10

貴方が一生分の幸福をくれた


全然分からない………。
花撫の頭にはその言葉で閉めていた。
隣に立つ降谷を伺うと、彼はブツブツと何か呟いてはいたが、目の前に広がる案内看板の意味が分かるらしい。降谷の居た世界でも似たようなものがあったということだろうか。再び案内看板、電車の路線図に視線を移したが、やっぱり何が何だか花撫には分からなかった。

東京タワー視察(と言うよりかは観光)を終え、最初の目的通り警察庁に行く予定だった。元々家から東京タワー迄は近く、歩いて行ける距離だった。それに、ボロボロになったスーツしから持ち合わせていない降谷の為に衣服やら生活用品を買う為に徒歩で行き、東京タワーから警察庁、霞ヶ関までは電車で行く事になっていた。
花撫は普段学校に行く以外外に出ることは無かった。買い物も下校途中で行い、土日なんかは自分の部屋で大人しく過ごしていた。それに、"家の事情"で小学校、中学校と行うであろう遠足や修学旅行といった遠出を伴う行事には1度も参加した試しがない。家族旅行も然りである。母親が生きていた頃は父親と母親で車に乗って何処かに行っていたかもしれないが、そんな記憶はもう朧気であり、花撫にとって今回の東京タワー、霞ヶ関まで行くことは人生で初めての物ばかりであり、見るもの全てが新しかった。そして、電車に乗ることも当然として初めてであった。

自分の家の住所から多分この駅が最寄り駅という物である事は分かったが、霞ヶ関までここからどうやって行くのだろう。霞ヶ関の駅の場所は分かったけど、この駅から行けそうにない。同じ色の1本の線で繋がっていない。途中までは電車で、それ以降は歩いていけと言う事なのか。降谷はここからそんなに遠くないと言っていたけど、歩くなら遠いんじゃないかなと考えて居ると

「切符を買ってくるので、花撫は此処で待って居てください」
「あ、はい…!」

買うところを見てみたかったけど、待っていてと言われてしまったので大人しくその場で待つ事にした。
駅は沢山の人で溢れていた。東京タワーも沢山人が居たけど、駅も同じくらい沢山。被っていた帽子をより深く被り直して、顔が見られないように俯く。
髪色、黒とか茶色に金色とかカラフルなら色の人が居るけど、水色の瞳の人は居ない。お父さんが言うように私はやっぱり変、なのだろう。東京タワーでも最初は変である事に怖くて、顔を上げれなかったけど、初めて見る景色が綺麗で、何より傍に降谷が居たから私は。

鞄の持ち手を握り締める。
早く帰ってきて。
そう思った時だった。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪


結構待たせてしまった。
ICカードが流行っている時代に切符を買う人は少なくなっては居ても、混むものは混むらしい。まあ、目の前でどうやって買おうか迷っている外国人に声を掛けた時点でこうなる事は予想できたけど。
直ぐに買えると思い、花撫を1人にさせてしまった。綺麗な髪を隠すように帽子を被り、誰にも見つからないように俯く彼女が人が多い場所を苦手としているのは分かっていた。早く見つけてあげないと。
キョロキョロと花撫を探すが、見つからない。最初に待っていろと言った場所には居らず、何処か隅にでも移動したかと思ったが、何処に行ったのか。こういう時携帯電話があればと思わなくもないが、無い物ねだりは意味が無い。余り人がいない、隅っこは何処だと探していると、

「ねェ、ずっと待ってるけど連れなんてこねーじゃん?。嘘は良くないなァ?」
「う、嘘、じゃな、い…」
「でも、来ねェじゃん?。置いてかれたんじゃね?。可哀想、俺らが慰めてやろーか?」
「丁度ソコにホテル、あるし」
「嫌、やだ、、やだ…」
「お互いキモチ良くなるだけじゃん?」
「君さァ、お人形さんみたいに可愛いから、こういう事も初めてじゃないでしょ?。……あ、もしかして処女だったりすんの?」
「ッ!」
「お、この反応は使用済みな訳?なら、俺らも慰めてよ。気持ちよくさせてやっからさ」
「汚ねー奴は汚い者同士仲良くするしかないでショ?」

彼女の行く手を塞ぐ様に伸びていた手が、彼女の肩に回ったのが見えた。
彼女の小さな口が、震えるように、俺の名前を言ったのが聞こえた。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪


「僕の彼女に何か用ですか?」

真っ暗な闇の中で唯一見える光明だった。

「あ゛?何だ、お前。こっちは良いところ何だよ、邪魔すんな」
「何だお前って酷い言われようですね。僕は彼女の彼氏ですが、僕の大事な彼女を何処に連れ込む気ですか?。事によっては警察を呼びますよ、近くに交番が有りますから」

降谷さんは私たちの反対側にある交番を親指で差しながら言った。そうすると流石に分が悪いと思ったのか、男たち2人は舌打ちと何か言いながら駆け出して行ってしまった。

「すみません。もっと早く駆けつけるべきでした」

降谷さんはそう謝罪すると私に手を伸ばした。この手はさっきの人達とは違う優しい手だと知っている。壊れ物を触れるかのように撫でてくれるのも知っている。だけど、

『汚ねー奴は汚い者同士仲良くするしかないでショ?』

降谷さんは綺麗な人。
そう思ったら、思わず彼の手から逃げる様に後退してしまった。降谷さんも私が逃げた事が分かったらしい。何か言わないと、謝らないと。逃げてごめんなさいって。でも、降谷さんは綺麗な人だから。私、私なんか、汚い私なんかが触れて言い訳がないのに。どうすれば、どうすればいいの。

ヒュっと息が苦しくなった。

彼らが言った言葉は正しかった。嫌だ。私は汚い奴だ。苦しい。降谷さんは私なんかが触れていい人じゃない。助けて。謝らなきゃいけないのは私だ。怖い。早く、早く、こんな世界から私はXXべきだったのに。○○になりたいだけなのに。

「花撫ッ!」

温かい何かが私を包んだ。日向の匂いが鼻を擽った。壊れ物を扱うかのように撫でられた。

「…吐くばかりじゃダメですよ。僕の呼吸に合わせて」

呼吸?。
耳元で息遣いが聞こえる。
これを真似すればいいの。
真似をすれば怒られない?。

「そう、上手ですよ。偉いですね」

褒められた。
嬉しい。
もっと褒めて。私、ずっと頑張ったんだよ。

「えぇ、花撫は1人で良く頑張って偉いですよ。……強くて優しい素敵な女の子だ」

強い?優しい?素敵?。

「あぁ。君はずっと綺麗な女の子だよ」

…………初めて言われた。
なら、私は綺麗な人、
降谷さんに触れても怒られないかな。

「……そうだな。もっと触れて欲しいって思ってるよ」

ふふっ。良かった。嬉しいなぁ。
神様。ねぇ、神様。私はね、

「早く死んじゃいたいなぁ」
「……………」

でも、優しい神様は叶えてくれないよね。
私の叫びも嘆きも苦痛も何もかも届かなかったのだから、こんな願いは届きはしないよね。
でも、それでも。
私に優しい、暖かい者を見させてくれてありがとう。







ブラックアウト。












「助けてあげれなくて……ごめん」