こんなにもあたたかな

とある夏の日の出来事。

昨日まで合宿だったせいで、今日の部活は休みだった。自主練もコーチから禁止されているせいで、走り込んだり筋トレも出来ねェ。明日は暇だなと昨日帰る時に沙智と話したら、「夏休みの宿題があるでしょ!!」と怒られた。やべ、すっかり忘れてた。
もう夏休みの残り日数の方が少ない。終わるか、これ……と俺の焦りが伝わったのか、今日は沙智の家で宿題をやることになった。昼飯食った後に、1人では全く進むと思えない課題全てを手にして、沙智の家に赴いた。

近所って言っても門までが遠い。
たった数分歩いただけで、汗が吹き出してきた。

「あっっちぃ………クソ、太陽…早く沈め…」

太陽を睨みつけながら、やっとの事で沙智の家の門まできた。掌の汗を服で拭い、チャイムを鳴らす。着いて早々悪いけど、竜胆さんに麦茶とか貰おう、暑くて死ぬ。だが、何時まで経ってもチャイムの向こう側から竜胆さんの声が聞こえない。珍しい、何時もなら鳴らして直ぐに声がするのに。もう一度鳴らしてみたが、無音。沙智から今日の勉強会を誘われたから、家には居るはず………寝てんのか?。そう思った瞬間、暑さも相まってブチッと血管が切れた。
こんのクソ暑い中来てやったのに、彼奴はクーラーの中ですやすや寝てんのか、叩き起す!!!。

ズボンのポケットにしまっていたケータイを取り出して、履歴の1番上にある沙智に掛ける。プルルルとな鳴る呼出音にも腹立つ。暑い、早く出ろ、寝てんな、暑い暑い暑い暑い!!!。
俺のイライラがMAXに達したその時だった。コール音が止み、「ひーくん」との声が聞こえた。
寝起きの声ではなかったが、俺の怒りは収まらず、文句を言おうとしたが、

「おい、沙智!!。お前が誘ったのにな「かき氷作ろ!!!!」………はぁ?」


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□


「そんで?其れが」
「お父さんがくれたかき氷機!」

机の上に置かれたかき氷機を自信満々な顔で見せてくる沙智。何でも沙智の父である肇さんが、会社内で行った納涼会で貰ったものらしい。まあ、肇さんも聖さん、雅さんもこんな物をつかう姿想像出来ねぇから、沙智にあげるのは分かる。現在進行形でめちゃくちゃ喜んでいるし。無邪気な沙智が可愛くて、思わずカシャッとケータイで写真を撮ってしまった。……可愛い、保護しておこう。

沙智はこのかき氷機専用の氷ケースに水を入れ、氷ができるのを待ちながら、かき氷のレシピを漁っていたせいでチャイムの音に気づかなかったらしい。
本当此奴、ひとつの事に夢中になったら、周りが見えなくなる癖どうにかしろよ。冷えた部屋と冷えた麦茶のおかげで何とか回復したが、熱中症になってぶっ倒れるところだったんだぞ。

「ごめんね、ひーくん。頭、ボーっとしてない?」
「…もう謝らなくていい。涼んだし平気だ。それより竜胆さんは?。カヴァスも居ねェし」
「カヴァスのトリミングに行ってるよ。予約が取れたのが午後だったから、私はお留守番なの」
「………おい、竜胆さんはお前が今から出掛けようとしてんの、知ってんのか?」

いそいそと小さなバックに財布やエコバッグを詰めていく沙智に向けて言えば、彼女はにっこり笑って、

「内緒!」
「……買いに行くの禁止」
「ああっ!返してよ、ひーくん!」

ひょいっと沙智のバックを掴み、頭上に持ち上げれば沙智にはもう届かない。返してぇとぴょんぴょん跳ねる沙智の頭を抑える。そんなに興奮したら、お前の心臓が壊れちまうだろうが!。

「はしゃぐな!落ち着け!。お中元で届きまくったカルピスで我慢しろよ」
「でも、ひーくんの好きなブルーハワイ味ないもん!」
「別にそんくらい我慢出来るわ、ボケ!。出掛けてる最中に竜胆さんが帰ってきたら、お前がいなくなったって大騒ぎになるんだぞ!?」
「うぅ、でも、でも、りんちゃんに言ったら駄目って」
「なら尚更カルピスで我慢しろ。竜胆さんが帰ってきたら、買い物に行っていいか聞いてやるから」

沙智はこんなんだが、大手スポーツメーカーの長女であり、大金持ちの家の娘だ。ガキの頃に誘拐1歩手前の事をされた事は何度もある。その度に俺や聖さん、雅さん、そして竜胆さんが守ってきたのだ。特に中学になって、1人で宮城に残ることになった沙智の生活と安全を護り、支えてきたのは竜胆さん。その事を分かっている沙智はそれ以上我儘を言わずに、小さな声で「………分かった」と呟いた。みんな、お前に何かがあったら嫌なんだよ。そんな思いを込めて頭を撫でれば、胸に擦り寄ってきたので、そのまま抱きしめた。

「わがまま、言って……ごめんなさい…」
「おう」
「りんちゃん、メロン好きだからメロン味買ってきたら喜ぶかなって思ったの」
「メロンじゃなくたって、あの人はお前が用意した物なら何でも喜ぶだろ。……其れに今買いに行っても氷は出来てねェし、外の暑さで熱中症になる」
「んん…ひーくんに正論言われた、くやしい…」
「あ゛?」
「ふふっ」

鈴のような軽やかな笑い声。調子が戻ってきたみたいだ。よかったとこっちを見てないことをいい事に、沙智の後頭部に唇を落とした。

「んー?ひーくん、何かした?」
「何も。沙智が可愛いって思ってた」
「っ!」
「お、顔真っ赤可愛い」
「うるさいの!。意地悪やだ!」

今度は拗ねた沙智は、俺から逃げるように俺の腕から、そして部屋を出ていった。
転ぶなよと背中に声を掛けたが、べっーと舌を出された。舌べらちっさ、アイツ。どーせ自分の部屋に戻って行っただろうなと考えて、俺は課題を入れたバックを持って、沙智の後を追った。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□


「なら、夕飯の食材を買いに行く時に一緒に行きましょうか」
「!、やった!りんちゃん、ありがと!」
「ワンワン!」

夕方頃になって帰ってきた竜胆さんに、沙智が無断で買いに行こうとしたことは伏せて、かき氷のシロップを買いに行きたい旨を伝えれば、先程の返事が返ってきた。沙智は竜胆さんの返答にぴょんぴょんと兎のように喜び、主人が嬉しいと思っているのが伝わったのか、カヴァスも沙智の周りをクルクル回りながら鳴いている。

「ふふっ。でも、良かったです。お嬢様なら俺が居ない間に勝手に買いに行くと思いました」
「…………ソンナコトナイヨ」
「………お嬢様」
「えっと、その…カヴァス!荷物取りに行こ!」
「?わん!」

さっきまで跳ねていたのにピタリと止まり、竜胆さんの視線から逃げる様にカヴァスを連れて部屋から出ていった。沙智、バレバレだぞ。思わず竜胆さんを見ると、彼も俺を見ていたらしく視線が交わる。
『そういう事です、竜胆さん』『やはりそういうことですか』とアイコンタクトを交わし、最後に一緒のタイミングで頷いた。

「飛雄様が居てくれて助かりました」
「いえ。俺も沙智に何か合ったら嫌なんで」
「……お嬢様は何かと飛雄様と一緒にやりたがりますので…。飛雄様、お嬢様の事よろしく頼みますね」
「…ウス!」
「さて。お嬢様が戻ってくる前に俺達も準備しましょうか。因みに今日の夕飯はお嬢様が好きなオムライスする予定ですけど、如何致します?」
「食べてきます!!親に電話してきます!」


そうして、やってきたスーパーマーケット。
竜胆さんは入口からぐるりとまわるとの事なので、俺らは先にシロップが有りそうな菓子売り場に来ていた。そんなに大きなスーパーじゃねェけど、沙智が離れるのが嫌だから、握った手に更に力を込めた。

「ひーくん、ひーくん!お菓子たくさんっ」
「そーだな。沙智、迷子になんなよ」
「ん。……あ、たまごボーロ。私、これ好き」
「……それ食べた気しなくねーか?」
「甘くて美味しいからいーの」

これも好き、このお菓子何?とか沙智と話しながら菓子売り場をぐるり。そうして見つけたかき氷のシロップ。いちごとメロン、ブルーハワイにみぞれの4種類が置かれていた。

「ひーくんはブルーハワイ!」
「沙智はいちごだろ」
「うん!りんちゃんはメロンで、にぃとにには」
「あの2人は沙智と同じでいいだろ。肇さんは……みぞれか?」
「ん!」

カチャカチャとガラスの容器を鳴らしながら、棚から取り出す。沙智にメロンとみぞれを、俺がいちごとブルーハワイを持つ。本当は俺が4本持ちたいが、俺が今全部其れを持つと沙智が怒りそうで辞めた。
多分かき氷を食べるのも楽しみなんだろうが、其れよりも誰かと買い物に出掛ける事が嬉しい筈だから。俺は此奴の楽しみを奪いたい訳じゃねェ。全部やってやるのではなく、一緒にやるってことが大事なのだ。

目的の物を見つけたので、今度は竜胆さんを探していると、彼は生肉売り場に居た。隣を歩く沙智も竜胆さんが目に入り、本能的に走り出そうとしていたが、手を引っ張って止めた。走んな、危ねーだろ。

「りんちゃーん、シロップね、見つけたよ〜」
「おや、良かったですね…って、4種類も買うのですか?。いちごとブルーハワイは兎も角メロンとみぞれなんて、お嬢様食べたこと無いですよね?」
「この2つはりんちゃんとお父さんの」

そう言いながら竜胆さんが持つ籠にシロップの瓶を入れていく沙智を真似て、俺も入れていく。籠の中にはオムライスと聞いていたとおり、卵と鶏肉に玉ねぎが入っていた。そして明日用なのか食パンとハム、ツナ缶等も入っていた。明日はサンドウィッチだな。
俺も沙智には甘いが、この人も大概甘い。デミグラスソースのオムライスも、サンドウィッチも沙智が好きなものだ。今日勝手に買い物に行かなかった件で、言葉でも褒めていたが、ご褒美として好きな料理を並べているあたりこの人らしい。
しかも、このスーパーにあったシロップ全部買おうとしていた時は少し顔を歪めていたが、理由が自分の為と知った竜胆さんは、「それは仕方ないですね。…明日のおやつはふわふわのパンケーキにしますか。あ、いちごのシロップに練乳を掛けても美味しいですよ。買いましょうか」と、またしても好物を与え、財布の紐も緩くなっていた。単純、チョロいとか思うけれど、

「本当!?やったぁ、明日楽しみだなぁ。あと、練乳いちごも食べてみたい!。ひーくん、りんちゃん一緒に食べようね!」
「おう」
「えぇ」

にこにこ笑う沙智が見れるなら、それでいいかと思ってしまう俺も、きっと周りからはチョロい奴だと思われているに違いねェ。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□


「かき氷、美味しそうだね。ひーくん!」
「そうだな。……雪みてェにふわふわしてる…」
「………はい。お待たせしました、完成ですよ」

きゃーと沙智の拍手と共に俺たちの目の前に並べられた練乳いちごとブルーハワイのかき氷。竜胆さんの前にもメロンのかき氷が置いてある。今日の食後のデザートはかき氷。肇さんがくれたかき氷機だからか、無駄に高性能らしく、俺がよく見る手動式の物ではなく、ボタンを押せば自動で氷を削り、削った氷は雪のようにふわふわしていた。祭りの屋台のヤツとは大違いだ。
スプーンで掬った氷を口に入れれば、あっという間に溶けて消えた。うわ、何だこれすっげ!。

「ふわふわ美味しぃ…!」
「こんなかき氷初めて食いました…。あっという間消えた……」
「おふたりがお気に召した様でなによりです。旦那様も喜んでおられますよ」
「もう一杯おかわりしたいくらい好き」
「ふふっ。でも、お嬢様。おかわりは駄目ですからね、お腹壊しますよ」
「むぅ……」
「飛雄様は如何致しますか?氷はまだありますよ」
「マジっスか!お願いします!」
「あ!!ひーくんずるい!」
「何口かわけてやるから、はしゃぐなボケ!」

空になった器を竜胆さんに渡し、再び氷が削られるのを待つ。沙智は少々不貞腐れていたが、早く食べないと溶けるぞと言ってから、意識が氷に向いた。そして、

「ひーくん、あーんして」
「あ」
「あーん。…おいし?」
「甘ェ」
「ふふっ。あ、今ひーくんの舌、真っ青だったよ」
「そういうお前は真っ赤だったぞ」
「ほんと!。あ、りんちゃんは?舌、緑色してる?」
「多分緑ですね。…ほら、お嬢様。氷、溶けだしてますよ」
「あわわ、本当だ!」
「食べたり、喜んだり、不貞腐れたり、忙しい奴だな沙智は」

コロコロと可愛らしく表情を彩る沙智。こんな当たり前のような風景を俺と竜胆さんは優しく見守る。俺たちがずっと望んでたものが、此処にあるから。
しんどそうな沙智も、痛がる沙智ももう見たくない。こんな掛け替えのない当たり前の風景が、これから先ずっと続けばいい。そして、沙智の隣に俺が立っていれば、それだけでいい。






ある夏の日の出来事。
当たり前の事に泣きそうになった日の話。

prev back next
top