34 「新零」と最期に呼んで この場を去って行った もう次はない 堪えていた涙が頬を伝った 『行かないで』 なんて、よく言ったものだ 額に触れながら 嗚咽をこらえる 何もやりきれなかった 今、時間と共に弱って行く身体も あの男の薬のせいだ もう誰も来ない 『・・・・・・・』 聖護が髪に挿した花が、ふわりとベッドに落ちた これも、ベッドも全部、聖護が準備していたのだろうか ・・・私のために? 手に落ちた雫を見て 涙を服の袖で拭った 指先は賞賛 額は祝福 あと、花の名前・・・ 『!』 枕の下にあるのは、なんだろうか? ・・・・・・見覚えのある背表紙に 枕をどければ あの時の最後の1冊があらわれた なら、もしかしたらと ベッドの下を探れば 花言葉の書かれた洋書があった 『・・・・・・・』 本当に、最後の最期まで なんて男なんだろうか まるで、決められていたような終わりであるのに 不思議と嫌な気分にはならなかった “新零”としていられるだけで 温かいと感じるのだ キャリーケースを開ければ 白地のふんわりとしたワンピースが出てきた もう一度涙を拭い ワンピースを着替え、2冊の本を手に ベッドに転がった 枕の横に花を置き 静かに息をした 少し目が霞み、身体もだるさがあるものの まだ、私には時間があるらしい・・・ なかなか私も往生際が悪い パラパラとページをめくりながら 内容を思い出す 同じ本だというのに 前に読んだときとは受ける印象が違う こんな話だっただろうかと 表紙に戻しタイトルを目で追うが間違いない この本棚にあった最後の1冊 すべて読み終えたら消えると言っていたのに あれからもう、5年、もうすぐ6年か・・・ 本当に本当に・・・ 大回りをして 結局始めの分岐点に戻って来たけれど あの時とは違う、寒くない 霞んでいく視界と力の入らなくなる指先に 消えることの怖さを感じる 感じられるのだからこそ、まだ生きている ちゃんと私は生きて、ここまで来たのだ 最後のページをめくり終え そこに書かれた手書きの文字に気づいた ゆっくりと文字を追い 思わず口角が上がる 書かれた文字に触れ 本を閉じた 人の通った跡がある 埃のつもり方からして あまり日にちは、時間は経っていないのだろう それは、そうだ あの男の指示に従うのは癪ではあるが あの時 彼女の存在を この場所に置き去りにした自分にも 何かしらの縁があったのだろう 階段をあがる 「・・・・・・」 酷く荒れた最上階に少しだけ驚いた 倒れた本棚 散らばった本・・・ 奥へ進んだ 要らなくなったものはすべて捨ててきた男の 最期に残った彼女がいる いや、いたが正しいのかもしれない もしかしたら生きているのかもしれない と思う反面 もしかしたら人形なのかもしれない とも思った 冷えた身体には動きはないが 状態からして あまり時間は経っていないのだろう おそらくは あの男よりも生きていた そう刑事だったころの自分が答えをだす 「・・・・・・・」 こうしてみると あまりの綺麗さに 彼女は人ではなく、初めから人形だったのではないだろうか そんな錯覚に見舞われる そっと顔にかかった髪を横に流してやった 「・・・・・・・」 乾かずに目元に残った雫に触れ その穏やかな顔に手を止めた 罪悪感だろうか? 初めて会ったころの彼女は こんな顔をするような少女ではなかった 虚ろで 冷え切っていた それを変えたのは、あの男か・・・ 謝罪の言葉など浮かばない ただ 自分の知らない 槙島聖護という男は どんな人間だったのかと疑問に思った 彼女の前では どんな顔をしていたのだろうか 傍らに置かれている本を手に取り パラパラとページをめくり 最後の1ページに書かれた 手書きの文字を目で追った ←→ 目次 |