(垣根帝督が可哀想な話/とんでもなく幸せな世界)





普通のカップルのような付き合いを期待してはいけない。そんなのは、彼と一緒になる前から分かっていたことだ。だから変に諦めがつくというかなんというか…。淡い期待を胸に宿しながらも”NO”と言われればそれは”NO”なのだと、仕方がないことなのだと、言い聞かせていた。

「はぁ、デートしたい…」
「してんだろ、今」
「違う、お前じゃない」

私は絶賛、前の男とカフェでランチタイム中だった。いや別に誘ったわけでも誘われたわけでもなく、たまたま出くわして無理やり付き合えって引っ張られて来ただけだ。帝督のお気に入りだというなんか小洒落たカフェのテラスで、私はビーフシチューを食べている。

「あのオトコオンナのどこがいーんだか」
「んー、全部」
「惚気うぜぇ」

帝督とはたまに会って話をしたりするけど、大体が彼からの強引な誘いだ。なんだかんだ世話にはなったので仕方なく付き合ってはいるけど、こんなところアイツに見られたらどうなることか。

「ねぇどうしたらいいと思う?たまにはデート的なのしたいんだけど、これって私の欲張り?」
「オイ、その話聞かねぇとダメか?勘弁しろよ、なにが楽しくてお前らの恋愛事情聞かされなきゃいけねぇんだ」
「え、じゃあさっさとどっか行ってよ、話聞いてくれないなら帝督と居る意味ないんだけど」
「お前マジでぶん殴るぞ」

確かにこれ以上言ったら本気で殴られそうなので私は口を閉じた。でもそうしたら話すことなんて本当に無い。もう最近は彼の裏事情には突っ込まないようにしているので会う理由も何もないのだ。

「つーかお前もいつの間にか面倒くせぇ女になったモンだなぁ、デートのデの字すら分かって無かったお人形女がよ」
「うるさいなぁ……感情を表に出せって言ったのは帝督じゃんか…」
「落差が激しすぎんだよ、あのカチコチ人形からここまで憎たらしく成長するとは思わねぇだろ」
「ひっど!憎たらしくなんかないですー喜怒哀楽のある可愛い可愛い普通の女の子になっただけですーー」

出会ったあの頃を思うと、こんな言い争いも想像すら出来なかっただろう。私は本当に魂の抜けた人形のようで、何度も帝督に無表情すぎて怖ぇんだよと言われていた。研究所にいた頃は表情を動かさずとも喋ることだって出来たし、誰かと話すことすらそもそも無かったから顔の筋肉は子供ながらに衰えていただろう。だから帝督に連れ出され、会話というものをするようになり、私という存在はどんどんと未知のものへと変わっていく。まるで止まっていた時計の針が動き出したかのような。

「でも、笑えるようになったのは帝督のお陰だよ」
「世辞なんていらねぇんだよ、実際お前が心底笑うようになったのは……アイツと一緒になってからだろ」
「うん、でも帝督が居なければ私はずっと知らないままだった」
「俺は別に、お前の為に連れ出したわけじゃねぇ…」
「うん、知ってる……でも帝督はわざわざ面倒な事をしてまで私みたいな能力者を研究所から連れ出すほど、私にそこまで価値を見出してなかったのも知ってるよ」

私の言葉に帝督の眉が微かにだがピクリと動いたのが分かった。帝督は私を研究所から連れ出してくれた謂わば救世主、乙女的に言うなら白馬の王子様とでも言うのだろうか。だがそんなのはまやかしに過ぎない。彼は私を利用価値があると言って連れ出した。私も最初はその言葉を普通に受け入れ、彼の言う通りに任務をこなした。けれど彼と過ごす時間、彼と触れる時間が増えていき、違和感を覚えるようになる。本当に垣根帝督という男は、私に利用価値があるのだと思っているのだろうか…と。

「私は研究所から逃げ出せていたわけじゃない、ずっと利用されてた」
「………まあ、さすがに気づくわな」

まるで私を助けるかのように手を差し伸べた垣根帝督は、暗部の命令でただ言われた通りに私を連れ出しただけだった。元々私はあの時点でその能力の利用価値と次なるレベル5への育成計画が組まれていて、それの協力として帝督が加わっていた。勿論最初から私はそれに気づいていたわけではない。ただ純粋に彼の言うことを信じて、彼が連れ出してくれたのだと思ってついてきた。

「知った時は帝督のことマジクソ死ねって思ったよ」
「ほんと俺には容赦ねぇなお前」
「でもね、それでも……帝督と過ごした日々は、私にとっては嘘じゃなかったんだよ」

たとえ騙されていようと、利用されていようと、彼との時間は私の中で優しく包み込む何かがあった。だから結局私は未だに彼の全てを恨めないでいる。

「それに帝督さ、最後は私のことかばってくれたでしょ」
「あ?なんのことだか理解できねーな」
「いいよ、そういうことにしてあげる」

私が今こうして静かに暮らせているのは、帝督が本当の本当に根回ししてくれているから。私を引き戻そうとしたあの時も、彼なりに私の身の安全を自分の手で守ろうとしてくれてのことだって、最近ようやく気づいた。それでも彼の手を受け取れないで、ごめんね。そう言いたいけど、今の私にはそれが言えない。だから、

「帝督、私はもう大丈夫だから」
「………」
「本当にありがとう、私はあなたのお陰で強くなれたよ」
「………っ、」

もうずっとあなたに守られてばかりの私ではない。今度は自分の守りたいものを、この手で守れる私になりたい。

「なーんて、しんみりしちゃったかな」
「ああマジやめろ、そーゆーのは反吐が出る」

帝督も素直じゃない。まったく同じだとは言わないけど、なんだかんだ似てるところがあるんだよね。帝督が居たから私は彼に惹かれて、彼がいるから私は帝督を嫌いになれないのだろうか。皮肉なものだ。

「じゃあま、こんな話はどーでもいいのよ」
「オイ」
「デートしたい!ラブラブあつあつなデートがしたい!帝督なんとかしてよ!」
「だからしてんだろ今」
「ちがうお前じゃない」

あれテープ巻き戻した?って位に繰り返されるやり取り。繰り返しでもなんでもいいからこのモヤモヤした気持ちをなんとかできないものだろうか。でも、確かに相談する相手を間違っている気はする。

「アイツ今無能なんだろ、お前の能力で無理やりにでも連れていきゃあいいじゃねーか」
「無能って言ってもスイッチ一つで全快だしタイムリミットくるまでに全滅だよ」
「音波妨害したらいいじゃねーか、そもそものデバイスに。お前なら気付かれず至近距離でできんだろ」
「あーたしかに、あったまいー!」
「お前よくそれで第3位やってんな」
「いや、てゆーかそんな方法でも使わなきゃデートにも行けない私可哀想すぎるでしょ」
「哀れだな」
「あんたに言われたくない」

なんてバカみたいな会話だろう。そして勿論、こんなのは本気で何一つ喋っていないただの戯言だ。案外それが楽しい。

「ああ、良い事思いついたぜ」
「え、なになに?第2位様の頭脳をもって導き出された案を聞かせてよ」
「腹立つなテメェ……まあいい、とりあえずお前俺とデートしろ」
「は?だから何度も言ってるけど…」
「だから、気を引かせたいんだろ?だったら俺とデートすればいいじゃねーか」
「な!………るほど、それは……名案だね?」

つまりは一方通行を嫉妬させて、デート行ってくれないからっていうのを遠回しに伝えればいいのね?確かに?それはありかも?

「んじゃさっそくデートすっか」
「おっけー?」
「オ"イ"テメー等ァ、さっきから聞いてりゃ偏差値ド低能なくだらねェ会話しやがって…」

ズズッ、と飲んでいたドリンクが底をつきた所だった。聞きなれ過ぎた声にハッと後ろを振り返ると、そこにはギラギラと真っ赤な瞳をこれでもかという程かっぴらげた一方通行がいた。この私が音で気づかないなんてと焦ると、よく見たら彼のデバイスのスイッチは既にオンである。ひえ。

「おーおー、テメーがくだらねぇ男なばかりに自分の女の偏差値下げてるとも気づかねぇド低能だとはなぁ、第1位サマが聞いて呆れるぜ」
「ア"ァ"?三下がほざいてンじゃねェぞゴラァ」
「ちょちょちょ!こんな公共の場で喧嘩しないでよ!ていうか帝督あんた一方通行がいるの気づいてたでしょ!?」

いつぞやに見た修羅場が今再び!なんて焦っていると、私の頭が何かに鷲捕まれた。何かってもう、彼の手でしかないのだけど。

「オイ名前、テメェいい度胸してンじゃねェか…」
「ひぃー!ごめんなさいごめんなさい!」
「あァ?ンだってェ?デバイスに音波妨害するってェ?」
「しません!しませんってば!!恐れ多いですぅ!!」

ギシギシと頭蓋骨にヒビ入るってくらい握りしめられて、絶対これベクトル操作でなんやかんやされてるって!久しぶりに彼の能力攻撃を受けた気がする。やっぱり第1位様のお力は強大だ。

「つーか、くだらねェ事で三下の言いなりになってンじゃねェぞ」
「だ、だってぇ〜」

元はと言えば一方通行がドライ中のドライだからじゃないか!とか言いたいけど、今言ったら面倒なことになりそうなので言えない。帝督と居るところを目撃された時点でも今日はもう積みだ。大人しく言うことをきいた方がいい。

「だってもクソもねーンだよ、ったく……オラ立て、行くぞ」
「うぇ?行くってどこに…」
「オマエが行きてェとこだろォが」
「え、それって……つまり、デートしてくれるのっ?」
「あァ?ただ出かけるだけだ」

あーもう本当に素直じゃない。デートも簡単に行ってくれないし恋人みたいな甘いことも何もしてくれないけど、彼にはこの究極のツンとデレがある。そして私はそれを垣間見るのがどうも好きらしい。きっと超絶に甘やかしてくる人が彼氏だったら、すぐ別れてしまうんだろうな。

「あーあ、見てらんねぇわお前らマジで」
「あ、帝督いたの忘れてた」
「ンだよまだ居たのかよメルヘン野郎さっさと散れ」
「…」

すっかり帝督のことを蔑ろにしてしまっていて、まったく思ってないけどごめんねと言っておいた。それよりも私は一方通行とデートできるってことで意識は完全にそちらに持ってかれてしまい、立ち上がってぎゅっと彼の腕に抱き着く。もちろん「暑苦しィンだよ」と言われた。

「まあでも若干帝督のおかげかも、ありがとね!」
「あーそうかよ、いいからさっさと行け、超絶腹立つわお前ら見てっと」
「あはは、うんじゃあね!帝督のことも好きだよ!」
「テメェ今すぐホテル連れ込まれてェのかァ?」
「いだだだだ!ごめんって!一方通行が世界で一番好きだから!」

私の第1位様は、私の中でも第1位でなきゃ気が済まないらしい。
ああなんて可愛い人なんだろう。





私の第1位サマ


 

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