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秘密の宝石にそっとくちづけて

土曜日。時刻は昼間の13時。天気は快晴。
観光に来ている人々の中にいる一組の男女。

「ふる、安室さん!アレが東京タワーです!」
「ホー…アレが。僕がいる東都タワーとそんなに変わりませんね。やっぱり違う世界でも似た物はあるのか」
「高い……こんなに高いなんて、思わなかった…」
「もしかして花撫さん。初めてですか?」
「あ、はい……ごめんなさ、い」
「謝ることないですよ。初めてなら展望台まで行ってみますか」
「てんぼーだい……??」

首を傾げる少女をリードする様に腰に手を回す男。片方はその気はなく、片方はその気しかないと、ある意味すれ違いのデートが幕を開けたのだった。


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「わぁ!すご、い!」

エレベーターで昇った先に広がる景色に目を輝かせる花撫。彼女の住むタワーマンションも高く、リビングから広がる景色も中々絶景ではあるが、彼女的には此方の方が心に響いた様だ。降谷は楽しんでくれたなら、連れてきてよかったと感じた。

昨日降谷は彼女から借りたタブレット(父が彼女に与えた物らしく、WiFiが無いと使えず、アプリのインストールも制限が掛かっていた)を借り、色々調べた結果、分かったことがあった。

1つ。俺のいた世界にある建造物や地名等は、こちらの世界では名前は違うが似た物はあること。
2つ。歴史上の人物、創作物の登場人物は同じ。
3つ。常識やマナー等は同じ。
4つ。俺の世界での有名人はこちらの世界では存在しなく、逆も然り。しかし、ドッペルゲンガーの様に似た顔若しくは声の主はいる。
5つ。俺の世界より平和である。こちらの日本は世界的に見ても平和で安全らしい。

以上、大まかに言って、この5つである。
そして、降谷たちがいるこの"東京タワー"は1つ目と4つ目に当てはまる建造物だ。外の外観も中の内装、タワーの高さや完成した日は同じだが、住所と創設者、建築に携わった会社名は違った。一応確認した創設者の顔も見覚えのない人物であり、降谷の世界で東都タワーを作った創設者の顔写真をこちらの世界の誰かに見せても、満場一致で首を傾げるだろう。

ここから見る景色もあちらの世界とそう変わらないが、きっと建物の名前は違うのだろうと降谷は簡単に察することが出来た。。
似て、非なる世界。
似ている部分は安心感を教えるくせに、違うところの方が多いせいで心を暗闇に突き落とす。

降谷はこちらに来てまだ2日目だが、取っ掛りが見つかっていなかった。家に居ても進展はしないだろうと東都のシンボルに似ている東京タワーに来てみたのはいいが、矢張りヒントすらない。一応この後降谷たちは霞ヶ関に行く予定ではあるが、降谷としてはただ無駄足になる気がしてならなかった。

溜息を吐いて、前を向くと展望台の手摺を掴んでいる花撫がいた。たかが景色1つにあんなに目を輝かせて。

「………彼女が楽しそうなら無駄足じゃない、か」

悲しい顔より笑顔で過ごして欲しい。
そう願ったんじゃないか。
先程までの考えを捨て、彼女に近づく。似てるようで似ていない建物であっても、内装はほぼ同じ。それなら、俺でもリードは出来るだろと。


「何か見つけましたか?」
「あ…あむ、ろさん」

花撫が後ろを振り向くとにっこりと微笑む降谷さんがいた。今日外に出る時に家の外では安室と呼んで欲しいと降谷は花撫にお願いした。だが、出会った時から降谷さんと呼んでいた花撫としては安室さんと呼ぶのは中々慣れなかった。

間違って言ったら、降谷さんは怒るだろうから気をつけないと。出来ない子と嫌われたくないものと、花撫はキュッと手を握りしめて再度決意を固めていると、降谷は彼女を囲む様に手摺を掴んだ。所謂バックハグである。急に降谷の顔が近くなったせいで、顔が熱い。隠すように再び景色へと視線を移すが、硝子に映る花撫の顔は真っ赤に染っていた。熱い、恥ずかしい。熱を冷ますように顔を仰ぐが余り意味もなければ、硝子越しに降谷と目が合った。バッチリ見られた。

「顔、真っ赤ですね。陽射しに当たりすぎましたか?」
「………安室さん、いじわ、るです……」

陽射しで火照っているなら、どれだけ良かったのか。
自分が原因と分って聞いてくる降谷に反抗する様に硝子越しに彼を見詰めると、降谷は少し驚いた顔を浮かべたが直ぐにいつも通りに笑い、隙間が無くなる程密着させた。

「知らなかったんですか?」
「っ!?」
「僕、結構意地悪なんですよ」

花撫の耳元でそう囁くと、彼女の顔は逆上せた様に更に熱くなる。そして悔しそうに水色の瞳に涙を浮かべていた。彼女としては睨んでいるのだろうが、降谷からみたら上目遣いにしか見えなく、隠れている加虐心がゾワゾワと顔を出す。駄目だダメだ、折角懐いてくれたのに、ぶち壊すなと理性を働かせて、唾と一緒に再び奥底へと飲み込んだ。
だが、ちょっと警戒心を身に付けさせる的な意味でお仕置するのは許されるだろうと。

「可愛いですね、花撫」
「………こう、さん、です………………」

耳にリップ音を残したと同時に花撫の顔は完全に伏せられてしまった。降谷が完全勝利を決めた瞬間である。