目を逸らすな。



「よっ」

そんな軽い声と共に床にボールが叩きつけられた。菅原先輩の速攻初めて見た!。今日初めて町内会チームの人と合わせてるのに、打ちやすいところにセットされている。ひーくんはどちらかと言うと強気に此処だろ!ってセットするけど、菅原先輩は優しく此処だよね?ってセットしてる感じだ。でも、優しくセットしてる癖に初っ端からどセンターでの速攻とはかなりの強気だ。意外とガンガンと攻撃を組み立てるタイプみたい。3年生ってのもあるけど、澤村先輩とは別の意味で頼もしい!。

菅原先輩と西谷先輩が何やら話しているところを眺めながら、そんな事を考えていると視界の端っこに立っている旭先輩が写った。先輩はじっと、私と同じ様に菅原先輩と西谷先輩を見詰めている。2人の頼もしさを実感しているのだろうか。自分は何しに来たんだろうって考えているのか。
どんな心境の変化で此処に戻ってきたのかは分からない。でも、逃げても、もう一度戻りたいって思う感情の理由なんて好き以外ないと思う。きっと旭先輩は翔くんのようにスパイクを決めるのが好きで、ひーくんみたいにボールが跳ねる体育館も好きで、何よりみんなとやるバレーが好きに決まってる。
変わる理由も戦う理由も結局ひとつしかないのだ。

俯いていた旭先輩が顔を上げた。
その瞳にはもう、怖さなんてない煌めきが見えた。

「……思うよ」

旭先輩の横を通り抜けた西谷先輩が、首を傾げながら足を止めた。

「何回ブロックにぶつかっても、もう1回打ちたいと思うよ」

私にはその言葉の意味を全部理解することは出来ない。きっと何かの問い掛けへの答えであり、その問い掛けをしたのは不敵に笑う彼にしか分からない。

「それならいいです。其れが聞ければ十分です」

試合はもう始まっていたけれど、彼らの試合修復はここから始まる。
バラバラだったピースが集まりだした。きっとまた綺麗なものを見れるのが分かる。スコアを書いていたノートを抱きしめながら、そんな予感に心が震える。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□


「日向、ナイッサー!」

掛け声と共に打たれた翔くんのサーブは、変な音をたてていた事もあり、白帯に引っかかりながら相手コートに入った。たまたまっぽいけど、いいところ!と思ったが、流石バレーをやっている大人だ。ちゃんと反応した眼鏡をかけたWSの男性がボールに触った。だが、男性が上げたボールは乱し、菅原先輩には返らない。少なくとも速攻は無さそう!。
こういう乱れたボールが集められるのは、エースのところ。現にふわふわ髪の男性が上げたボールは旭先輩の元へ。

「そこのロン毛兄ちゃん、ラスト頼む!」
「!!」

ネット際に上がる二段トス。何でもない唯のトスなのに、旭先輩に菅原先輩、田中先輩はびっくりした顔をしている。3人ともブロックに捕まることを恐れている。
乱れたボール、ピンチの時こそエースにボールが集まる。其れはブロック側も分かっており、ひーくんと蛍くん、半泣きの田中先輩も迷うこと無く旭先輩の前に立つ。チームの中で高さがある2人だ。生半可なスパイクでは撃ち抜けない頑丈な壁。

「止めんぞ!!」
「命令しないでくんない」
「本気で行くっス、旭さん!!」

そんなブロックの気合いの中、旭先輩は飛んだ。
ひと月、バレーをやっていなかったせいか、本来の飛べそうな高さより若干低く感じたが、

『ドガガッ!!』

ひーくんの掌に当たった音はブランクを感じさせないほど力強い音で、エースの力を見せ付けられる。
だが、"ひーくんの掌に当たった"せいで、どシャットされた旭先輩のスパイクはコートに落ちる。
一瞬の間。
旭先輩の悲しそうな顔が見えた。また嫌になっちゃうんじゃないかと思った。お願い、もう1回ってトスを呼んで。口から漏れそうになった、その瞬きの間に

ぱちん

小さな音がエースの命を繋いだ。

飛び込んできた掌1枚。暑さは約2センチの同年代の人たちと比べて、ひと回り小さな手。
そんな小さな、2センチがエースを救う。

「っ!?!?」

息を思いっきり吸い込んで、ひゅっと音が鳴った。
何あれ、なにあれ!。興奮と感動と言葉に出来ないその他諸々が胸を渦巻く。

「うおお!!上がった!!」
「ナイスフォロー!!!」

みんなが落ちると思った。でも、西谷先輩だけがエースの命を繋ぐ救うことを諦めなかった。レシーブが上手いから守護神って異名があるのかとおもったけど、多分もっと意味がある。エースの、チームの心まで守るから守護神なのだ。
だからこそ、西谷先輩は叫ぶ。繋ぐから、救うから、守るから。


「だからもう1回!トスを呼んでくれ!!エース!!」


西谷先輩が上げたボールの下に菅原先輩が入る。その顔には先程同様に驚きと迷いが見え隠れしていた。
どうするって考えてる。菅原先輩は旭先輩は人一倍責任を感じちゃうって言ってたけど、菅原先輩も同じだと思う。エースに頼ることは悪いことじゃないのに、傷つけたと責任を感じてる。だから今、レフト旭先輩からのオープンが1番確実なのに、旭先輩が止められたらと考えて、踏み出せない。

それじゃダメ。
変わるためにはもう一歩足りない!。

「菅原先輩っ!もう1回、決まるまで!」
「菅原さん!!もう1回!!決まるまで!!!」

ひーくんの声と重なる。彼も同じことを思ってるのが、面白くてニヤケてしまう。緩んだ私を締めるように旭先輩が体育館を震わす程の大声で叫んだ。

菅原スガァーーッ!!。もう一本!!!」

菅原先輩がずっと待ってたその言葉。
試合が始まってからずっと、優しいトスを上げていたけど、このトスはそれ以上に丁寧で想いが込められていた。ネットから少し離れた高めのトス。きっとこのトスが旭先輩にとって1番得意なトスで、菅原先輩が何本も何本も上げたトス。
あぁ、やっと見れたその瞬間。霞む視界を拭って、見逃さないように焼き付けるように。

「君も沙智も向こうのチームに肩入れしてんの?。悪いけど、また止めるよ?」
「当然だ。手なんか抜いたら、何の意味も無えよ!」
「うおおおお!!!」

ブロックの3人もエースからの攻撃に備え、リベロもブロックカバーの位置に構える。

頼もしい背中の守り。
エースの為の1番打ちやすいトス。
不足なんてあるはずが無い。
皆がエースの為に繋いで、救って、戦っている。

想いと共に託されたラストボール。
その想いにどう答える。

答えはとってもシンプルで、難しいもの。だけど、独りで戦っているのではないのだから、何度でも何度でも壁にブチ当たっても、打ち切る。

打ち切ってこそ、エース!!!。

ガガガッとひーくんと蛍くんの手の間を撃ち抜いて、床に叩きつけられた。




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