| 「んー………のどいたい」 目覚めると、喉に激痛が走った。 この痛みがなんなのか、私は知っている。ここ最近は元気な方だと思っていたのに、まさかよりにもよって今日くるなんて…不幸だ。体を起こしてみれば、なんだかクラリとして、ああ完全にひいてしまったなぁーとだんだん自覚していく。この数日の学校で貰ってきてしまったのだろうか、はたまた昨日薄着でまたソファで寝ていたのが悪かったのだろうか……後者かな。昨日は一方通行も来なくて誰も起こしてくれなかったから、かなり好き放題爆睡してしまった。起きたときブルブル震えていたのを思い出す。 というか、今日は… 「出かけるっつーから来てやったのによォ、何やってんですかァ?名前チャンよォ?」 「う………ごめんなさい」 そう、今日は一方通行と買い物に行く約束をしていたのだ。一方的に。でもあの時は珍しく頷いてくれて、私は跳ねるように喜んで今日を楽しみにしていた。…だというのに、なぜ風邪をひいてしまうのだ私よ…!!! 「ったくよォ…、バカは風邪ひかねーんじゃねェのか?ア”ァ?」 「今日は大人しく寝てるから、帰っていいよ……ごめんね」 ハァ…、といつもの溜息が聴こえ、ベッドの前に立っていた一方通行はそのまま何も言わずに玄関の方へと行き、家を出て行った。そこから足音が消えたので、ああ飛び降りたのか…と推測する。一方通行の力をもってすれば、たとえ何十階の高層ビルから飛び降りたとしても生きていられるのだ。きっと風邪だってひかないだろう。本当に、最強の能力だ。 再び部屋の中は静かになるが、私の耳はそうでもない。風邪のせいかなんなのか、普段よりも音が大きく聴こえる。…というのも、私の地獄耳は普段のままではあまりに聴こえすぎるので、私生活を過ごす上では制御をしている。私生活で当たり前に聞こえる音は通常モードとし、極稀にありえない周波数の音がどこかで鳴った時は耳に入るよう演算している。けれど今はその調整が少しだけ不安定になっているのか、音が大きくなったり小さくなったり…まちまちだ。いつもは無意識下で勝手に演算されているものだけど、風邪のせいもあってかそれが上手くできていないらしい。私はベッドの横にあるサイドチェストの引き出しを漁り、小さな箱を取り出した。その箱の中には、更に小さな赤の色をした宝石のようなものが入っている。そしてそれを、震える手でゆっくりと左耳にはめた。 ピアス型の制御装置だ。私はたまに、自分の力が上手くコントロールできない時、このピアスをつける。これを介して能力を使うことで、再び無意識下でも音を制御できるようになるのだ。簡単にいうと、暗算で計算していた数式を計算機で計算する…みたいな。そんな複雑なものではないので合っているか分からないけど。 ただ、今は普段の耳の良さは必要ない。特殊な音だけは拾うようにして、あとの音は遮断してしまおう。そうすれば、静かに眠れる… 「オイ、起きろ」 「!」 ヒヤッ 音を遮断してどれくらい経ったか分からないその時、頬にひんやりとした感触が渡った。驚いてパっと目を開けてみれば、そこには私を見下ろす一方通行の姿。帰ったのではなかったのか?音を遮断していたせいでまったく気づかなかった。それに、頬のこのひんやりの正体は…ポカリ? 「なん…」 「ゼリーとレトルト粥、どっちがいい」 「え……」 「早く選べ」 「お、おかゆ…で…」 目の前に並べられたりんごのゼリーと、パックに入った卵粥。咄嗟におかゆの方を選んでしまったが、正解だったのだろうか…。いやそうじゃなくて……え、もしかして、私の為に買いに行ってくれたの?そう問うよりも先に一方通行は背を向けキッチンの方へと行ってしまい、ガサガサカチャカチャと物音をたてている。 サイドチェストの上にはポカリが乗っていて、これは飲めってことなのだろうか…。というか突然のいつもと違う光景と行動と音に、私は頭が少し混乱した。そうこうしている間に、レンジのチーンという音が聴こえ、再び物音が聴こえる。……さっきまで音が不快に感じていたのに、何故だか今の音は妙に心地よく感じた。 皿を取り出す音、レトルト粥の封を開ける音、とろとろと皿に入っていくお粥の音、ゴミを捨てる音、いつもの足音、いつもの静かな呼吸…、 「体起こせ」 いつもの声。 「んー……起こして…」 「甘えンな」 「いいじゃんいじわ…るぅっ!?」 一方通行の片方の手が背中に回ったと思ったら、体が急速に浮くように起き上がった。 「能力使うとか…どんだけ非力なの?」 「今度は吹き飛ばしてやろォか」 「ごめんなさいってばぁ…」 ガシッと頭蓋骨掴まれて涙する私に、一方通行の表情は容赦なく無慈悲ないつもの顔だ。まあどんな方法であれ状態を起こした私の膝の上に、トレイの上に皿に入ったお粥とスプーンが添えられていた。このお皿はサラダ用なんだけどなぁ…なんていうのは、野暮なのでやめておこう。ただそれよりも、一方通行が私の為にわざわざ出かけて買ってきて、しかもそれを調理して私の目の前にまで持ってきてくれている…。そんなことに、感動してしまった。 「食べさせ…」 「ア"?」 「じぶんでたべまーす」 ものすごい睨みだった。これ以上言ったら本当に病人でも容赦ない攻撃が飛んできそうなので、私は自分でスプーンを持ってゆっくりとそれに口をつけた。コンビニのレトルトだということは百も承知だが……なんだろう、ものすごく、美味しい。いや、最近のレトルトはバカにしちゃいけないってテレビかなにかで言ってたから分かるんだけど、そうじゃない。このレトルトに、妙な温もりを感じてしまったのだ…。 「38.7ってとこか、まあまあ高けェな」 「そんなこともわかるの?」 「俺はありとあらゆるベクトルを操作、感知できンだ、これくらい余裕だ」 「すごいんだねぇ…」 額に触れた真っ白な手はいつも以上にひんやりとしていて気持ちがいい。わざわざ市販の薬まで買ってきてくれたらしく、お粥を食べたあとはそれを用意された水と共に流し込んだ。一体、今日の一方通行さんはどうしたのだろうか?色々と私の予想と違いすぎて、普段の生活の演算が正しくできないでいる。そんなバカな。 「きょう……ごめんね」 「………いいから、大人しく寝てろ」 額に乗せられた手は、ふわりと頭に移動してぐしゃりと髪を乱された。一方通行の手は思ったよりも大きくて、私の頭なんて簡単に覆ってしまう。普段はこの手で鷲掴みにされると恐怖でしかないが、今はものすごく安心できた。 今寝てしまったら、一方通行は帰ってしまうのだろうか。まだ…居てくれるのかな。いつまで居てくれるんだろう…。そんな思いが次々と湧き出てくる。風邪を引くと人肌恋しくなるっていうけど、本当だ。 今はこの男をとても、恋しいと思ってしまった。 「ねぇ……」 「なんだ」 「あくせられーたには…かぜ、うつらないんだよね?」 「ああ、ンなくだらねーモン、オレには効かねェ」 「じゃあ………」 そばに、居てくれる? 正直頭がぼーっとして、自分の言った台詞がどんなものだったかハッキリと覚えていない。ただ分かったのは、一方通行の赤い瞳が少し見開いて私を見下ろしていて、小さく舌打ちの音が聴こえたってこと。そしてその体はすぐ隣に沈んで、ずっとそこから動かなかったって…こと。 「ホント、めんどくせェ女…」 その感触は、今までの何倍も冷たく、温かかった。 |