幸福の下準備

「ただいま」
「おかえりー。飛雄、聖くん来てるわよー」
「おー、じゃあ沙智の家に………は?」

部活が終わり、一旦荷物を置いてから沙智の家に行こうと思って帰ってきたのだが。
母さんからの一言で靴を脱ぎ捨てて、階段を駆け上がる。後ろから走らない!と怒られたが、謝る時間も惜しい。ドタバタと走り、勢いよく自分の部屋の扉を開けると、そこには

「飛雄、お前、エロ本もAVも1つも無いってどういう事!つまんなすぎ!!不能かよ!!」
「……聖さん、何してんですか…」

机やベット周りを散らかしに散らかした部屋で、沙智の1番上の兄、聖は仁王立ちで俺を待っていた。


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「それで、マジで何しに来たんですか」

聖さんが散らかしたものを何故か俺が片付けながら問いかける。聖さんは「僕はお客様だから♡」と言うと俺のベットで横になりながら、俺のバレーボールでオーバーパスをやっていた。元々この人はなんでも出来る天才型であり、ボールを扱う指先は俺が嫉妬してしまうほど綺麗だった。クソ、負けねェ……。

「飛雄で遊ぼうと思ってさ」
「俺、玩具でも何でもないんスけど。沙智には会わなかったんスか?」
「は?馬鹿なの飛雄。ちぃちゃんに会ってから、お前に会いに来たに決まってんじゃん。僕の中で最優先事項はちぃちゃんなの、お前じゃねぇーわ」
「あーはい、そうですね」
「ちぃちゃんより先にお前に会いに来るなんて、地球が逆回転するくらい無いね、ナイナイ」
「そうですね」

返事するのが面倒になってきた。適当に右から左へ受け流しながら、「そうですね」を繰り返す。でも、流し過ぎると「ちゃんも聞けよ!」と怒り始めるので、適度に返答を変えて聞いてます感を出す。雅さんから教えてもらった『聖対策その22.面倒くさくても雑には扱わないこと』。今回もこの対策が上手く言っているようで、沙智が可愛いとか仕事ダルいとか何とか機嫌を損ねず会話が続いている。ありがとう、雅さん。心の中でお礼をしておく。

「飛雄。お前、ちぃちゃんのことまだ好き?」
「?。まだも何もこれから先、ずっと好きですけど」
「あっそ。まあ、僕の方が大好きだけどね」
「俺の方が好きです」

多分本当なら「そうですね」って返すべきだったのだろう。だけど、この張合いには負けられなかった。
聖さんはパスを止め、ボールを持ったまま「ウッザ」と呟いた。好きなものを好きと言っただけだし、俺の方が好きだと言うことは間違ってないと思う。
きょとりとしてると、大きな溜息を吐かれた。

「ま、沙智もお前のそういう所が好きなんだろうな」
「……はぁ」
「僕も雅も沙智を愛してきたけど、誰よりもあの子の隣にいて、涙を拭ってやったのはお前だもんなぁ…。ほんと、ムカつく」
「………」
「ちぃちゃん。バレー部のマネージャーになりたいんだってさ」
「………え」
「飛雄、今の烏野はどんな感じ」

今日初めてこの人と目が合った。
どんな感じ?。日向、月島、山口、澤村さんなど全員の顔を思い浮かべる。ド下手くそな奴が1名居るが、それでもあのチームは

「面白いです」
「そ。なら、任せるわ」
「ッス」

聖さんはそう言うと立ち上がり、「仕事だから帰るね」と一言。この人、本当何しに来たんだ?。俺の部屋を荒らすだけ荒らして帰る気だぞ。
玄関まで見送る途中、念の為もう一度何しに来たのかと聞いたが、「僕に2度も同じこと言わせる気?」と怒り出したので謝っておいた。地雷がわからなさ過ぎる。

「じゃーね、飛雄。ちぃちゃんに手を出したら殺すし、まだ結婚は認めてないから」
「まだ年齢が足りないんで、別今はいいです」
「年齢足りても許しませーーーーん」

両手をクロスさせて大きなバツを作りながら、聖さんは家を出ていった。最後に捨て台詞のか様に、「ちゃんと守れよ」と一言残して。


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聖さんが帰ったあと、部屋の片付けを終え、今度こそ沙智の家に向かった。そこであの人が言っていた言葉は本当だったことを知り、次いでに大地さんに入部届を渡すのを見守っていて欲しいとお願いされた。

中学の時も、沙智は入部しないかと言われていた。だけど、結局身体のこともあって断っていた。高校に入って、俺も一緒にどうだと誘ったが、その時も曖昧に笑うだけで、いい返事は貰えなかった。入学して1週間とちょっと。その間に沙智の中で意識が変わったってことだ。多分あの3対3のおかげだろう。俺が変えてやりたかったと思わなかった訳じゃない。だけどまぁ、結果オーライとしよう。これで朝も帰りも一緒に行動できる。無理に朝練のために起こすのも、図書室で待たせるの嫌だったし。

そして、月曜日の朝練。

「1年3組、白崎沙智です!。一生懸命皆さんの力になれるように頑張ります、よろしくお願いします!」



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