「私ね……実は知ってた。あの子が一方通行に告白したこと。偶然見ちゃって…」

話し出すと、一方通行は少し驚いた表情を見せるが特に何も言わなかった。

「正直、一方通行にまさか告白してくる子が居るなんてって驚いたよ。正気の沙汰じゃないよね…」
「…オイ、喧嘩売ってンのか」
「それに断るってことは分かってたし、むしろ辛辣すぎてあの子に同情しちゃうくらいだったし…」
「やっぱ喧嘩売ってンだろ」

横槍が入ってくるけど私は続けた。今思ったこと、気づいたことを正直に。
あの時話は既に終わっていたし、目撃したことを一方通行に話すにしてもその先何があるのか分からなかった。けれどずっと胸のあたりがモヤモヤとして、あの子の顔が離れなかった。それがどうしてか分からなかったのだけれど、ようやく理解できた。

「私、勝手に一方通行を独り占めしてた」
「……ハァ?」
「私の中で一方通行が隣にいるのって、いつの間にか当たり前になってて、もうずっと、これからも一緒に居るんだって思ってたの……だけど、違ってた」
「意味分かンねェーンですけどォ?」

あの子の目には一方通行が映っていて、それはキラキラと輝いていた。そして私と同じように、あの子もアナタを好きだと言っていた。その感情はきっと本物で、そこに存在している。私がずっと抱えていたモヤモヤは、自分の汚れた部分にだった。勝手に私は一方通行との世界を創り上げていて、あの子が入ってくる世界なんてものは想像していなかったのだ。

「もし一方通行があの子の手を取ってしまったら、私はなんて言葉を投げればいいのかって…分からなくなったの。確かなものが見つけられなかったから……、」
「オマエがここ数日オカシかったのって、そーゆーコトかよ…」
「え……わたし、おかしかった?」

”おかしい”と言われたことにビックリして、一方通行の方を見た。すると彼の表情は想像以上に呆れた顔をしていて、そっちにも驚きだった。挙句の果てには大きく「ハァーーー」と溜息を吐かれる。

「クッッッだらねェな…マジで」
「ちょ、ひどっ…!わたし結構本気で悩んでたんですけど…」
「だから、オマエはバカなンだよ」
「いたっ」

ピンッと、おでこを指ではじかれた。わりと真剣な話をしていたつもりだったのに、こんなバッサリと”くだらない”と言うだろうか普通?どれだけ私が悩んだかも知らないで…この男は。

「要するにオマエは、オレから離れンのが、誰かに取られンのが嫌なンだろ」
「よ、要約しすぎだけど……うぅ、そういうことなのかな…」
「なら、居ればイイだろォが、ずっと」
「……………いいの?」

ガシっと頭を鷲掴まれ、重みをかけられる。
ねえ、今の言葉、本当?それがどういう意味か、私にだって分かる。都合良い解釈だってもしかしたら言われるかもしれないけど、この状況で違うなんて言われたらそれこそ嫌いになるよ。

「もし一方通行が私以外の人に触れたり、そういうことしたら…私は怒ってもいいの?」
「好きにしろ」
「そーゆーこと言っていいのって、彼女とかだけだよ?」
「じゃァ、彼女になればいーだろ」
「私たち、付き合ってるの?」
「付き合えば、いーだろォがよ」

何を今さらだ、まったく。
この関係に名前を付けるつもりはない……というのは、お互いがまだ理解できていなかったからだ。数式は簡単に解く事はできるけど、この問題には計算式も答えも何もかもが論外。私たちはまだ子供で、少し大人で、どうしようもなくバカだった。もし名前という仮の答えを付けてしまったら、それが足枷になるのではないかと思った。けれどもうそれは、足枷ではなくなっていたらしい。

「こういうの…縛られるみたいで嫌だって言うと思ってた」
「あァ…割とめんどくせェし、正直どォーでもいいと思ってたわ」
「だめじゃん、それ…」
「でもよォ、縛られンのはオレじゃねーンだよなァ」
「へ?」

ニヤリと、その男の口角が上がった。
その顔はよく、彼が獲物を見つけたときに見る…とてもあくどい顔だ。この顔を見て生きて帰ったヤツは、ほとんどと言っていないだろう。なんて。

「”オレ”が”オマエ”を、縛ンだよ」



▼△▼




「そういえば昼間、なんであの子と路地裏いたの?しかも手つないでた」
「ンなとこまで見てたのかよ、ストーカーですかァ?」
「たまたまだもん!」

帰り道、まだ1つだけ気になっていたあのことについて尋ねてみれば、一方通行は面倒くさそうに答えてくれた。
なんでも散歩終わりにコンビニに行こうとした途中でたまたまあの子が絡まれているところに遭遇し、そのままいつものように軽く蹴散らそうと思ったところ、その子に手を掴まれて路地裏に逃げ込んだとのことだ。丁度そのシーンを私は目撃したらしく、その後結局追いつかれていつものように吹っ飛ばした…らしい。そしてその時に家の鍵を落としたらしく、彼女はそれを届けにきた所に私が遭遇、とのこと。

「あと、なんか今日の一方通行おかしいよ…、いつもは私が散歩行こうがどこ行こうが放置なのに……そんなに私変だった?」

聞くつもりはなかったけど、これも少しだけ気になったので聞いてみることにした。どうやら私がここ数日おかしかったのは気づいていたらしいのだけど、そんなに分かりやすい顔をしていたのかと少し驚きだった。私は今でこそ表情筋は豊かだが、元々はあまり感情を表に出さないタイプだったから。

「………オマエが、またくだらねェことしよーとしてンじゃねーかって思っただけだ」
「へ?また…?」

その一度したことのあるような言い方に、私はそれがすぐに何のことなのか思い出せなかった。確かに私にとっては一大事でも、彼にとったらくだらないって言われることは多々ある。でもなんだかそんな些細なこととは違うことのような気がする。

「もうゴメンだからな、あンな後悔はよォ…」
「あくせられーた…?」

ぽそりと小さくそう呟いた彼の言葉は耳にしっかり届きはしたけど、結局その意味は理解できなかった。そしてそれを遮るように頭にグっと重みがかけられ、彼の左手が頭に乗ったのだと気づく。もうこれ以上この話は突いても何も出てこなさそうだ。

「大体さっきのよォ、”もしも”って何なンですかァ?ありえねー妄想してンじゃねェぞコラ」
「…わかんないじゃん、すっごいタイプの子に告白されたら、一方通行だって…」
「そーゆートコがバカだっつってンだよ、バァーカ」
「バカバカうるさいなー!」
「オレがタイプどーのこーので誰かと居るわけねェだろ、少しはその三下脳味噌フル回転して考えてみろバカが」

何度バカって言われるんだろう、私…。酷い言われようだ。

「……うぅ」
「まァだ分かってねーよォだから頭の弱い名前チャンにこの一方通行様が、家帰ったらジューブン分からせてやるよ」
「え、それってどういう……」

またニヤリとした笑みを向けられ、私の背筋は今度こそ凍った。「それ以上聞くのは野暮だろ?なァ?」なんて耳元で言われれば、もうそれに従って頷くしかできない。

やっぱり縛られているのは…私なのだろうか。





その関係に相応しい名前


 

Noise


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