| 「オイ、アイツが帰ってこねーみてェだが、知ってるか」 名前が帰ってこない。 昨日の夜から彼女が帰ってきた形跡がなく、一方通行は隣の黄泉川宅に訪れてすぐ目についた芳川にそれを尋ねた。けれど芳川も彼女が帰ってきていないことには気づいていないらしく、そういえば昨日の朝出かけてから見ていないと言う。彼女とはここ数日少し気まずい仲となってしまい、ロクに言葉を交わしていなかった。それが原因で帰ってきていないのかと考えた時、近くに居た打ち止めに「アナタがそんなだから愛想つかされたんじゃないの?ってミサカはミサカ…」と言うので、頭を鷲掴みにしてギュッと力を込めてやった。けれど、今考えられる理由はそれしかないのも事実だ。それか彼女のことだから事件に巻き込まれている可能性もある。打ち止め同様、名前も狙われやすいタイプだった。 「オイ芳川、オマエ…アイツが一緒に居たっていうヤツを知ってンだろ」 「…ええ、知ってるわ」 「吐け」 人に物を頼む時でさえその態度は変わらぬ一方通行に、芳川はふっと小さく笑った。そして彼女のこととなるとヤケになるところも、彼らしいと静かに思う。一方通行の今考えうる中で、あの時の話に出てきた芳川曰く彼女の“元カレ”というのが怪しいと思った。そもそもその男についてまったくもって知識もなく、どういった間柄なのかも一方通行は知らない。けれど彼女の今までの境遇的にも、その男がただの一般人だとは思えなかった。 「あの子から聞かなかったの?」 「…聞いたところで、オレには関係ねェだろ」 「それ、あの子にもそう言ったの?」 「だったら何だよ…」 「はぁ……だからあんな辛そうにしてたのね、あの子」 「アァ?ンだよ…何が言いてェ…」 「あなたも、素直じゃないわねほんと」 芳川の言っている意味が理解できなかった。ただ苛つくばかりで、一方通行はそれを表す様にチッと舌打ちをする。それよりも早く情報を教えろと言わんばかりに睨みつけると、芳川は小さくため息を漏らした後、「私は断片的に知ってることだけ言うわよ。内情は知らないから、あの子から直接聞いて」と前置きした。 「彼女が昨日一緒にいたのは、恐らく――垣根提督よ」 「ア?どっかで聞いたコト…」 「ええそうね、この学園の”第2位”よ」 その言葉に一方通行の肩がびくりと跳ねた。そうだ、その名前は何度か耳にしたことがある。この学園都市に7人…今は8人しかいないというレベル5の中で第1位である自分の次に君臨する男の名だ。まさかのビックネームに、何故そんなヤツとアイツが…と疑問が宿る。それを解くように、芳川が言葉を続けた。 「彼女はずっと幼い頃から研究所に缶詰状態でね、様々な実験に加担させられていたわ。そんな彼女を救ったのが垣根帝督よ」 「救った…?」 「ええ、彼が彼女を檻から出してやり、自由を与えたの」 元々彼女の能力は能力開発によって芽生えたものではない”原石”という類のもの。しかも幼いながらにその力の威力は本人を押しつぶすほど強大で、彼女はすぐに学園都市に送り込まれた。最初こそ普通の能力開発と違わなかったものの、彼女の両親が不慮の事故で亡くなって孤児となってしまってからは非人道的な実験が数多くされるようになった。そんな時に彼女を研究所から助けたのが――あの垣根帝督というこの学園第2位の” 「元カレ…なんて言ったけど、彼と彼女がどういう関係にあったのかは私は知らないわ。ただ彼女にとって…彼はそう簡単に切れない関係ではあると思うけどね」 芳川は別に煽るわけでもなく、ただ事実と自分の考えを伝えているまでだと言うようにして静かに手元にあったコーヒーを一口飲む。一方通行はそれに対して何かを言うことはせず、そのまま彼女から背を向けた。 「あら、今からお出かけ?」 「別にどーだってイイだろ……ただの散歩だ」 「そう、気を付けて行ってらっしゃい」 言われるまでもない…そう言って一方通行は部屋を出て行った。その後ろ姿を芳川はクスクスと笑うように見ていて、彼がドアの向こうへ消えた後に静かに「本当に素直じゃないわね」と呟いた。 マンションを出て夜の街を一人で歩くも、時間が時間なので人通りはそこまで多くなかった。先ほどの話を聞いて考えうるに、恐らく彼女が帰って来ないのは例の”垣根帝督”が絡んでいると考えるのが打倒だろう。だとしたら、それは彼女の意思で帰って来ないということになるのだろうか。だったとしても、何の連絡もないというのはおかしな話だ。確かにここ数日の自分たちを纏う空気は重かったが、ハッキリと喧嘩をしたわけでもない。それに彼女の性格的にも、家を空けるのであれば何かしらアクションを起こすだろうと一方通行は思った。彼女も彼女で事件に巻き込まれやすいタチなのは理解しているので、何かしら連絡は寄こすようにしていた。だとしたらやはり、今回帰ってこないのも何か……、 「ッ……!」 そう思ってよく行くコンビニの近くの公園へと差し掛かった所で、一方通行の目は見開かれた。普通に公園のベンチに座って上を見上げている名前の姿があったのだ。少し遠目ではあったが、自分があの女の姿を違うわけがないと一方通行は杖を突きながらその方へと向かう。コツコツと近付く足音と杖の音に気づいた名前は、上げていた顔をふっとこちらへと向けた。確実に目が合い、一方通行はやはり彼女だと確信する。けれど、なんだかその視線に違和感を覚えた。 「オイ、テメェ昨日からドコ行ってやがっ―…」 「え!?えっと、なんですか?アナタ…」 「――――――ハ?」 ビクッと揺れた彼女の華奢な体と共に向けられた視線は少し驚くような怯えたような色が見え、そしてその喋りに…一方通行の言葉は途切れた。 「あ、あの……えっと、どちら様…でしょうか?」 怯えた瞳と不思議そうな顔で、彼女は彼を見上げてそう言った。一方通行はその顔と台詞に身に覚えがある。あの時も彼女はこことは違うが公園のベンチに腰かけていて、そしてその時は夕暮れ時で、子供たちを相手にしていたのだっけか。転んでしまって泣きわめいていた子供に、彼女は安らぐおまじないだとか言って歌を歌っていた。そしたら本当に子どもは涙を止め、嬉しそうにその歌を聴いていたのだ。そして気づいたら自分は声をかけていた。今日みたいに、突然。そう、あの時と同じだ…。 彼女と初めて会った時と――同じ、 「どーゆー、コトだよ…」 「?」 「易々と記憶改竄されてンじゃねーぞ…クソッ」 「あの……話が見えないのですが…」 「チッ」 この状況にすぐ予想がついた。彼女の今の状態は、完全に記憶操作能力によって改竄されてしまっているのだろう。ここはそんなものまで扱える、科学を誇る学園都市なのだから。 「もしかして…私のお知り合いですか?実は私、ここ数年の記憶が無くて……もし知り合いだったら、すいません」 彼女は申し訳なさそうに謝るも、そんな謝罪で勿論気が済むわけがない。一方通行はより一層眉間の皺を寄せてひと睨みすると、彼女はビクリと肩をすくめる。 「あァそうだな、知り合いだったな」 「そ、そうなんですか……えっと、名前を聞いてもいいですか?」 「…………一方通行だ」 実に馬鹿げていると思ったが、今ここで気をたたせていても意味がないと判断して彼女と会話をすべく話を合わせることにした。そして自分の名を伝えると、彼女の目が大きく見開かれるのが分かる。 「一方通行って……あの、第1位の…?」 「……そうだ」 「私、そんな方とお知り合いだったんですね……まあでも、そっか、私が今お世話になってる人もレベル5なんですよ、だから知り合いでも変ではないかな…」 「ッ……」 一瞬何かを思い出したのかと期待したが、どうやらそうではなかったらしい。一方通行という名前を聞いて驚く者は、この学園都市に住んでいれば当然の反応だった。だが続けられた言葉に、一方通行の顔がピクリと動く。彼女の言う世話になっているというレベル5が誰かなんて分かり切っていた。 「オマエは何しにここに居るンだ」 「え、あー…えっと、確かに…言われてみれば、なんでいるんでしょう?」 「ハァ?」 「なんだかここに居なきゃいけないなって思って……でも、もう帰らなきゃ」 その返答は明らかにおかしかった。だがもし彼女が記憶を改竄されていてここで一方通行と出会うように仕組まれていたのだとしたら、彼女の行動も理解できる。まるで操られているかのような発言を見ると、そう考えるのが打倒だった。 「あの……聞いてもいいですか?」 「何だ」 「私とアナタって……どういう関係だったんですか?」 その問いかけに、一方通行は一瞬だけ口を閉ざしてしまった。真っすぐに純粋に自分を見つめる彼女の瞳に苛立たしく目を細め、そして小さく舌打ちした。 「思い出せねェ…ってンなら、そンだけの関係だったっつーコトだ」 そう言って、一方通行は彼女へと背を向けた。 あの時、引き留めることはできたはずだった。けれど一方通行はそれをしなかった。否、できなかった…という方が正しい。去り際に彼女に自分たちの関係を聞かれて、ハッキリと答えることができなかったのだ。自分の何かがそれを伝えるのを止めてしまった。それはどうしようもない、自分の悪い部分だった。 「クソッ」 目の前のガラクタを蹴とばすも気分が晴れるわけはない。ただただ苛立ちばかりが募って、握りしめられた拳はミシミシと音をたてる。 piriririririri... その時、一方通行の携帯電話が鳴り響いた。こんな時に誰だよと画面を見ると、そこには非通知と表示されている。何だか嫌な予感がして、気分ではなかったがその着信に出ることにした。 『よぉ、一方通行』 「ア?ダレだオマエ」 『あの女の飼い主だ』 「あァ…オマエが”第2位”か」 電話の相手は今まさに思い浮かべていた人物だった。声だけだというのに苛立ちが沸々と湧き上がり、すぐ目の前に居たらブッ潰してやったのにと杖を持つ手に力が篭る。だがここで電話をかけて来たということは、完全にこの男が犯人だというのは分かった。 「オレから女を取ったくれェで格上気どりかァ?三下がァ…」 『ちげーな、その女は元々俺のモンだ…お前に貸してやってたんだよ』 「アァ?ったく、とんだイテェ野郎だぜ…ただのストーカーかよ」 『んなこと言っていいのか?あの女はもうお前のことなんて忘れてんだぜ。綺麗サッパリ、お前と会う前のアイツだ。…つーわけでお前らのままごと遊びは終わりなんだよ』 「フザケンじゃねェぞ…」 垣根帝督は勝ち誇ったような声で言った。大体、わざわざ電話をかけてくるとはどういう事だろうか。ただ勝ち誇ってあざ笑う為だけにかけてきたとは思えない。 「セコいマネしやがって…記憶改竄でもしねェと手に入れられねーとか残念な野郎だなホントによォ」 『テメェ…』 「つーかよォ、姿も表さねェでイキり倒すとか、力ではオレに勝てねェっつーのがよく分かってるよーじゃねェか、アァ?”第2位”サンよォ?」 『ハッ…言ってろ、アイツはもうお前のモンじゃねーんだ、それに名前の記憶を消したのは、アイツがそう望んだからだ』 「………どーゆーコトだ」 苛立ちをぶつけるように言葉を紡いでいけば、予期せぬ垣根帝督の発言にピクリと眉を顰める。彼女がそう望むということは、一方通行にはまずありえない考えだった。 『賭けをしようじゃねーか』 「あァ?意味が分かンねェぞ…」 『名前の記憶を戻すにはある”パスワード”を伝える必要がある。それは一方通行、テメーの声で解除されるよう設定した』 1日、名前と過ごす時間をやる。その1日が終わるまでにワードを見つけられなければ、アイツは一生お前を忘れて俺のモノとなる。 こんなのはまるでゲームである。だが垣根帝督は至って真面目にそう告げた。 「ンなバカげた遊びに付き合えってのかァ?」 『やらねーならそれでいいぜ、今すぐ俺のになるだけだからな』 「…………チッ」 『アイツが欲しいなら、まぁ付き合えや』 その垣根帝督の声色に、少しだけだが違和感を覚えた。だが考える間もなくそのゲームの決行日となる日時を伝えられ、場所も指定された。とある日の、場所は第六学区にある遊園地。 一方通行は大きなため息を漏らした。 ”ちなみにパスワードは、アイツが最も欲しいと思う言葉だ” |