何度でも言ってあげる

月曜日の朝。私はキャプテンの澤村先輩に入部届を手渡した。自己紹介の際に、私のハンデとかお話させてもらったけど、皆さん嫌な顔しないで、宜しくねとにっこり笑ってくれたので、歓迎されていると思う…!。清水先輩なんて『潔子先輩って呼んで』とお願いまでされてしまった!。あんな綺麗な人をお名前で呼べるなんて嬉しくて、ふにゃふにゃした顔で、お名前を呼ばさせて頂いたら、ぎゅっと抱きしめてもらっちゃった。凄くいい匂いした!潔子先輩、好きと思わず口から漏れた言葉に、潔子先輩も『私も沙智ちゃんのこと好き』って。えへへ、両想い。ひーくんに自慢したら、ボケと言われたけど、嬉しいから全く傷つかない!無敵である。

朝練は挨拶とボール拾いで終わってしまったので、放課後からちゃんとした練習に参加する。
身体と心臓のこともあって、体育の授業は不参加扱い(保健室でお勉強)なため、元々体操着やジャージを持ち合わせていなかった。そのため、朝にひーくんからお古のTシャツとハーフパンツ、そして学校指定のジャージをお借りしていた。
身長が全然違うけど、折ればいいかぁと借りたのはいいけど、

「流石にコレは……転んじゃいますよね…」
「そうだね。ぶかぶかすぎて可愛いけど」

くすくすと笑う潔子先輩の前で一回転してみたが、ズボンの裾を踏んで転びそうになる。上着は何とか腕捲りすれば手は出てくるけど、ズボンは捲ってもズレ落ちちゃうし、腰のところで折っても折っても足が出てこない。ズボンは諦めよう。ハーフパンツは履いてるから、許して欲しい。まぁ、そのハーフパンツも膝小僧すら出てこないんだけど。ひーくん、脚長すぎ!。

「沙智ちゃん。ファスナーは開けたままの方がいいかも」
「へ?」
「上着の丈長すぎて、ファスナーを閉めちゃうと履いてない様に見える」
「あわわっ」

潔子先輩の一言で慌ててファスナーを開けたのだが、

「ひゃっ、潔子せんぱ、い?」
「………開けたままの方が危ないから、これで行こう」

潔子先輩に勢いよくファスナーを上げられた。よく分からないけど、その目は本気で何も言い返せなかった。
そのため、潔子先輩が心中で「(肩から服がズレて、胸元までぶかぶかな格好を部員に見せられるわけない……完全に彼シャツだったわ…)」と思っていたことに気づくはずがなかった。

使わなかったジャージのズボンを一旦ひーくんに返しに行く為、潔子先輩と別れ、部室棟に向かう。
向かう途中で蛍くんと忠くんの背中が見えた。

「蛍くーん、忠くーん!」

声を掛けると、2人は振り返り、忠くんは手を振ってくれたので、私も振り返す。蛍くんは口パクでうるさと言っているのが見えた。2人の元に駆け寄った。

「部室棟に向かってるよね?一緒してもいい?」
「沙智、あんまり走らないで。また倒れるよ」
「いいけど…。沙智ちゃん、何か用があるの?」
「はぁい。あのね、ひーくんにジャージを返しに行きたいの」

蛍くん、ひーくんと同じこと言うなぁ、仲良しさんなのかなと思ったが、先に忠くんからの質問に答えることにした。手に持っていたジャージのズボンを見せると、忠くんはなるほどねぇと言った。

「もしかして沙智が今着てるの、全部王様の?」
「うん?。ジャージもそうだけど、中に着てるTシャツとかもひーくんから借りたの」

見てみてとジャージのファスナーを下げると、蛍くんが「はっ!?!バッッッカじゃないの!?」と私の手ごと掴んでファスナーを上げた。急な行動と罵倒で何が何だか分からず、首を傾げてしまう。忠くんに視線を向けるが、忠くんも何故か顔が真っ赤に染っていた。あ、熱いのかな……??。

「ほんと、バカ!痴女なの!沙智は!」
「ち!?そんな訳ないじゃん!」
「そもそも王様と40cmくらい差があるのに、何で王様から服借りるのさ!日向から借りなよ!!」
「だって、ひーくんが貸してくれるって言うから…」
「自分がどんな格好になるか想像もしなかったでしょ!。ほんとバカ!!!」
「うぅ、怒らないでよ……」
「まぁまぁツッキー、落ち着いて」
「チッ。絶対上着脱がないでね、沙智」
「あつ「脱ぐな」はい」

蛍くんにギロリと睨みつけられ、思わず反射で頷いてしまった。あの目、ひーくんに似てる……。助けを乞うように忠くんに視線を送るが、忠くんもそれがいいよって同意してる。そんなにみすぼらしい格好なのかな。ひーくんのお古って言っても綺麗な服だったし、ジャージも学校指定の奴だから最近買ったものなんだけど……。
歩きながら考えていると忠くんから、そもそも何でひーくんから服を借りているのかと質問されたので、基本体育は保健室で見学のため、使わないと思ったから買わなかったのって返事をすると、また蛍くんに「計画性がない。バカじゃないの」と怒られてしまった。
今日の蛍くんはご機嫌ななめらしい。さっきからすごい勢いで怒られ続けてるもの。

そうこうしている内に部室棟に着いた。バレー部の部室は2階らしく、蛍くんと忠くんの後を着いていく。2人の壁のせいで気が付かなかったのだが、前から誰か歩いてきていたようで、

「アララ〜ごめ〜ん。小さくって見えなかった〜」
「にっひひ」

蛍くんの小馬鹿にする声と忠くんの笑い声が聞こえた。話からして誰かとぶつかった様だ。敬語じゃ無い当たり先輩ではなくて同級生…ひーくんか、翔くんだろうか。でも、2人なら条件反射の様に言い返して来そうだが、特に相手から返事がない。大丈夫かなと、蛍くんの横から顔を出してみると、そこには

「あ、翔くん」
「…………あ、沙智ちゃん。おはよ」
「えっと、大丈夫?」
「………うん、明日頑張るから、俺が全部…」
「??」

虚ろな目で翔くんは言うと、フラフラとした足取りで私たちを追い越して言った。どっからどう見ても大丈夫そうに見えないのだけれど。

「なんだアレ」
「?さあ…?」
「元気なさそうだったよね、翔くん」

3人して首を傾げていると、私たちが向かっていた部室の扉が開いた。開いたのに誰も出てこなくて不思議に思っていると、田中先輩が走って出てきて

「わっ、何、真っ暗!」
「ツッキー、ナイス!」
「…………」
「へ、蛍くん?何で目隠し?」

突然蛍くんに目隠しをされた。何で?。目隠しをするってことは、変なものでも居たのだろうか。でも、出てきたのは田中先輩くらいだったし……。うーん?と考えていると

「日向!それ俺のジャージだよ!」
「あ」
「何やってんのよ、田中!変態!!」

その言葉を最後に扉が閉まる音が聞こえた。全く状況が分からない。翔くんが田中先輩のジャージを持って行ってしまったことは分かったけど、目隠しをするほどの何かがあったように思えないんだけど。そう思っていると目隠しが外されて、急に視界が明るくなって眩しい。ぱちぱちと瞬きをし、目を慣らしていると、

「あ、ひーくん!」
「…沙智。なんか用か?」
「ジャージをね、返しに来たの。ズボンは流石に履けなかったから」
「身長差あり過ぎだからな」

ひーくんにジャージを渡し、さっきの翔くんの事を伝えてみる。ひーくんも何か思うところがあったようで、少し考え込んでいたが、

「なぁ、俺、余計な一言なんて言ってたか?」
「自覚無しなの王様、流石に引く」
「うわ……」
「あ゛ぁん?何だよ!月島、山口!!」
「す、素直なだけだもんね、ひーくん」
「沙智、王様なんかフォローしなくて良くない?事実を言った方がいいって」
「何、沙智と仲良くしてんだ、月島!」
「心狭っ。独占しすぎると沙智に嫌われるよ〜?」
「あ゛ぁ!?」
「あわわ、喧嘩しないで!。大丈夫だから、ひーくんのこと好きだから!」
「ツッキーも落ち着いて、気を鎮めて!」

部室前で喧嘩したら、先輩たちに怒られちゃうよ!。



prev back next
top