心配性


「おはよう、なまえ。」

「…おはよう、田里弥。」

「ちょっとよろしいでしょうか。」

「えっと…はい。」

「そこにお座り頂いても?」

「…何これ?」

「いいから座れ…こほん、ここにお掛けくださいますか。」

「……ここに?はい。」


良く晴れたある日。前戦地とはいいつつも、今はまだ敵が攻めてくる様子もなく、とりあえず休めなんて急に休暇を与えられて、何をするか考えながら歩いているとわたしの行く手を阻む壁。少し顔を上げれば、ばちりと交差する視線。何でそんなところに立っているんだ、という疑問をわたしがぶつける前に、向こうが先に口を開き、何故かそこに座るように促される

何で地面に直座り…。

ごつごつとした石が足に当たって痛い。正座をしている状態だと余計に痛いから、と足を崩して座ろうとしたわたしに「正座で!座ってくれますか!!」と念押しされて、渋々正座のまま、目の前で仁王立ちする男を見上げた


「あの。」

「何でしょう。」

「えっと…一応確認だけど、田里弥、だよね?双子の兄弟とかいる?」

「正真正銘の田里弥です。」

「そうか…やっぱり田里弥なのか……。」


正真正銘の田里弥だとしたら、その口調は何なんだ?

目の前で仁王立ちしている男の姿、形はわたしのよく知っている田里弥だが、そこから発せられている言葉たちは田里弥のものとは思えない口調で。いつもだったらもっと…なんていうか、乱暴というか、荒々しいというか…とにかくこんな変な言葉遣いではないのに、どうしてこうなった

とりあえず誰かに助けを求めようとして辺りを見渡すも、仁王立ちしている田里弥の前に正座させられているわたしの構図はなかなかに近寄りがたい状況らしく、一定の距離を保って我関せずを決め込む王翦軍の面々。教育が行き届いていやがる。亜光には馬鹿らしいとでも言いたげな顔で無視をされ、麻鉱に至っては面白い物を見るかのようにニヤリと笑われただけで、助ける気はないらしい。倉央がいれば真っ先に助けを求めていたものの、こういう時に限っていない。なんとも間の悪い男だ


「なまえ、なぜおれがなまえをここに座らせたかわかりますか。率直に。はい、どうぞ。」

「……わかりません。」

「でしょうね。」

「えっと、なんかごめんなさい。」

「知りたいですか。」

「知りたいのは知りたいんだけど…その口調、そろそろやめてよ。怖いんだって!」

「…何だ、それは。」

「は?」


田里弥が田里弥らしくない口調で話続けるものだから、堪らず元に戻してと懇願すれば、数分の沈黙の後、重たい口を開いてやっと元の口調。それに安堵するわたしに向かって、指を差しながら何だそれはとか言う。何に対して言っているのかさっぱりわからず、首を傾げるわたしに再度、次はきつめの口調で「何だ、それは!」と同じ言葉を繰り返されたが何を差しているのか結局よくわからない


「わからないのか?無自覚か?」

「ごめん、たぶん無自覚です。」

「はあーっ。」


正直に答えれば、深く長い溜め息を一つ。本当に何だと言うんだ!


「それは、その長さじゃないとダメなのか?」

「は?」

「それは、その長さじゃないとダメなのか?」


何を言っているのかわからず首を傾げるわたしに再度同じ言葉を繰り返す田里弥。いやいや、言っている言葉はわかるんだよ。わかるけど、「それ」が何を指していて、長さが足りないとはどういう意味なのか図りかねているだけなんだけど。わたしのそんな考えは汲み取ってもらえず、田里弥が答えを急かすように同じ言葉を繰り返す。何回も同じことを繰り返されて、まるで時が戻ったかのような変な錯覚に陥った


「それは、その長さじゃないとダメなのか!?」

「あの、田里弥…それって?」

「はあーっ。」


意を決してそれとは何かを問うて見れば、返答の代わりに深く、大きな溜め息を一つ。それにムッとして、田里弥の質問を無視して立ち上がろうとすれば、両肩をガッと掴まれそこに居直るように上から押さえつけられた。あまりの勢いに、渋々再度座り直すと、こほん、と咳払いを一つして


「なまえのその服はその長さじゃないとダメなのかと聞いている!」

「服?この服のこと?」

「そうだ。」

「えっと…ダメじゃないけど、これしか今ない。」

「何故!」

「何故?!」


何故と言われても、ここは前戦地だし…。

勿論屋敷に帰れば他にも服はあるが、今は同じようなものしか替えがない。そもそも今までそんなことを言われたことなかったのに、急に田里弥はどうしたと言うのだ。青筋を浮かべて、眉尻を上げ、返答を待つわたしを見つめる田里弥を見返せば、溜め息が返ってくる。いや、溜め息を吐きたいのはわたしの方ですけども!


「……前までそんな服じゃなかっただろうが。」

「糸凌が、最近はこの服装が流行りだって…ほ、ほら!最近話題の飛信隊の軍師さんも同じ感じだった、ような!!」

「………長くならないのか、それは。」

「えっと…布は切ってしまっているので、ならない、ですね。」

「それは育たないのか!」

「え?!何を言ってるの?!」


目を見開いて何を言うのかと思えば、布は育たないのか、なんてご乱心もいいところだ。亜光軍の智将とは思えない発言に開いた口が塞がらない。そんなわたしの反応に苛立ちが隠せない田里弥が「切ったところからにょきにょき生えたりしないのか、それは!」とか更に訳のわからないことを大真面目に言い始める。無機物だから生えるはずがないのに、そんなことで詰められているこの状況に頭を抱えたくなった


「だから、それが育って長くなればいいんだ!わかったか!!」

「全くわからないよ!そもそも布は育たないってことを理解してくれないかな!」

「長くならないのか、それは!」

「話が戻った!」

「それが本題だ。長くなる以外の解答はない。」

「何なんだ…ていうか、さ。何で急にそんなこと言い始めたの?」

「急じゃない。前から思っていた。」

「ああ、もう!そうじゃなくて!前から思っていたかもしれないけど、今までそんなこと一言も言わなかったじゃん。」


田里弥のことだ。何かきっかけがあって言ってきているはずだ。急に理不尽に怒ってくる人ではないことは知っている。いや、まあ、布を育てて長くしろとかはかなり理不尽だけれど…でも、理由もなくそういうことを言う人じゃないと知っているから

わたしの言葉に田里弥はしばし思案顔。何だか、言うか言わないか迷っている様子で、言いづらそうに、数度口をぱくぱくと開閉させて、何だか魚が餌を強請る時みたいで少し可笑しい。思わずくすりと笑みを漏らしたわたしに田里弥がムッとしたような顔をして「何笑ってんだ」と怒る。その顔にごめんごめんと言って、もう一度こうなった理由を問えば、拗ねた子供のような顔で俯いてぽつりと言葉を吐き出した


「……………からだ。」

「え?」

「倉央とか、亜花錦とか。」

「倉央とか亜花錦がどうしたの。」

「主に、倉央だな。なまえの足を見てニヤニヤしてやがるし…その、服が短すぎるから馬とか乗るときに結構危ないんだよ!気付いていないだろう、お前!」

「え、そうなの?」

「糸凌と手合わせしている時も見えそうになっていることもあるからな!いいから、本当その服やめろ!」

「やめるのはできないですけども。」

「何でだ。」

「いや、だから、替えの服もないし…これ以上、この服は長くならないし。」

「だから育てばいいんだよ!気合いがあれば布ぐらいどうにでもなるだろうが!!」

「気合いじゃ布は育てないって!」


繰り返される会話。やっとその繰り返しから逃れられたと思ったのに、また布育てろに落胆。なんかちょっと面倒臭い田里弥に溜め息しか出ない。ていうか、倉央も亜花錦もそんなこと思ってたのか。糸凌にヤキを入れてもらおう、そうしよう

ヤキを入れてもらうのは、ともかく。まずはこのちょっと面倒な田里弥をどうにかしなければ。わたしの服はこの長さのものしかないわけだし、どうにかして納得してもらうしかない。しかしながら、さっきから繰り返される訳のわからない出口のない会話から納得してもらうのはなかなかに骨の折れる話で。とりあえず、と足が痺れてきたので正座からスッと立ち上がり俯く田里弥のそばに寄って、少し高い位置にある田里弥の顔を覗き込む。フイッと逸らされた頬を両手で掴んで無理矢理こちらを向かせれば、少し耳が赤い、眉間に大河を刻む顔がわたしを見つめている


「ねえ、田里弥。」

「何だ。」

「別にいいじゃん、言わせておけば。」

「良くない。」

「どうせ見るだけでしょ。」

「…どういう意味だ。」

「田里弥は倉央たちみたいに見るだけ、じゃないでしょ?」

「………まあ、そうだな。」

「見ることも、触ることもできるのは田里弥だけなんだから、いいじゃん。」


わたしの放った言葉たちに田里弥は少しムッとしたような顔をして思案しながらも、こくりと小さく頷く。おお、何とか納得してもらえたみたいだ。これで面倒な田里弥とはおさらば!と安堵したのも束の間、ぐいっと引き寄せられる体。腕を引っ張られてそのままわたしの体は体勢を崩して田里弥の方へ倒れ込む

ぎゅう、と苦しいくらいに人目も憚らず抱き締められて、面倒な田里弥の次は甘えたな田里弥ですか、なんてやれやれと肩を竦めながらも、そんな田里弥の背中に腕を回すわたしも大概だ


「なまえ。」

「何?」

「糸凌に服を借りることにしよう。」

「え?」

「長くて厚めの布で。何だったら甲冑でもいい。」

「丈が合わなさそう…そして重そう……。」

「文句は言わせん。絶対だ、馬鹿者。」

「…もー、仕方ないなあ。」


結局見せるのも嫌らしい。独占欲強いな!と思いつつも、それに幸せを感じてしまっているわたしもわたしだ。仕方ない、と頷いたわたしを見て、田里弥がわたしの手を取り、「さっさと借りるぞ!今すぐに!!」と駆け出して行きそうなほどの嬉々とした顔で一歩踏み出した


心配性なきみはとてもわがまま。
そんなきみがとても愛しい、なんて。


(お、なまえ、その服は糸凌のではないか。)
(へへ、いいでしょー。似合う?)
(似合ってはいるが…。)
(ギャギャ、勿体ない!)
(だって、田里弥。)


隣でフンッと鼻を鳴らし、したり顔のきみを見上げる。倉央もわたしに倣って田里弥を見つめれば、何かを感じ取った倉央が徐々に面白くないという顔をして二人の温度差にわたしはくすくすと笑いが込み上げて。きみ曰く、糸凌の甲冑を着ていればいいらしい。わたしにはよくわからないけれど、きみが満足するなら少しの重さや暑さは我慢してあげよう。心配性で独占欲が強くて時々面倒だけど、でも、それにも幸せを噛み締めちゃってるわたしはきみのことを言えないくらいの相当な重症患者

あとがき
ご乱心の田里弥。



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