ほどけない赤い糸

『そんで、お姫様は貰っちゃうから、ね♡』

ぐるぐると頭に及川さんの言葉が巡る。
昨日の夜から考えていたが、やっぱり及川さんも俺と同じ気持ちを沙智に向けている。
取られたくない。奪われたくない。怖くて仕方ない。沙智が俺の手を解いて、及川さんと繋がってしまうのが怖くて、嫌で、苦しくて。
バスに揺られながら、宝物の手を繋ぐ。ずっと一緒だった。これからもずっと一緒に居るはずなのに。
1度もあの人に勝てた試しがないせいで、嫌な想像しか出来ない。

嫌だ、嫌だ、嫌だ!!。
バレーも、セッターも、何より沙智の事であの人に負けたくない!。それ等が俺の全てなんだ。
全部零れて、何もかも無くなったら、俺は一体どうすればいいんだ。今迄どうやって息をしていたか、生活していたか、何を想っていたのか全部わからなくなってしまう気がした。
バレーもセッターも辞めるつもりはないし、これから先選手生命を切る様な怪我もし無いと決めている。沙智も俺の事が好きで、ずっと一緒にいるって約束してくれている。なのに、何でこうも弱気になってしまうのか。ぐるぐる考えていると、目の前にスマホの画面を向けられた。そこには、

『ひーくん』
『私が一番好きなのはひーくんだよ』

メモ帳に書かれた恋文。
嫌な想像で靄が掛かった頭がクリアになる様なそんな一言。なんて事ない、何時も沙智から言われる言葉。だけど、俺を救うそんな一言。

俺がちゃんと読んだってことが伝わったのか、再び沙智はメモ帳に文字を打っていく。数十秒掛けて文字を綴り、再度俺に画面を向けた。

『皆、寝てるみたいだから文通ね?』
『私はひーくんが好きで一緒にいて、将来結婚してひーくんを支えるって決めてるんだからね!』

はい、と声なく渡された沙智のスマホ。
隣や斜め前の席を見ると寝ている奴らばかりで、バスの中は静まり返っていた。

『俺もお前が好きだ』
『だけど、』

その後の言葉が続かない。
怖いなんて書いたら、沙智に幻滅されるんじゃないかと思ってしまう。此奴はそんな事しないのに。
自分でも分かるほど、今の精神は弱り切っていた。自分でもわかるってことは周りの奴らも、其れを感じ取れるって事で。

沙智は俺からスマホを奪い取って、

「っ!?」
「んっ……ちゅっ」

グイッと胸元を引っ張られたと思ったら、唇が塞がった。直ぐに離れてしまったが、今のは俺が夜な夜な沙智にやっている事で、

「私の初めてあげたから」
「………は」
「ちゃんと責任、取ってね。ひーくん」

夕日に照らされながらにぃっと笑う沙智が居た。何時もとは違う悪戯成功した、悪い顔で。なんだよ、その顔、初めて見た……かわ、あぁくそ!!!!。

其れに責任って。俺はあの日お前にプロポーズした時から果たすつもりだったし、夜中に色々借りてる手前責任は取るって、取るからキスしたり色々やって……最後まではしてねェけど!!!。

何より本当は初めてじゃねェけど、此奴にとっては初めてで、お互い意識があるときやったのは初めてのキス。女にとってファーストキスって大事なんだろ。…まぁ、本当のファーストキスは俺が小学1年生の時に寝てる沙智から奪ったんだけど。いや、そんな話をしたい訳じゃなくて、そんな大事なものを、此奴は俺が凹んでるから、励ましたいから、たったそれだけの為に俺にくれたんだ。

ギュッッッと心臓を鷲掴みにされる。脳も身体も心も何もかも沸騰して、全部全部此奴にその想いを伝えたくて、

「んんっ!?」

窓際に沙智が座っているのをいい事に追い込んで逃げ道を塞ぐ。後頭部が窓にぶつからない様に手を回して、ぐっと此奴の呼吸ごと奪っていく。
沙智から貰ったお遊びの様な接吻ではなく、全部与えて全部奪うそんなキスを。だけど、一応"初めて"の此奴を怖がらせないように、優しく慎重に。唇を優しくノックすれば、驚いた沙智の口が少し開いた。その隙間に差し込んだ舌が水音を立てる。

「んッ…ンぅ…ふ、ぁっ…んん!」
「…ちゅっ…ン…はぁ」

夢中になって貪った。沙智の唾液を飲み干したくて、俺の唾液を飲んで欲しくて、このままぐちゃぐちゃになればいいって思った。
だが、ドン!と胸を叩かれて、吹っ飛んでいた理性が戻ってくる。やべ、ここバスで沙智は自称初めてだった。

「わ、悪ィ…!」
「はっ!…けほっ、けほ、ハァーハァ……」

咳き込む沙智の背中を擦りながら、今更ながら辺りを見渡す。一応こっちを見てる奴はいない。隣も斜め前もまだ寝てるし、前と後ろの人に覗き込まれていた心配も無さそうだ。良し、多分バレてない!。
俺と沙智の間に落ちていたスマホを拾い、『やりすぎた』『沙智が可愛すぎてダメだった』『他の奴にはバレてねェから安心しろ』と文字を打って、沙智に見せる。沙智は涙目でその文字を読んでいるが、涙目に苦しかったせいで赤く染まった頬が、もうそういう顔で…………写真撮りてェ。

此の儘沙智のスマホでエロい沙智を撮りたいが、流石に其れは辞めろと先程戻ってきた理性が訴えてくる。
そんな事を考えているとスルりと俺の手からスマホを奪われ、沙智は疲れているせいもあるのか先程より更にゆっくりに文字を打ち込んでいく。手持ち無沙汰になった俺は沙智の手を取り、その手を自身の頬に当てる。ちょっとだけ熱い。やっぱり無理させたか…。だが、これ以上の事を何時かはする。沙智の体力をつける的な意味で、少しは無理させた方がいいのか……?。
すりすりと沙智の手を勝手に借りて、頬擦りしていると、沙智も文章が完成したらしく、潤んだ瞳に赤い顔でその画面を俺に見せた。

『おとなのちゅう、びっくりしました』
『でも、ひーくんとできて、しあわせ』

俺も幸せと言おうとした。
だが、またしても沙智に腕を引っ張られ、耳元で




「がまんするから、おうちで…もういっかい…」




「お前は俺をどうしたいンだよ……!」

そう呟いて、本能のままその唇を塞いた。沙智は家でって言っていたのに、そんな事吹っ飛んで、誰かの声が聞こえてくるその時まで、何度も何度も角度を変えながら唇を重ねた。

我慢なんて出来るか、こんなに可愛いお強請り叶えるしかないだろ。
及川さんより、俺は一生沙智に勝てる気がしない。





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