| 「あ、どうも…こんにちは」 仮にも学園都市上位3名が関わっているというのに、なんともバカげた取引だ。だが一方通行はしっかりと指定された通り第六学区へと赴き、時間もほぼ丁度だった。この第六学区には遊園地が設営されていると噂には聞いたが、訪れるのは初めてだった。そもそも一方通行のキャラからして遊園地なんて柄ではないだろう。一生縁遠い場所だと思っていたのだが、どうやら最近の自分はかなり平和ボケしてしまっていたらしい。こんな平和の象徴のような娯楽施設に今まさに二本足で立っていて、一方通行は自分を鼻で笑った。 到着した遊園地のゲート前には既に名前の姿があり、その格好は自分の見慣れない服装だった。バイオレット色のワンピースに、ちらりと見える右耳には鮮やかに光るスカイブルーのピアスがはめ込まれている。彼女はあれから家には帰っていなかったので、きっとあの男からでも買い与えられたのだろう。そう思うと無性に苛立って、小さく舌打ちをする。彼女はなんだかぎこちないように一方通行を見つめ、小さく会釈をした。 「オレは遊ぶ気なンか更々ねェぞ」 「はい…でも、チケット貰ったから…アナタと遊んで来いって、帝督が…」 勿論だが、彼女は今日ここで一方通行と会うことは知っていても、どうしてこうなっているのかまでは知らないらしい。おずおずと手元にある遊園地の入場チケットを二枚見せ、彼女は申し訳なさそうな顔をする。 「ハァー…、取り合えず行けばイイんだろ……。あと気遣って変な喋り方してンじゃねェよ…普通に話せ」 「は、はいっ……あ、うんっ」 調子が狂う。つい先日まで同じ部屋で過ごしていた女が自分を初対面のように扱ってくる事に、違和感を覚えないわけがない。だが彼女がこのままなのであれば、一方通行もそうするしかないと思った。 「わぁ…!!私、遊園地来たの初めて!すごい!キラキラしてるっ!!」 にこやかなスタッフの笑顔に見送られ遊園地のゲートを潜ると、そこは普段の街中とはまったく違う賑やで煌びやかな世界が広がっていた。そして入った瞬間、近くに居る子供とまったく違わない表情で目を輝かせる彼女に、一方通行は面食らってしまった。 「ね!すごいね!」 「ッ……」 「あっ!ご、ごめんなさいっ…!」 同意を求めるように振り向いた彼女に動揺して言葉を詰まらせると、ハッとした彼女が顔を赤くして先ほどのはしゃぎっぷりを打ち消すように俯いて見せる。一方通行は何とも言えぬ顔で頭をかいた。 「あの…本当に、何も乗らないの?」 「……このオレが乗ると思ってンのか」 「いえっ…あの、そう、だよね…あはは」 記憶をなくしても、彼女自身はなにも変わっていない。しょげてみせる顔も、わくわくが抑えられないと疼く子供のような瞳も、一方通行のよく知る彼女だった。 明らかに何かアトラクションに乗りたそうにはしていたが、断固として一方通行は頷くことはしなかった。ならばせめてパーク内を歩こうと言われ、それには渋々承諾する。こうして二人肩を並べ、居心地の悪いこの遊園地内を練り歩くこととなった。 「せっかくだから何か食べない?」 「アー…そォだな」 「このホットドック美味しそうだよ!あ、でもこのケバブ?ってヤツも美味しそう……あ、パフェがある!」 「オマエ、パフェ好きだなァ…」 「うん!初めて帝督に食べさせてもらってから、私の好物なの」 パンフレットを手に持ちあっちこっちと指さしながら彼女は笑顔で歩く。この遊園地という夢のような場所では、一方通行への警戒心など解きはらわれてしまっているらしい。そんな彼女の好物が昔からパフェだということは薄々気づいてはいたが、その理由を述べられて一方通行は複雑な気持ちとなる。今まで彼女からあの男の名を聞いたことは一度もなかった。だが今の発言で一方通行は確信する。彼女はあえて、あの男の名を出していなかったのだ。きっとこんな小骨のような、けれど大切な彼女とあの男の記憶は幾多にもあるだろう。また、苛立った。 「ねぇ、よかったらアナタの話を聞かせて?」 「あァ?」 「アトラクションに乗ってくれないなら、アナタの話で私を楽しませてよ」 少し歩いた所にキッチンカーが何台か並んだ軽食のできるオープンカフェスペースがあり、2人はそこで食事をすることにした。彼女の好物であるパフェに、ホットドックやポテトなどを適当に頼んでテーブルに並べる。そしてそれを幸せそうに口に含みながら、彼女がそんな話を持ち掛けた。 「話すコトなンざ何もねーよ…」 「好きな食べ物は?」 「…缶コーヒー」 「それは飲み物じゃない?」 「似たようなモンじゃねェか」 「えー……じゃあ、趣味は?」 「特にねェな」 「……将来の夢とか」 「ンなもンねェに決まってンだろ」 「……じゃあ、好きな人は?」 その最後の質問に、一方通行の瞳がピクリと揺れた。 「なあそこの彼女、そんなヒョロっこい男といねーで、俺らと遊ぼーぜ」 何かを言いかけようとして口を開いたその時、2人にゆらりと影が落ちる。見上げたそこには数人の男が自分たちを見下ろしていて、ニヤニヤと気味の悪い笑みを見せている。一方通行だけでなく、名前も同様に小さく呆れの溜息を吐いた。 「ごちそうさま!よし、行こっか」 「おいおい無視してんじゃねーぞ!」 お腹いっぱいというように満足げな顔をした名前は手を合わせてそう言い、一方通行の手を取ってその場を離れようとした。だがそう黙ってくれる連中でもなく、無視したことによって苛立ちを見せた男が名前に掴みかかろうと手を伸ばす。その時に一方通行の手が首元のデバイスのスイッチをオンにしようとするが、名前がそれを阻止した。 「わざわざ力使わなくていいよ」 「ッ……」 一方通行にだけ聞こえるように小声で彼女は言い、そして掴みかかる男の手をサっと躱して正面に向き直った。そんな彼女の顔は、ニッコリとした笑みだった。 「私が可愛いのは分かるけど……邪魔、しないでよね」 「なっ!この女ッ…!」 パチンッ 完全に頭に血が上った男たちが名前へと再び手を伸ばした瞬間、彼女は右手の親指と中指を擦りあわせ…所謂”指パッチン”をした。その瞬間放たれた”音”が多少耳を刺激したが、それは大した音ではなかった。だが彼女の目の前にいた男たちはその動きがピタリと止まり、そして全員一斉に膝をついてその場に蹲ってしまう。男たちの顔は何が起こったのか分からないという困惑した顔で、ただ動けないというようにピクピクと震えながら足元に転がった。そして名前はそのまま彼等に背を向けて一方通行へと向き直る。 「よし、行こっ」 「………あァ」 一方通行は静かに答えると、彼女と再び並んで園内を歩くこととした。別にさほど驚くシーンでも無かったのだが、何だか不思議な気がした。というのも彼はあまり彼女が能力を使って誰かに攻撃する様を見ることがなかったから。今までにそういった機会は何度もあったはずではあるが、戦うまでもなく自分の力でなんとかできた。それに騒ぎになるのを避けてか、彼女はあまり能力で明らかな危害を加えることをしなかったのだ。だから少し、変な感じがした。 「アナタはあまり自分を語ってくれないみたいだから、じゃあ今度は私の話でもしようかな」 「…………」 「つまらなかったら…ごめんね」 彼女は静かに笑った。 自分が原石として学園都市に来たこと、研究者たちの対応は知っての通りだということ、それは先日芳川から聞いた情報と大差はなかった。だが、一方通行が知っていたのは筋書きだけでしかない。 「この力は救う為になんて使われなかった。確かに私は直接人を殺めたことは無かったけど……でも、私の知らないところで、見えないところで、沢山の人を苦しめた」 自分たちとは裏腹に園内は賑わいでいて、それでも彼女の声はしっかりと自分の耳に届く。 「だから本当はこんな所で笑ってちゃいけないんだよ、私は」 そんな彼女の言葉は、まるで自分のことを言われているようだった。そして彼女もまた、この手を赤く染めてしまった哀れな存在なのである。今更正義のヒーローに、なれないのだと。 「研究所に居た頃は、笑う必要なんてないと思ってた。笑っても意味がないし、誰かが一緒に笑ってくれるわけでもない。だからあの時の私は……本当に、ただの人形だった」 笑顔のない彼女というのは、あまり想像ができない。一方通行が出会った頃の彼女は今ほど笑うような子ではなかったが、笑顔は普通に見せる少女だった。 「でも私が心の底から笑えるようになったのって…ある人のお陰なんだよ」 「…………」 「その人って、口が悪くて乱暴で素直じゃなくて、人の道なんて余裕で踏み外しちゃうし、何を考えてるのかもよく分からない人でね…」 「………そンなヤツの何がイイんだよ」 「でも………とても、優しい人なんだよ」 その彼女の表情はとても穏やかで、そして”その人”のことをとても大切に想っているのだという眼差しをしていた。そんな彼女の表情に、一方通行の杖を握る手がぐっと力を込める。 「強くて並大抵のことじゃ死なないけど…でもその反面とても脆くて、辛い思いをしてて、だから私は彼を支えたいって思ったの。私じゃなにも力になれないかもしれないって思ったけど、私の手だって血まみれだけど………」 ”私が唯一、守りたい人” その言葉に迷いはなく、そして一方通行の瞳を真っすぐと見つめていた。自分は何を……聞かされているのだと思った。けれど容易に逸らすことはできず、一方通行はぐっと息をのむ。 「すっかり暗くなっちゃったね」 気づけば夕日は沈みかけ、空は美しい黄昏時となっていた。園内の灯りは昼間の時とは違ってより一層煌びやかとなり、その空間だけは昼間と変わらぬ明るさを保っている。 ―――そうだ、もうすぐでゲームが終わる。 許された時間はあと数時間。それまでにパスワードを伝えなければ、彼女の記憶はそのまま葬り去られ、一生自分を思い出すことないままあの男のものとなる。だが一方通行は、焦ることはなかった。 「最後に観覧車だけでも乗ってかない?あれくらいならいいでしょ?」 「………あァ」 指さされたのは、遊園地のシンボルともいわれる観覧車。色とりどりのゴンドラがゆらゆらと静かに円を描いて回っている。メルヘンなアトラクションは御免だったが、アレくらいであればと一方通行も妥協した。締めくくりに観覧車とは、なんともベタだと思った。 だが最後に2人で話をするには、あの空間は都合がいい。 「今日は楽しかった。ありがとう」 「何もしてねェだろ」 「うん………でも、楽しかった」 夜景を見るためだということでゴンドラ内の灯りは薄暗く、遊園地と学園都市の地上の灯りが下から自身を照らしている。暗闇の中から見えた彼女の笑みは先ほどと変わらず、儚く微笑んでいた。 「……………」 「……………」 「……………ハァーーー、気が済ンだかよ」 少しの沈黙が流れた後、低く掠れた一方通行の溜息と共に彼はそう言った。 「え……」 「くっだらねェコト考えやがって、仮にも学園都市第3位が聞いて呆れるぜ」 「………気づいて…たの」 「記憶を改竄だとかバレバレの嘘吐いてンじゃねーぞ」 一方通行は気づいていた。彼女が嘘を吐いていることを。 「まあ、なんとなくバレてるんじゃないかなーとは…思ってた」 観念したというように名前はハァと小さく息を吐き、嘘を吐いていた事実をハッキリと肯定した。そう、このゲームは全て彼女によって仕組まれたものだった。最初からどこかおかしいとは気づいていた一方通行だったが、確実に嘘だということは見抜いていたわけではない。だが今は確実に、これが嘘なのだということに気づいた。 「でもどうして…今日、ここに来てくれたの?」 「テメェには文句があンだよ、だから……オレの話を聞け」 完全に全てがもう終わったと思っている名前は脱力して投げだすような素振りを見せるが、一方通行はそれを許さなかった。再び真っすぐに彼女へと視線を向け、そして辺りは静かになる。聞こえるのは地上ではしゃぐ人々の小さな声と、アトラクションの様々な音が組み重なった音楽にもならない雑音。名前は少しだけ手に力が篭った。 「オマエがアイツ等に捕まった時、あの実験を持ちかけられた時、オマエを救う方法なンざ本当はどこにでも転がってたンだ」 それは” 「だがそうしなかったのは、オレがただのゴミ以下の人間だっただけだ。結局オレはオマエを救えなかった」 「…………」 「だからオマエがオレから離れよォとするのは、おかしなことでも何でもねェ……当然なコトだろ」 「っ……、なんでそんな…」 突き放すように聞こえた一方通行の台詞を最後まで聞くのが怖くて不意に言葉を漏らすが、それにかぶせるように彼は言った。 「何で今日来たかって?ンなの……オマエを取られたくねェからに決まってンだろッ…」 「え………」 本当に言いたかったのは、 「オレが今更、オマエを守ることさえできなかったオレがこンなこと言うのはバカげてる…笑いたきゃ笑え……、だがどォしても、オマエだけは譲れねェンだ」 「あくせら……、」 「愛だの何だの言うキャラじゃねェっつーのも分かってンだよ……でもよォ、それでオマエを繋ぎ留められンなら…このバカみてェなゲームに付き合ってやるよ」 気づけば観覧車は既にもう頂上を通過していた。ゴンドラの中では動いているのか動いていないのかも分からなくなってしまい、それでもゆらゆらと学園都市の輝きは次々と変わっていき決して同じ色を見せない。柄にもない言葉を述べる自分をはっきりと見られたくなくて、一方通行はその顔を手のひらで覆った。けれど目の前の少女は、彼から目を逸らすことはない。 「一度しか言わねェ……」 こんな言葉、言うつもりなんてなかった。言わなくていいと思っていた。全てをズタボロにされて捨てるものなんて何もないと思っていたけれど、それでも自分のなかにちっぽけなプライドが居座っている。だけどそれを守って大切なものを失う位なら、捨てた方がマシだと思えた。 「好きだ」 オマエが、好きだ。 その言葉はハッキリとまではいかなかったが、確実に彼女の耳に届いた。その瞬間、時が止まったかのような錯覚へと陥り、名前はただただ彼の深紅の瞳を見つめる。彼の表情は次第にいつものような不機嫌を露わにする形へと歪んでいき、その耳は真っ赤になっていた。 「…………オイ、何とか言え」 「……っ…………、」 瞬間、一方通行の顔がぎょっとする。その理由は目の前の少女の瞳からポロリと雫が落ちたからである。そして1粒流れたのをきっかけに、溢れるように次々とそれは流れていった。 「わ、わたしもっ……あくせられーたが、すき…だいすきっ…!」 「ッ………知ってンだよンなコト」 「わたしだって…はなれたくないッ……ずっと、一緒にっ…いたい…!」 「………あァ、オレもだ」 泣きじゃくる彼女の涙をその指で静かに拭ってやる。 最初からパスワードは分かっていた。それは酷く簡単で、言うのは容易いものだった。 「ごめんなさい……言わなくたって、分かってるつもり…だった……でも、わたしバカだから………確かな言葉が欲しくて…」 「ホント、めんどくせェ女だよ……オマエは」 「うぅ……私も、自分が…こんなめんどくさいって、知らなかった……嫌いに、なる?」 「……ならねェよ、バカ」 ゆるやかに回っていた観覧車はいつの間にかあと数メートルで地上となり、一方通行は名前の手を引いてその中から出て行った。涙する彼女を引きつれての遊園地という場所に、ざわざわと周りが勝手に想像を膨らませては好き勝手喋っている。けれどもそんな視線はまったく気にせず、2人は賑やかなその場を後にした。 「どうやら賭けは俺の負けみてーだな」 「……オマエ、」 「………帝督」 帰ろうと駅までの道のりを歩いていた時、1人の男が2人の前に立ちはだかった。紹介されるまでもなく、コイツが…この男が”垣根帝督”だということはすぐに理解できた。 「ごめん…帝督」 「ったく、本当お前は思い通りにいかねーな」 はぁと小さくため息を吐いて言う垣根の顔は、どこか穏やかにも見えた。だが一方通行へ視線を向けると、それはギロリと睨むような眼差しに変わる。一方通行も同じく、彼を睨みつけていた。 「まあ、今回は手を引いてやるよ」 「オイオイしつこい男は哀れだぜェ?潔く負けを認めろよなァ」 「うるせぇ一方通行、お前はいつかマジでぶっ潰す」 「ハッ、やれるモンならやってみろってンだよ三下ァ!」 「ちょ、こんな所で喧嘩しないでよ2人共…!!」 気づけばただの口喧嘩となってしまった2人をどーどーと止めに入るも、お互い睨みあって牙をむきだしている状態だった。きっとこの2人がかち合ったらこうなるのだろうなとは予想ついていたが、目の当たりにすると実にめんどくさい。周囲に居る人たちは「修羅場か?」なんてチラチラ見てくるし、まさかここに居るのが学園都市上位3名だとは誰も思わないだろう。 「しっかり赤に変わってんな、パスワードは無事解除ってわけか」 「…うん、これ返すね」 名前はそう言って右耳に手を添えて何かを外すような動きを見せる。その手のひらには、小さなワインレッドの色をしたピアスがあった。一方通行はそれを見て少し眉を顰める。確か彼女の耳についていたのは青いピアスだったはずだ。だがその色はハッキリと、赤だった。 「全部がハッタリってわけじゃねーんだぜ。しっかり今日中にパスワードを入力できなきゃ、コイツは俺のになる賭けだった」 ピアスと思われた石には細工がされてあり、一方通行の声で例のパスワードを入力することによって石の色は変わる。そして本当に賭けをしていたのは垣根と名前の方で、彼女はこの賭けに負けたら垣根帝督の元へと行くこととなっていた。記憶を改竄というのは確かに嘘ではあったが、全てが全て嘘ではなかったのだ。 確かにピアスを受け取り、垣根はそのまま背を向けた。名前がその時に見上げた彼の顔が少し儚げに見えて、言葉にはしなかったが心の中でもう一度「ごめん」と呟く。 「言っとくが一方通行、コイツの”ハジメテ”は俺だからな」 「帝督!!!!!」 あ、と振り向きざまにとんでもない爆弾を投下され、何かを言うにも彼は既に姿を消してしまっていた。彼との関係を今更もう隠すつもりは無かったが、ああやってハッキリ言われるとどうしていいものか分からなくなってしまう。名前はそろりと、後ろにいる一方通行を振り返った。 「帰ンぞ」 「………はい」 帰るまでその手は、ずっと繋がっていた。 |