小さな頬を膨らませる

「中華まん?。さっきサッカー部の奴が買ったのが最後だ。そんで今日はもう終了!」

ひーくん、田中先輩と翔くんに連れられ寄った坂の下商店の店員さんがそう言った。残念、今日はお財布持って来たから、買ってみたかったのに。中華まんは諦めて、違う物でも買おうか。……お菓子食べたい。そっとひーくんの傍から離れようとしたが、何かを察したのかひーくんに手を掴まれた。ちょっと引っ張ってみたけど、ビクともしない。うーん、今日はお買い物禁止らしい。残念。
田中先輩と翔くんは体育館を出たと同時にお腹が空いてたぁあ!って叫んでたから、店員さんに向かって「職務怠慢だーっ」とか「腹減った〜」とクレームをつけている。小さな子どもみたいで面白い。ふふっと笑っていると、流石の店員さんも怒り出して

「うるせぇえ!!。何時も買い占めやがって、偶には我慢しろ!。さっさと帰って、ちゃんとした飯を食え!。筋肉つけているねぇぞ!!」

と一喝。店員さんの言う通りお母さんが作ってくれたご飯をちゃんと食べた方がいい。量も質もそっちの方が勝るもんね。今日のりんちゃんのご飯は何だろうなぁ。オムライスが良いなぁ。

店員さんに怒られた事で3人も諦めたようで、お腹を鳴らしながらとぼとぼ歩き出した。ひーくんの手は未だ外れない。田中先輩がいるけど、一応部活は終わっているからいっか。其れにしても大きなお腹の音だなぁ、3人とも。帰るまでもつかな、これ。特に翔くんは山を登らなきゃ行けないんじゃなかっただろうか。店員さんも余りに大きい3人のお腹の音に同情したのか、「おらっ」とスティックパンみたいな物を3人に投げ渡した。

「お嬢ちゃんも要るか?」
「!。えっと、お家で食べるので大丈夫です。ありがとうございますっ!」
「おう、ちゃんと食えよ。お前らも寄り道しないで帰れ!。そんで、お嬢ちゃんみたいにちゃんと飯を食えよ!」
「「「あざース!!」」」

言い方は怖いけど、店員さん優しい…。言っている言葉も、私たちに気を使っている感じだ。
お店から出ると澤村先輩と菅原先輩たちが、丁度坂を下っている所で一緒に帰ることに。
前を澤村先輩と菅原先輩、田中先輩が歩き、その後ろをひーくん、翔くんと私が続いて歩く。先輩達は今日の試合の事を話しているみたいだ。もぐもぐと食べ歩くひーくんと翔くんを眺めながら、私も何か買いたかったなぁと後悔。まぁ、ひーくんに手を握られた時点で諦めるしか無かったけど、私も食べ歩きしてみたい。こんな事りんちゃんがいたら、「はしたないですよ」ってニッコリ顔で怒られる。けど、ダメって言われたらやりたくなるのが、人間の性でしょ!。
じっとひーくんを見ていたせいか、「ん」と食べかけのパンを目の前に出された。

「1口食うか?」
「いいの?」
「おう。でもひと口な。それ以上食べたら、沙智、夕飯食えなくなるだろ」
「わぁ!ありがと!」

お礼を言うとひーくんの足が止まったので、私の足も止まる。そして、はむっと1口。もぐもぐと食べていると「………ハムスター…口ちっさ…」と頭上から声が。ハムスター?口が小さい?なんの事と首を傾げる。口に食べ物が入っている時に話すのは汚いもんね。
こくんっと飲み込んで、

「っん。ありがと、ひーくん。中のクリームが甘くて好き!」
「おう。………付いてる」
「んん……言ってくれたら、自分で取るのに」
「俺が取った方が早い」

ひーくんは私の口元についていたらしいクリームを指で取ると、其の儘自分の口に入れた。恥ずかしさは有るけど、元々このパンはひーくんので、私は其れを貰っただけだから、私の口元に付いてるクリームも元はひーくんの。食べられても仕方ないかと思い、止まっていた足を動かす。あ、止まってたんじゃ食べ歩きになっていないのでは……!。

「ひーくん!もう一口!」
「はァ?」
「今度こそ食べながら歩くの」
「辞めとけ。喉詰まらせるぞ」

そう言うと3分の1の程合ったパンを一気に食べられてしまった。あわわ!意地悪!。1口って約束だったけど、もうちょっとだけ欲しかっただけなのに!。
むすーっと頬を膨らませていると、

「沙智に食べ歩きは早ェ」
「え、食べ歩きに早いとかあるの?」
「ある。其れに竜胆さんと雅さんが怒るぞ」
「……ひーくんが内緒にしてくれたら、怒られないもん……」
「言う」
「ふぇ!?い、意地悪!」
「意地悪じゃねェ。報告だからな」
「んもー!。今日のひーくん、ずっと意地悪!可愛くないの!」
「可愛いのはお前だし、俺は可愛くなくていい」
「うにに……」

しれっと言うの、心臓に悪いから辞めて欲しい…切実に。さっき迄の怒りも萎んでいったのが分かる。うぅ、チョロいってこういう事を言うんだ。
ひーくんを「ぎゃふん」って言わせる日は来るのかな。寧ろ私が言う方が早そう、現に今「ぎゃふん」って言ってしまいそうだ。

「ま、負けない……!!」
「誰にだ?」

ひーくんにだよ!と言おうとしたが、丁度追いついた先輩たちのお話が及川先輩の事になっていた。

「あの優男のサーブ、速かったなァ。最初からアレやられたらヤバかったぜ……」

本当にそう。田中先輩の言う通りだ。
今日はピンチサーバーでの参加だったけど、及川先輩の本来のポジションはセッターだ。公式戦だと、あのサーブが最初から飛んでくることになる。そう思うと守護神さんがいて良かった。何処までの実力かは分からないけど、あの澤村先輩が守護神と言い、其れに誰も反対しないってことは、異名通りの実力があるって事。ほんと、守護神さんがいて良かった!!。

「流石影山と同中の先輩………アレ?。ていうか、影山ってなんで居るんだっけ?」


…………………………あ。嫌な記憶を思い出した…。



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