05

◇◇

ニーナは、住処の移動中に人攫いに遭い逃げることもできず、目が覚めたら檻の中だったらしい。初めこそ、あの金額ではなかったが、ある日を境に金額が跳ねあがったと教えてくれた。材料を買って調理した方が安くたくさん食べられるが、ニーナは店に入ると言うので従うことにした。やっと檻から出られたことを思えば、そんな気分になるんだろうと想像はつく。適当な大衆食堂で注文した物を口に運びながら、ニーナは口を忙しく動かしていた。これまでのアルバイトのこと、賭場で運が巡ってきたこと、イカサマをして大金を巻き上げたこと、金額が怖くなって半分を店の前に置いて帰ったこと。楽しそうに話すニーナを眺めているだけで何かが満たされていく。これは幻なんじゃないかと何度も自分を抓ってみたが、今見ているものが現実には変わりなかった。

きっと辛い思いだってしてきたはずだ。追われていたのは事実だし、アルバイトだって賭場だって檻の中だって、ニーナに向けられる視線は良くも悪くも“ふつう”の見ているとは違っていたはずだ。それでも、無理を感じさせないニーナは、あの時よりもずっと強くなったのだろう。

日が落ちても店の外は賑やかだった。ニーナが役人から受け取った荷物の中には、一通りの着替えが用意されていて、特に買い足すものもないというニーナをホテルまで送り届けることにした。少し繁華街から離れた静かな場所となれば、地図の読めないニーナを1人で行かせるわけにはいかなかった。少し前を歩くニーナの髪が風で靡くのを眺めながら口を開いた。

「ニーナは、ずっと1人旅してたわけ?」
「うん」
「目的地は?」
「特になかったよ。行けるところまで、行こうかなぁって」
「......」
「私ね、帰る場所も身寄りも今はないの。だから、生きる手段は身に付いたし、あてのない旅に出ようかなって」
「あてのない旅ねぇ」
「あんまり先のことは、考えたことがなかったかな。だから目的地はなかったよ。その日暮らしって感じ」
「…なら使用人の話は受けずに、また旅に戻るつもり?」
「条件聞いてからかな…でも、仕事に就くのもいいかもしれないって、ちょっと思ってる。生きていくって難しいね。ラギーは?」
「オレ、9月から魔法士養成学校に通ってんの。今は休暇で戻ってきてる」
「魔法士養成学校…どこの?」
「ナイトレイブンカレッジ」
「それって、超有名校だ!私でも知ってる。すごいね、ラギー!」
「正直、何でオレが入学者として選ばれたのかわかんないけど、行けるなら行った方が、将来的に良いのは間違いないし」
「うん!」
「……」
「ラギー?」
「ほら、ホテルに着いた。フロントで、これ見せれば向こうの人が案内してくれるから」
「うん、ありがとう」
「明日は、迎えが来るんスよね」
「…うん」
「そんな不安そうにしなくても、悪いようにはされないと思うから」
「ラギーと明日も会える?」
「え、オレ?」
「うん」
「そこは、会えるかどうかじゃなくて、会いたいって言ってくれたら待ってるんスけどねぇ」
「会いたい」
「…っ、それなら仕方ないッスね。ま、初めから、そのつもりだったし終わったころに様子見に行くから」
「うん!じゃあ、おやすみ、ラギー」
「おやすみ、ニーナ」


□□□□□


「アイツのこと待ってんのか?」
「うげ、レオナさん…なんか楽しそうッスね、まぁ、そうなんスけど」
「俺が出てくるころには話がまとまりそうだったからな、そのうち出て来るだろ」
「揉めてたんスか?」
「あぁ、面白かったぜ。最初に出した書面に対して、給料が高いからおかしいって言いやがった。まぁ、実際、アイツの魔法が目的の話だ。どうにかして王宮に留めさせたかったわけだが」
「どうなったんスか」
「通りかった兄貴まで巻き込んで、契約書の書き直しになった」
「へ?」
「王宮に永久就職する気はないんだと」
「……」
「自分の命に代えてまで王家に尽くす気はないって、王に向かって直接言える奴なんざ、そうそういない。兄貴は楽しそうにしていたが、周りの連中は困惑してたぜ」
「シシシッ、流石ニーナッスね。本当、強かに育ってくれちゃって。けどこれで、王宮勤めは決まりなんスよね」
「あぁ。使用人の下っ端だが、最低限の衣食住は保証される。ここでの暮らしが合わないっていうなら話は別だがな」
「…そうッスね」

レオナさんが楽しそうに話すくらい、現場は愉快なことになっていたのだろう。王宮内のいざこざはあれど、今までよりは安全も確保されるだろうし、なにより生活環境が段違いに良くなるのは間違いない…

「あ!ラギー!!」
「ニーナ、終わったんスか?」
「うん、あれ、さっきの人?」
「ニーナちゃん。この人、一応、王子様なんスよ。王様の弟のレオナ・キングスカラー様」
「ラギー、王子様と仲良かったの?」
「仲良しこよしって関係じゃないスよ、学校の先輩」
「そうなの?あ、レオナ様、先ほどはご助力ありがとうございました」
「そう畏まる必要なんざねぇよ。王弟なんざ、別に偉くもなんともない」
「偉そうなのは態度だけってことですか?」
「ニーナちゃん!ちょっとストップ。レオナさんも何驚いてるんスか」
「そうだ、ラギー。私、王宮で雇われることになったの。契約書にサインもしてきた」
「本当に良かったわけ?もう追われてるわけじゃないし、好きなところで暮らしたっていいんだから、わざわざ嫌いな王家に使えなくたっていいのに」
「不安定な生活よりは、安定した生活送れた方がいいなって思ったから。レオナ様、明日から、よろしくお願いします」
「とんでもない使用人を入れる羽目になったな」
「私を雇いたいのは、そっちじゃないですか」
「こっちの期待に見合わなければ、すぐに追い出す」
「是非とも、そうしてください」
「おい、ラギー。ハイエナの雌っていうのは、皆こういう感じなのか?」
「ハイエナも例に違わず、女性社会ッスよ」
「給料分は働くので安心してください、レオナ様」

にこにこと愛想よく笑ったニーナは、苛立ちを顔に出し低く唸ったレオナさんに対して怯むこともなく礼を取り、オレの腕を取って歩き始めた。残されたレオナさんを振り返る勇気はなく、引かれるがまま足を進めた。

「今日も昨日と同じホテルに泊まって、明日は自分で王宮へ行くことになったの」
「道は覚えた?」
「なんとなく」
「それ迷子になるやつ…明日はオレが送るから」
「いいの?」
「王宮のそばでも治安が悪いところもあるんだから、変な場所入って同じような思いしたくないでしょ」
「…うん、ありがとう」
「どういたしまして。そうだ、昼飯は?」
「まだだよ。ラギーも一緒に食べよう?」
「驕りッスか?」
「驕りッスよ」
「シシシ、流石ニーナちゃん」

ニーナの選んだ店で昼飯を食べ、要り様な物を揃えるために彼女の買い物に付き合った。驚くぐらい普通にデートをしている。昼の店を出たときに、ちゃっかり手を繋いでみたが嫌がるそぶりもなく自然に握り返された。一度手を離されても、ニーナから手を繋いでくるものだから何とも言えずに反対側の手を強く握った。
結局、終始ニーナに振り回された1日だったけれど言い表せないほどに楽しい時間だった。夕飯も終えて、のんびりとホテルへの道を歩き始めた。

「今度、ラギーのおばあちゃんにも会いたいなぁ。あの時のお礼、ちゃんとしたい」
「ばあちゃん泣いて喜ぶだろうなぁ。それに、ニーナが遊んでやったガキどもも会いたがってたからさ」
「…そっかぁ、なんか嬉しい」
「ん?」
「私、もう帰る場所も待っててくれる人もいないと思ってた。だから、戻らない旅がしたいなって」
「……」
「ラギーに会う前に家族も同じ地域に住んでいた人も、みんな流行り病で亡くしたの。私のことを覚えていてくれる人なんて誰もいないし、散々偽名も使ってきたから、私がニーナだってことを覚えていてくれる人もいないって思ってた。だから、昨日ラギーが私の名前を呼んでくれた時、私は、やっぱりニーナなんだなって思えて、本当に嬉しかったの」
「……」
「今日も、ラギーがいたから心強かった。1日、付き合ってくれてありがとう」
「どういたしまして。オレも楽しかったッスよ」
「本当?」
「そりゃあもう、夢心地ッスね」
「……」
「1つ、話しておかないといけないんだけど」
「ん?」
「オレ、2年前にニーナの故郷に行った」
「え?」

足を止めたニーナの動揺を感じながら、言葉を続ける。

「……」
「流行り病のことも、ニーナが役人に追われてた理由も知ってる」
「……」
「ニーナの実家、病院だったんスね」
「お父さんが漢方医だったの。やぶだけど」
「え。やぶ?!」
「うん。もともとは、お母さんが私と同じことができたから病院として成り立ってたみたいなんだけど。私が生まれる何年か前に怪我の治療をやめたんだって、それでお父さんが漢方医まがいのことを始めたの」
「……そういやニーナって、魔法石持ってる?」
「魔法石?」
「まさか持ってないどころか、知らないなんて言わないッスよね」
「知らない。あ、今日、王宮で実践するときに貸してもらったやつかな」
「……魔法石を持たずに魔法を使うなんて、自殺行為ッスよ!それも、ニーナが使ってるような魔法の類はブロットの溜まりが早いって、レオナさんが」
「そうなの?」
「魔法使って、体調崩したりしなかったんスか?」
「熱出して倒れたりとか。力使ったからかな、とは思ってたから今日の契約書の文面に私の命の保障について書き加えてもらったよ」
「……」

王家は有事の際にニーナの命ごと捧げさせようとしたのかと思うとゾッとした。医療に特化したお抱えの魔法士だっているはず。それなのに、ニーナを追いかけてまで雇ったのは命に優越をつけられた証拠だ。

「私だって、憎い相手のために命は捧げられない」
「誰のためにだって、自分の命なんか捧げたらダメだろ」
「…….うん」
「人生長いんスから、自分のことも大事にしないと」
「人生かぁ。1日生き延びたら、明日を生き延びることしか考えてなかったよ」
「住み込みで働かせてくれるところがあったんでしょ?」
「うん。でも、追われてる身だし、迷惑もかけたくなかったから長くても半年だったかな」
「なんで、そんな…状況、わかってる?故郷を見捨てられたうえ、追いかけられて毎日の生活すらぐちゃぐちゃにした王家の使用人になったんスよ、それも自分から!下手したら命掛けで魔法使って、死ぬかもしれない。アンタ、本当にそれで良かったのかよ」
「……契約書にね、私が辞めたいって言ったら絶対に引き留めないって書いてもらったの。目の前に王様もいたから、特殊な約束もしてもらった。その約束がある限り王家の人に何かがあって、助けられるのが私しかいなくても、私は全て見捨てることができる。それでも、あの人達は私を雇いたいって言ったの」
「……」
「こんな子供に縋る王家や大人たちが見えるかもしれないと思ったら、面白いでしょ?王様は、私のことを信じるって言ってたけど、それは、その時になってみないとわからない。だから、ラギーが思ってるよりずっと、私は自由を貰ったよ。心配してくれてありがとう、もう大丈夫」
「……」
「私ね、ラギーが助けてくれるまでの半年くらいの記憶が曖昧なの。覚えていることもあるけど、死にたくないって思いで頭がいっぱいで、混乱して、疲れて、自分がどうしたかったのか、わからなくなってた。でもね、ラギーが助けてくれて、家に入れてくれて、少し心が落ち着いたの。いつ振りかに深呼吸をして、ちゃんと生きてることを実感した。思ってる以上に世界は残酷だったけど、ちゃんと顔を上げようって、そう思えた。」
「オレは何もしてないでしょ、全部ニーナの頑張りの結果…ちょっと、何怒ってんの?」
「怒ってない」
「いやいや、顔に怒ってますって書いてあるけど?」
「あーあ、ラギーが、そんな顔してるなら私、王家に自分のこと売っちゃうかもなぁ」
「はぁ?!今の今まで、そんな気なさそうなこと言って…」
「私、ラギーの笑った顔が好き。そんな辛気臭い顔は嫌い」
「…そんな顔してた?」
「してた。ニーナちゃんは頑張ってるのに、オレは何してたんだろうって顔」
「うっ」
「言葉の通りだよ。あの時ラギーに会わなかったら私は腐ってただろうし、今回もラギーに会わなかったら私は別の誰かになってたよ。だから、ありがとう、ラギー」
「もう、お礼はいいから」
「えー?まだ言い足りないくらいなのに」
「はいはい、どういたしまして。ほら、ホテル着いたんだから、明日のために早く寝た方がいいッスよ」
「ラギーとまだ話したい」
「また、そういうこと言う。明日からこき使われるんだから寝た方がいいでしょ」
「そうだ。さっき王様と特殊な約束したって言ったでしょ」
「あぁ、そういや言ってたッスね」
「もし私に万が一のことがあったら、ラギーのところにお金が行くことになってるからよろしくね」
「……え?」
「おやすみ、ラギー。明日のお迎えよろしくお願いします」
「おやすみ…いや、え?!」

ニーナに手を振り返して、腕の力を抜いた。
動物的な衝動が強い雌を番にしようとしたのかもしれない。綺麗で可愛い女の子だったから自分のものにしたかったのかもしれない。ほんの少し知っただけの表情や仕草に惚れたのかもしれない。自分の後悔に片を付けるために彼女を探したのかもしれない。そんな風に理由ばかり探していたのは、自分が傷つかないよう何かにつけて彼女に対する気持ちを誤魔化していたからだ。ニーナにとっての自分は特別でも何でもないと知った時、偶然を装った再会を笑えるようにするためだ。

もう、そんな必要はない。理由なんて感情1つで事足りる。
ここまでされて、気づかないほど鈍感に生きては来れなかった。




















「ラギー、お迎え早すぎ」
「よく、気づいたッスね」
「んー窓から見えた」
「よく眠れた?」
「早く寝すぎて、早くに目が覚めたの。暇だったから外眺めてたらラギーが見えた」
「そのわりに、眠そうだけど?」

昨日、ニーナと話をした場所に朝日が昇る少し前から座り込んでいると最低限の身支度を済ませたニーナがホテルから出てきた。手ぶらだし、とりあえず出てきたのは聞かなくともわかる。

「んー?」
「ほら、起きろー」
「起きてる、おはよう、ラギー」
「おはよう、ニーナ」

何度か瞬きを繰り返したニーナが顔を上げて、こっちを見た。

「ニーナが出てったのって、このくらいの時間?」
「もう少し暗かった気がする」
「それ朝じゃないでしょ。暗いうちは危ないってのに」
「誰もいないみたいに、すごく静かだったよ」
「まぁ、そんな気はしてたけど。…オレも決められなかったし」
「決める?」
「引き留めるかどうか」
「……」
「結局決められなくて、寝るのが遅くなって見送りもできなかった。…後悔したんスよ。引き留めれば良かったって。だから、色んな情報集めて、ニーナが生まれ育った故郷にも行った。都合のいい仕事を見つけては、遠くに探しに行ったりもした。それでも見つけられなかった。無駄足無駄骨のタダ働き。」
「……探してた?」
「そうッスよ。学校入って寮生活になってからは、探しに来れるのなんて休暇の時くらいだし、バイトもあるし正直焦ってた」
「…私がラギーと過ごしたのなんて、ほんの少しでしょ。私はラギーに何もしてない」
「……」

不安そうな顔に少し安心する。他人を警戒するのは当たり前。良くしてくれる人ほど裏がある。よくわかっている。自分に値打ちがあるとわかっているから、今回の一件に初めからオレが関わっていたと考えてもおかしくない。オレが王子様と関りがあったと知っていればなおさらだ。

一歩距離を取りそうなニーナの左手を取ると、彼女の口が不安そうに動いた

「…どうして?」
「そんなの、オレのお嫁さんにするためッスよ。狙った獲物を逃したら、ハイエナの名折れでしょ?」
「……」
「あーあ、まったく本気にさせてくれちゃって、どうしてくれんの?何もしてないどころの騒ぎじゃないんスよ」
「……」
「今度は、ちゃんと返事もらうから」

驚いたままのニーナに笑いかけると、照れたように口をきゅっと結んで視線を下に落とした。繋いだままの左手の薬指をなぞると彼女の手が握り返してきた。昨日は恥ずかしがる様子もなかったのに、今日は様子が違う。当然と言えば当然だけれど、どうやら昨日、そうでないふりをしていたのは、自分だけではなかったらしい。視線を上げたニーナが少し拗ねたような表情をした。

「夢じゃない?」
「…っふ、それ2日前にオレもニーナと夕飯食べながら思った。こうやって会えたことも、ニーナの特別でいられたことも、オレも信じられなかった」
「こんなの御伽噺みたい」
「もちろん、すぐにって話じゃない」
「うん」
「学校卒業して、準備が整ったら、必ず王宮に迎えに行く」
「…うん」
「……」
「ラギーが迎えに来てくれるの、待ってる」
「いいんスか?ニーナなら玉の輿だって狙えるでしょ」
「ラギーがいい」
「また、そういうこと言っちゃって」
「ラギー」
「ん?」
「大好き」
「…知ってる。オレもニーナのこと大好きッスよ」
「バレてた?」
「バレバレ、こっちの気も知らないで」

潤んだ瞳のまま嬉しそうに笑うニーナが、あまりに綺麗で大切で、泣きそうになるのを堪えた

「ニーナ」
「ん?」
「生きていてくれて、ありがとう」

抱き付いてきたニーナを強く抱きとめて、昇りたての朝日に輝いている綺麗な髪に指を絡める。すすり泣いているニーナが、何を思って今まで生きてきたのかはわからない。ニーナは、あの場所に立って何を思ったのだろう、たった1人で花畑を前にして感じたのは悲しみなのか怒りなのか、そう考えるだけで今でも心臓が締め付けられるような苦しさを感じる。もう、初めて会った時のようなニーナには戻ってほしくない。今みたいに笑っていてほしい。つらい思いは、これ以上してほしくない。

「私の魔法ね、病気には効かないの。でも私だけは病気にかからなくて、私だけが生き残った。みんなが口をそろえて、私に生きてと願って死んでいったの。でも、お兄ちゃんだけは勝手にしろって言ってくれた。他人の命を背負ってまで生きる必要なんかないって、死にたきゃそうしろって、」
「……優しい兄ちゃんッスね」
「うん。でも、私は死ななかった。結局お兄ちゃんが死んで、半年くらい経ってから集落を出ることにしたの」
「……」
「わかってるつもりだった。けど、それ以上に毎日がつらくて怖くて、どうして?ってたくさん思った。あの時、ラギーに出会えなかったら私は、どこにもいられなかった。きっと、こんな気持ちにもならなかった」
「……」
「ありがとう、ラギー。探してくれて、忘れないでいてくれて、私のことを好きでいてくれて」

こんな自分でも、こんなにも誰かを好きになることがあるのだと思いもしなかった。むずがゆくなるほどの疑いようのないニーナの言葉が仕草が、自分のことを好きだと訴えてくる。
腕の力を緩めて、そっと額を寄せた。これ以上、言葉で受け取るのは耐えがたくて、その口に自分のものを、そっと重ねた。すぐに離して目を開ければ、顔を赤らめたニーナが少しパクパクと口を動かして「もう1回」と言って目を閉じるせいで、心臓が大変なことになった。待ち顔が可愛すぎて、しばらく眺めていると、不安そうに「ラギー?」と名前を呼ばれた。最初だし、2つ年下だしと思っている理性をギリギリ留めて再び重ねたオレの気も知らず、「もっと」と言ったニーナに、そんな思いは塵と化した。



「ニーナちゃん、煽った自覚は?」
「だって、次いつ会えるか、わからないから」
「もう大丈夫でしょ。ニーナは王宮、オレは学校にいるんだし」
「そっか、そうだね」
「オレ、ニーナのこと大事にしたいんだけど?」
「これ以上は駄目」
「…っそーいうの、どこで覚えたわけ?」
「賭場」
「あー…」
「ラギー、」
「もう、お礼は受け取らないッスよ」
「……」
「こんなの貰いすぎて、オレがたくさん返さないと」
「そんなこと」
「あるんだって」
「じゃあ、私が勝手に足りないって思ってる分ラギーのこと幸せにする」
「……」
「ラギー?」

溢れかえってくる感情の出し方がわからずに精一杯にニーナを抱きしめると「ラギーも生きててくれて、ありがとう」と返ってきて、幸せ過ぎてため息が出た。




□□□□□


「随分あっさりしたもんだな」
「レオナさん、いいんスか?こんなところにいて」
「……」
「朝から色々話したんで、いいんスよ。今生の別れでもないし」
「……」
「それより、レオナさん。昔、ニーナが王家の人が乗った車に助けてくれって訴えたらしいんスよ。でも、邪魔だって護衛の人に強引に追い返されて話も聞いてくれなかった。どれだけ叫んでも応えてもくれなかったって言ってたんスよ。車の中は暗くて誰が乗ってたか知らないらしいんスけど、レオナさんからはニーナのこと見えてたってことッスよね」
「覚えてねぇな。俺は、ただ長年進まない案件を片付けただけだ」
「王子様自らねぇ」
「家臣が片付けられねぇなら、上が面倒みるのは当然だろ」
「本当は、気にしてたくせに」

その先の返事はなかったが、そう考えることにしたし、そうに違いない。何だかんだ、そういう人だと付き合いは浅くとも感じるところはある。

「そうだ、レオナさん。オレ、ニーナから返事貰ったんスよ」
「?」
「大事なフィアンセのこと、よろしく頼みます」
「…は?」

心底驚いたという顔をしたレオナさんに、にやりと笑ってやった。


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