泣かないで、可愛い人。



学校に戻ってきて、体育館を掃除しているみんなを見ながら、バスに乗る前の出来事を思い出す。


「烏野の"守護神"…??」

守護神って言うことはレシーブが上手なのだろうか。もしかしてリベロとかかな。だけど、守護神なんてかっこいい異名を持っているのに、何で部活に参加して居ないのだろうか。…怪我とかかな。

「何だ、他にも部員居るんですか!」
「…うん。居るよ」

そして、ひーくんの質問に答えた、あの時の菅原先輩の返答が何やら重みがあった。その守護神さん以外にも、部活に来ていない人がいるって事だろうか。
んん〜、いくら考えても私たちが入学する前の出来事を想像するのは難しい。とりあえず、リベロはちゃんと居て、リベロの他にあと1人以上の部員がいる事が分かって良かった。


ふぅと息を吐いて、手持ち無沙汰だから私も手伝おっと。と、何時もの流れでひーくんに話しかけようとしたけど、

「っ!?」

バスでファーストキスしちゃったんだった…!!。
しかも、なんかオトナのキスも……ぴゃーー!!!。思わず、自分の唇を触ってしまう。変な声出てた気がする、あの時のひーくんえっちだった…うぅ。お腹の奥がきゅっと熱くなる。ひーくんを元気づけられるなら、私の初めてをあげようと思った。だから、勇気を振り絞ってキスしたのに、ひーくんは、舌を……。

「うぅ〜〜〜!!」

部活中なのに!忘れたいのに、あの時のひーくんの顔が忘れられない。当の本人は眠そうな顔でモップがけをしていた。……私の気持ちも知らないで!。
でも、今日はひーくんに乱されてばっかりだ。パンツ然り、キス然り。私ばっかりいっぱいいっぱいでズルい。ひーくんも私でいっぱいいっぱいになればいいのに。何かいい方法ないだろうか。うーん…?。

「さっきから何、百面相してんのさ」
「あ、蛍くん」
「悩み事?」
「えっと……」

『今日ひーくんに自分のパンツ履かされて、写真撮られて、バスの中でオトナのキスされたから、私もひーくんをぎゃふんって言わせたいの』なんて言ったら、蛍くんに今度こそ痴女の烙印を押される。
んん、なんと言えば…。

「んと、ひーくんに意地悪?されたから、こう……やり返したいなぁって……?」
「何でそんなに疑問形なの…」
「え、えへへ……」
「はァ…王様に沙智の事泣かせないでって言ったのに、沙智泣いたの?」
「へ?」
「目元赤い。バス乗る前はこんなんじゃ無かったでしょ。何されたの」

蛍くんの指が私の目元を触る。大丈夫?と労わっているように優しく。何をされたのって質問されても、上手く答えられない。キスしてましたなんて言える訳ない。其れに"私の事を泣かせないで"ってどういう事だろうか。何で蛍くんが私が泣くのを嫌がるんだろう。泣くとうるさいから、かなぁ。初めて蛍くんと会った時も大泣きしてた時だから、慰めてくれてはいたけど、本心では五月蝿いって思ってたのかな。ちょっぴり悲しい気持ちになる。でも、迷惑かけたのには変わりない。

「沙智?」
「いえ、ない…です」
「は?」
「後、泣いちゃってごめんなさい…」
「はァ???」

あんまり泣かないようにしてるけど、蛍くんの前では絶対に泣くの辞めよう。
あたふたして熱かったはずのお腹がひんやりしてる。気持ちも落ち着いて、悲しい気持ちに変わっている。さっきまでひーくんの所に行くのは嫌だったのに、今は少しでも触れていたいと思ってる。
本当我儘で現金な私。
謝罪と共にお辞儀をして逃げるように蛍くんの隣をすり抜ける。だけど、

「待って」
「っ!」
「何を勘違いしてるのか知らないけど、君が謝ることして無い」

パシリと掴まれた腕。掴んだ相手は言わずもがな蛍くんで、その顔は少しだけイラついているような。

「………でも」
「でもじゃない。僕が怒ってるのは王様。沙智じゃないから謝罪は要らない」
「え、何で…ひーくん?」
「約束破ったからだけど?。僕、沙智には成る可く笑ってて欲しいんだよ」
「あ……」
「もうあの時みたいに泣いてる君を慰めるのは御免だから」
「うっ…あの時は大変ご迷惑をお掛けして…」

よく分からないけど、蛍くんは慰めるのが嫌だったって事…なのかな。でも、私に成る可く笑っててなんて、ひーくんと同じことを言っている。泣くなら嬉し泣きにしてって無茶な事を言われたんだったなぁ。

もし、蛍くんもひーくんと同じで、私を心配してそう言ってくれたなら嬉しいなぁ。大切にされているって感じる。えへへ、嬉しい。私もそう思ってくれているひーくんを、蛍くんを大切にしたい。大切に思われてる私を少しでも大切にして生きたい。
さっきまで雨が降っていた感情が、ふわふわと浮ついた気持ちになる。

「フン。それで?」
「ん?それで??」
「何で泣かされたの?。王様の自己中発言のせい?それとも何、暴力とかそういう事?もしそうなら今すぐ警察に通報する」
「ぴゃ!違う、違うよ!。何も言われてないし、痛いこともされたいから!」
「じゃあ、何」

ずいっと顔を近づけてくる蛍くん。視線が外れなく、圧も強い。あうあう、どうしたら。どう誤魔化せば…。蛍くんの目が全部を見通してきそうで、ギュッと目を閉じていると、

「答えて、沙智」

耳元で呟かれた言葉。優しく消えちゃうくらいの儚い声は耳を擽らせるのに充分で、「んんっ」と思わず声が漏れた。その声はあの時ひーくんとキスした時と同じような声で。またしてもあの時を思い出して身体が熱くなる。もうやだ、蛍くんも私を掻き乱してくる。恥ずかしい、もうお腹いっぱいなのに。
恐る恐る目を開けば、にっこり笑顔の蛍くん。余りにも綺麗な笑顔に、腹立たしさも思えてきた。

「教えてよ沙智。僕は君の味方だよ?」
「………ち」
「ん?」
「…けいくんの、えっち」

精一杯睨みつけてそう言えば、蛍くんはにっこり笑顔のままピシリと固まってしまった。あれ?コレは大丈夫なのかな…?。声を掛けようか迷ってると蛍くんは、1歩、2歩、そして3歩とどんどん後ろに後退し、私との距離が1メートルくらい離れるとその場で止まった。

「け、蛍くーん……?」
「…ず…………」

何やら天を仰いで何か言っているけれど、コレは逃げるチャンスなのでは…!。もう尋問はやだもんね!と、私はその場から逃げ出した。とりあえず、

「ひーくん、助けて!」
「あ?」








「ツッキー、モップ片付けないの…って、大丈夫?」
「………………………………………………だめ」
「ツッキー!?!?!?」




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