本当のことだから



「全然ジャンプ出来てないんじゃないですかっ!。1ヶ月もサボるからっっ!」
「うん……すみません…」
「厳しいな〜、西谷」

そうわちゃわちゃとお話している3人を眺める。この風景が本来の烏野で、みんなが求めてたものだ。
旭先輩のスパイクがブロックされた時、もう1回と呼んでくれるには、なんて声を掛けるべきかと考えたけど、西谷先輩が繋いでくれたおかげでその心配は杞憂になった。ブロックフォローは出来たらいいけれど、100kmかそれ以上のスピードが乗ったボールが2、3メートルの近距離から予測不能の方向に落ちてくる。そんな難しいものを全部拾える訳が無い。今回は西谷先輩が其れを気にかけ、練習を繰り返してくれた努力の証ではあるが、そんな西谷先輩でも全部を拾うのは無理だろう。唯、旭先輩にとって"ブロックされたら、そこでお終い"って訳じゃない事を知るにはいい切っ掛けになったはず。後ろにちゃんと仲間が居るのだと、分かってるかどうかで、気持ちは全然違うんだから。

これでもう2度と旭先輩は要らないなんてしないだろう。もっとかっこいいエースが見れる。
其れは私が見たかったもので、

「次はおれの番だ!!」

次期小さな巨人になる男の子も同じものだ。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□


ベテランの町内会チームに加えて、本領発揮の旭先輩のせい?で、7-5と点差がどんどん空いていく。でも未だ、お互い2桁には乗ってないし、1セット目だもん。これから、これから!。

町内会チームからのサーブを縁下先輩が拾う。だが、其れはひーくんの元に返る事はなくアタックライン付近へ上がった。……まぁ、ひーくんなら拾えるから大丈夫かと私の予想通りに、「ハイ」と声を出しながら、ひーくんはボールの落下地点へ入る。何時見ても見極めが速く、迷いの無い1歩だ。空間能力が高いなぁ、本当に。この迷いの無い1歩がセットに余裕を持たせ、且つ敵陣側のブロックの思考時間にもなる。
だけど、そんな思考無駄だと言うかのように、ひーくんはそこに上げた。

『ドパッ!』

ブロックが居ないライトに飛んだ翔くんへ神業のトス。バックトスだったのに、翔くんの掌にちゃんと当たってた!。最初の頃は翔くんの顔面トスしてたのが嘘みたい。

「ひーくん、ナイストスー!」

声を掛けると視線が合って、彼は小さく頷いた。ふふっ、今日もひーくんがかっこいいなぁ。思わず小さく拍手をしてしまったが、何故か私の音が体育館に響いた。アレっと思ったが、それもそのはず。ひーくんと翔くんのこの変な速攻を見たことあるのは、烏野メンバーと武田先生のみだ。町内会チーム、旭先輩に西谷先輩、そして烏養コーチは見たことがなく、驚きのあまり全員口がポカーンと開いていた。なんか、ちょっと可愛い。そんな中、いち早く復活した西谷先輩が翔くんに声をかけてる。

「スゲーじゃねぇか翔陽!。なんだなんだ!うっかり見入っちゃったぞ!!」
「えへへ〜」

褒められて嬉しそうな翔くん。確かに翔くんも翔くんも凄いけど、ひーくんだって凄いのにと少しだけ頬を膨らませる。あんな針に糸を通すみたいなトスをあげる人、そんなにいないんだから。むむっと拗ねていると、突然隣から

「ウォい!!!」
「「!?」」

大きな声が響いた。私と一緒に翔くんもビクッと飛び上がる。声の主は烏養コーチで、未だあのスパイクを引きずってる様で口を開けたり閉じたりしている。そんな反応にひーくんも翔くんも首を傾げ、頭上に?マークを浮かべている。そして烏養コーチも言いたいことが決まったのか、ビシッと2人を指さしながら声を上げた。

「今なんでそこに跳んでた!?。ちんちくりん!」
「ちんっ…ど、どこに居てもトスが来るから…です」
「!!」

烏養コーチには見えていたらしい。翔くんがひーくんのトスを見ずに飛んだこと。そして、翔くんの答えから、ひーくんが翔くんの動きに完全に合わせていた事も分かったようだ。まぁ、ひーくんの凄さは天井知らずだけど、翔くんもあんなに顔面トスを受けていたのに怖がらずに良くフルスイング出来るなぁと尊敬してしまう。2人ともやっぱり凄い!。
その凄さをみんなに知ってもらいたい。

「何なんだ、お前ら変人か!?」
「「変人……?」」

ま、まぁ、烏養コーチの言う通り、2人は凄いを通り越して変人なのかもしれない…。これから変人コンビって渾名付けられそう……。

「……試合前のやり取りで…なんの事か分かんなかったが……成程な」

試合前?やり取り?。……ひーくんと菅原先輩のやり取りの事だろうか。2人の実力とか分からないと確かになんの事かさっぱりか。だけど、ひーくんのセットアップを見た今なら菅原先輩の言った言葉の意味が分かったらしく、烏養コーチは続けて話し出した。

「あの1年セッターは…まぁ天才て奴なんだろう。其れと比べられたら、凡人はたまったモンじゃない」

一瞬中学生の頃を思い出した。
天才なひーくん。ずっと、誰よりも高く遠くにいたひーくん。それ故に周りは比べられ、苛立ち、ひとりぼっちになるしかなかったひーくんを。
持っていたノートに皺がよる。潔子先輩も使うものだから、大事にしなきゃなのに。でも、何かに当たらないと叫んでしまいそうだった。
『ひーくんの努力バレーそんな言葉天才で片付けないで』って。
烏養コーチは客観的に見て言ってるだけって分かってるのに。あぁ、本当嫌な子だ。

私のモヤモヤとした感情を吹き飛ばすかのように、旭先輩が打ったスパイクが大きな音を鳴らしながら、床に叩きつけられた。今のトスは平行だった。1ヶ月ぶりなのに、タイミングはバッチリ。沢山の練習と時間を積み重ねた上で築けられた信頼関係を見せ付けられる。

「1年セッターに有るのが"圧倒的才能"だとしたら、こっちは積み重ねた"信頼と安定"。いいじゃねぇか!。今の烏野!」

バシッと武田先生の背中を叩きながら、もっと早く言えよ!と烏養コーチは笑った。

2人のセッターを端的に表すとしたら烏養コーチの言う通りだ。でも、やっぱりモヤモヤしちゃうのは私の我儘か。ううん、何時かきっとひーくんか才能とか天才とかそんな物に胡座をかいてる人じゃないって分かってくれるといいな……。



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