「名前ちゃん!昨日のお昼に駅前で一緒に歩いてた背の高い男の人は誰なの?ってミサカはミサカは尋ねてみる」

まっすぐにキラキラと相変わらず純粋無垢な瞳を私に向け、打ち止めはそう言った。

「…………………………へ?」

最近は特に平和な日々が続いており、こうやって黄泉川宅で皆揃って食卓を囲むなんて夜が多くなっていた。相変わらず黄泉川の手料理は炊飯器任せなものばかりで、また新しい炊飯器を買うとかいう意見も出てきていてマジかと思う。一方通行もたまに夜遅くに帰ってくることはあるけど、ここ最近はよく家にいる。そんな一家団欒のような夕飯を終えて私は芳川と一緒に台所で片付けをしていた所に、あの純粋無垢な少女から思いもよらぬ問いかけが降りかかってくる。なにせその質問は私にとってこの場で聞かれたくないもので、特にソファに座ってテレビを見ているのか見ていないのか分からないあの男には…。

「な、何言ってるのかな打ち止めちゃん?私は昨日は学校行ってたのよ〜〜?」
「えーー??でもアレは名前ちゃんだったよ!ねぇそうだよね?ってミサカはミサカは一緒にいた芳川に証言を求めてみる!」
「あー………えーっと、そう…だったかしら?」
「ええ!?まさかの裏切り!?ってミサカはミサカは驚愕してみせる!」

どうやら昨日一緒に打ち止めと街を歩いていたらしい芳川に証言を求めると、私の様子を察した彼女は白を切るように目線を少し反らした。きっと芳川は私と一緒に居たアイツのことを知っている。彼女は例のあの実験よりも前から私を知っているのだから…。
それよりも私は冷や汗をかきながらソファの方へと目線を向けるも、彼は微動だにせずテレビを見ていてこちらからは表情が見えない。多分…いや恐らくこの会話は聞こえているはずだ。だからと言って今出ている情報では全貌は分からないだろうけど、彼にはあまり聞かれたくない内容だった。

「ハッ!もしかして秘密の逢引き中だった!?ってミサカはミサカは衝撃の事実に気づいて手で口を覆ってみる!」
「違う!違うから!!アイツはそういうのじゃない!!……って、ハッ!!!!
「名前……墓穴掘ったわね」
「なにじゃん?なにじゃん?修羅場じゃん?」

打ち止めのとんでも発言に咄嗟に声を荒げて否定に入るが、それをしたことによって先ほどの私の嘘がバレてしまうというバカなことをしてしまう。そして再び私の視線は彼の表情の見えぬ後頭部に移るのだが……やはり、彼は動かないままだ。それが逆に、怖くもあった。

「わざわざ嘘をついてまで昨日の人を隠そうとするなんて…怪しい。ってミサカはミサカは顎に手を当てて探偵のポーズをしてみる」
「というかアナタ、一方通行に彼のことまだ話してなかったの?とっくに承知の上だと思ってたわ」
「芳川余計な事言わないで!!いや、だって、その…話すほどのことじゃないっていうか…」

芳川の言う通り、私はまだ一方通行にあの男のことを言っていない。あの男…というか、私のこれまでのこと全てだ。けれどそれは一方通行も同じで、私たちは私たちが出会うまでのことは何も知らない。今まで一緒に居て垣間見えることはあったりするけれど、改めて全てをお互い話すことはなかった。話したくないとかそういう事ではなく、話す必要がなかったからだ。

「つまりつまり、あの人は一体名前ちゃんとはどういう関係だったの?ってミサカはミサカは決して修羅場を作りたいわけではないけど興味がどうしても抑えきれなくて尋ねてみる」
「どういう関係って……別にアイツは―…」
「しいていうなら、元カレってやつかしら?」
「ちょっ、芳川ァ!?!?」

なんてことを言ってくれるんだこの女は!!!私は咄嗟に芳川の口から出る音声を能力で消してみせたが、時すでに遅し……先ほどの発言はしっかりと彼の耳にも届いたであろう。

「ていうことは名前ちゃんはあの人より前にお付き合いしていた人と昨日会ってたってことになるよね?ってミサカはミサカは尋問するように名前ちゃんに詰め寄る!」
「いや今のは語弊がある!違う!そういうのじゃない!アイツは…」

ハァーーーーー、
私が必死に否定しようとした時、奥のソファから盛大な溜息が聞こえてきた。その声に私の言葉は途切れ、この場に居る全員がソファの方……一方通行へと視線を向ける。そして、

「くッッだらねェ…………オレァ帰る」

そう言って立てかけてあった杖を持ち、彼はそれと共に立ち上がってリビングを出て行った。バタンという扉の音が響き、私たちはその一連へと視線を向けていた。そして少しだけ沈黙が流れる。

「あら、怒っちゃったかしら?」
「怒っちゃったかしら?じゃないよもう……はぁ…」
「名前ちゃん、やましいことが無いならちゃんと説明しないとダメだよ?ってミサカはミサカは肩をポンポンとしてアドバイスを送ってみる」
「アハハ…ソウデスネ…アリガトーラストオーダーチャン…」

私はもう涙目になって笑うしかできなかった。黄泉川に関してはもう話に飽きたのか一升瓶片手に「まあ頑張れじゃん」なんてテキトーなことを言っていて、さらに溜息が漏れる。そもそも、一方通行は本当に怒っているのだろうか。私の今までについてなんて、正直言ってどうでもいいのではないだろうか。そんな考えの方が先に出てきた。私が彼に過去を語らないのは、彼もきっと同じようにあまり良い思い出がないからだ。だって私たちのように強い能力を持った者が学園都市からどういう扱いを受けるのか……それは分かり切っていたことだったから。だから、そんな過去を知ってどうするのだという考えがあった。
私は恐る恐る自分と一方通行の部屋へと足を踏み入れる。どうやらちゃんと部屋には帰っているみたいで、だけど部屋は暗いままリビングにも姿はなかった。寝室の方にいるのかと向かおうとして、ベランダの方で物音がしたのに気づく。部屋の中が暗いから、ベランダの人影はすぐに見つけられた。

「今日風気持ちいいね」
「…………………」

カラカラと音を立ててベランダの窓を開ける。そして彼の横へと肩を並べて手すりに手をかけ、そう声をかけた。けれど返事はない。チラリと一方通行へと視線を向けると、彼はいつものように缶コーヒーを飲んでいた。

「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」

こんな沈黙、いつもは辛くもなんともないのに……今はもの凄く辛い。前にもこんなことあったなぁなんて思いながら、私はもう一度口を開いた。

「…………あの、さ」
「別に、言いたかねェなら言わなくてイイ」
「え……」
「何もお互い全部知る必要なンざねェーだろ」

確かにそうだ。人にはそれぞれ、知られたくない過去がある。誰にも言いたくない過去がある。特に私たち高レベルの能力者に、ロクな過去なんてない。確かにそうなんだけど…なんか、

「それに、オレには”話すほどのコトじゃねェ”ンだろ?」
「え、」
「オマエがその男と何してよーが…オレには関係ねェ話なンだろ」
「な、何その言い方…!」

その言葉に、私は耳を疑った。何でそんなこと言うの?どうしてそんな風に言うの?この前は私を彼女にしてくれるって…言ったのに。やっぱりアレは嘘だったんだろうか。私はただ遊ばれただけだったんだろうか。一方通行の言い方に不安よりも怒りが沸々と湧いてきて、私は手が震えるのが分かった。

「別にアイツとは何もない……昨日はたまたま会って、少し話をしただけ…」
「あァ?別に聞いてねェだろォーがンなこと……それともなにかァ?やましいコトでもあんのかァ?」
「そんなことっ…」
「どーやらオレには隠したかったコトらしィしなァ…」

突き刺すような台詞が彼から投げかけられてきて、私は悲しさで上手く言葉が出せなかった。築き上げたものが崩れていく様を見ているようで、あの時間は何だったのだと虚しくなる。

「何か勘違いしてねェか?」
「え……」
「どーしてオレが、オマエの行動を逐一気にしてなきゃなンねーンだよ」
「っ……!」

その言葉は、私を傷つけるには十分だった。

「話は終わりだ、オレは寝る」

一方通行は手に持っていた缶コーヒーをグイっと一飲みすると、背を向けてベランダから部屋のなかへと入っていった。何かを言う間もなく立ち去られ、私はその後ろ姿をわなわなと震えて見つめる。
夜風は私の心情など知らずに涼し気に頬を撫ぜるよう吹きすさび、けれどその熱はすぐには冷めてくれなかった。そして怒りはどんどん虚しさを呼び寄せ、私はベランダの手すりに手をかけて夜空を見上げる。学園都市は明るいから、星なんてものはまったく見えなかった。ただ明るいマンションの光と街灯の灯りが地上を照らしていて、それがまた虚しさを呼ぶ。
どうしてあんな言い方をしたのだろう。やっぱり私は自惚れていたのだろうか。私が彼の知らぬ男と歩いていたこと、一緒に居たこと、過去に何があったのか、そんなことに嫉妬してくれるのではないかと期待していたのだろうか。だとしたらとんだ勘違いだ。私が不安に思っていた通り、やっぱり彼には興味のない話だったのだろう。私は自嘲気味に笑った。
もしかしたらこの時の私は、ヒステリックを引き起こしやすくなっていたのかもしれない。…というのも、この話の元凶である昨日一緒に居た男――垣根帝督と、ひと悶着あったからだ。

私は彼に助けられて研究所を抜けて普通の生活を手に入れた。けれど私の体はまだ完全に自由ではない。例の”絶対能力進化レベル6シフト計画”が失敗に終わってからは彼からの連絡はあまり無かったが、全てが終わったわけではなかった。
彼は暗部組織”スクール”のリーダーであり、私もその暗部組織の手伝いをさせられていた。けれど暗部組織に正式に入っているわけではなく、あくまで助っ人として力を貸している。そしてそれとは別にもう1つの暗部組織である”アイテム”にも助っ人参加しており、それは帝督が裏で手を回して私を送り込んでいる。スパイという程の動きはしていないが、良からぬ動きを見せたら報告するようには言われていた。
結局のところあの実験があって私は再び拘束されてしまい、一度は全てを失った。だから実験後はもう帝督からも開放されたのだと思っていたけど…彼はその気はなかったらしい。昨日彼は私を呼び出し、そして言った。

『俺のもとへ来い』

けれど当然、私は彼を拒んだ。確かに彼には助けてもらった恩はあるけど、もう彼を頼る必要が私には無い。研究所から逃げ出すことも無くなった。入れてもらった霧ヶ丘女学院も、改めて本来の私として再入学することが許された。(学校側からしたら、レベル5である私をみすみす逃したくなかったらしい。だから多少のことは許されたのだ。)
でも帝督はいい顔をしなかった。どうして彼ほどの能力者が私に執着するかは分からなかったが、きっと自分で見つけたオモチャが手を離れるのが気に入らないのだろう。そう、思っている。
そして昨日言われた帝督の言葉が、今日私の心をより一層不安にさせていた。

『日向ぼっこは終わりだ。今までお前がどれだけ残酷な実験に手を貸してきたか忘れたわけじゃねぇだろ?そろそろ、暗闇に帰るんだな』



▼△▼




あれから、互いに口をきかなくなってしまった。
特別大きなケンカをしたというわけではない。ただ上手く話すことができず、自分からはあまり声をかけられなくなってしまった。元々彼自体が喋る人ではないし、無言のことがほとんどだった為、私が話しかけなければ会話なんて生まれない。勿論体を重ねることもなければ、寝る時は同じベッドだけど触れる距離で寝ることはなかった。私が悪いのか、彼が悪いのかも分からない。ただこんなにも亀裂が入ったのは一緒に住み始めてからは初めてで、私はどうしていいか分からなかった。
今までなら、そこまで深い関係じゃないのだから…とか言えていたんだろう。でも私たちは前にちゃんと…そういう関係なんだって、話したはずなのに。どうして。
勿論この空気を打ち止めや芳川達が気づかないハズもなく、「この前のがやっぱまずかったかしら?」と気に掛けるように尋ねられる。打ち止めに関しては申し訳なさそうに謝ってくれたけど、これ以上は何もしないでねとやんわり余計な事はしないように止めておいた。だから黄泉川家での一家団欒も、ここ数日はご無沙汰になってしまう。一方通行もあまり家にいることが少なくなった。わざと避けているのか、忙しいのか…。

「答えは決まったか?」
「決まるも何も…同じだよ」
「つれねーな」

そして私は再び、彼と一緒にいた。彼の住むマンションはいつの間にか場所を変えていて、それはとあるオフィスビルの一角だった。どうやら彼の所属する暗部組織のアジトのようで、今はそこで暮らしているらしい。

「なあ、そんなにアイツがいいか?」
「……………うん」
「にしては、なんか煮え切らねぇ顔だなぁ…何かあったか?」

帝督は察しが良い。昔はもっと無表情だった私の顔色の変化によく気づいては、こうやって問いかけてきた。だから彼と一緒に居る時は不自由はしなかったし、楽だとも思えた。

「帝督には本当に感謝してる。私を連れ出してくれて…色々教えてくれて……ちゃんと、好きだったから」
「”好きだった”……ねぇ、」

ほんの少しだけ、私は彼に恋していたことがある。いや、それは今になって分かったことだ。あの時の自分はそれがどういう感情なのか分からなくて、そして離れて過ごすようになって、あの男と出会った。だから曖昧で不確かではあるけれど、今思うと……あれは恋心だったのではないかと思っている。

「自分の今までにしてきたこと、無かったことにするつもりはない……だから、私は今自分に守れるものを…守りたいの」
「守るって……ははっ、アイツをかぁ?」

確かに彼はこの学園の第1位で、負傷したとはいえそう易々と彼に勝てる者なんていないだろう。私の力では圧倒的な差があるのも分かってる。でも私はずっと、ずっと前から……彼を守らなきゃって、思っていた。

「お願い帝督、私を……開放して」
「オイオイ、酷い言い草だなぁ…これじゃあ俺がお前を縛ってるみてぇーじゃねーか」
「っ………じゃあ、来いって話ももう…」
「なぁ名前知ってんだろ……俺が欲しいモンにはどんな手段も選ばねぇってこと」

その瞬間、動くのも息をするのも出来ぬまま、私の体は一転してベッドへと縫い付けるように押し倒されていた。天上に見えるライトが眩しく私へ光を差し込んだかと思えば、帝督の体が影を作り一瞬で隠れてしまう。彼の手が私の首をグッと抑えた。

「グッ……はァッ……」
「なんでお前は俺のモンになんねーんだよ…」
「てっ……とく…ッ……!」

首を絞められ、上手く言葉がでない。冷酷に見下ろされた帝督の目が、ギラリと光ったように見えた。

「お前はもう、あの時から…俺のなんだよ」

ギッと軋む歯の音が聞こえ、私を見下ろす帝督の顔が悲痛に歪んだ。どうして…そんな顔をしているのか、私には分からなかった。垣根帝督という男はいつだって、感情を出すことはなかったのに…。なんでそんな、悲しい顔をしているの。

「てい…とく……?」
「俺から離れようとすんな…」

緩められた手にようやく息をすることができた私だったが、その次には帝督の顔が近付いてきて、唇が重なった。とても懐かしい感触がした。少し前までは、幾度と重ねてきた…彼との口づけだ。

「んっ……」

でも何だかあの時とは違う。
何が違うかは分からなかった。ただ唇から伝わる”なにか”を……私は気づいてはいけないと思った。





とあるパスワード(前編)


 

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