04



数年ぶりの再会が柵越しなんて笑えない冗談だ。
それなのに彼女に付けられた値札の金額と、日当りの良い窓辺で本を抱えて穏やかに寝ている姿に肩の力が抜けて笑ってしまった。逞しく生きてくれていて心底嬉しかった。それが例え裏通りに構えた違法店の柵越しでも。
なかなか起きる様子のないニーナを眺めていると、店内を回っていたレオナさんが傍にやってきた。

「珍しい毛色でしょ」
「いかにもコレクターが好きそうだな」
「買わないでくださいよ。この子、オレのなんで」

思ったより低い声が出た。
何の返事もないまま、さっさと店を出て行ってしまうレオナさんを追って店を出た。…そういうことかと、ため息を付きたくなるのを堪えた。

「知り合いか」
「昔、プロポーズしたんスけど。まだ、返事貰ってないんスよね」
「…….」
「ニーナって、まだ追われてるんスか?」
「あれから随分経ったからな」
「…知ってるんスね」
「……」
「……」
「……ガキの頃に、見かけたことがある」
「どこで」
「例の街だな」
「……」
「……」
「これだからイヤなんだ」
「向こうは、俺だったとは思ってないだろうな」
「ニーナ以外、全員死んだんスよ」
「……」
「今、どうなってるか知ってるッスよね」
「連日混雑の観光地。満開を向かえた奇跡の花畑だったか?」
「……っ」
「だから、どうした」
「何でもないッスよ」
「まぁ、せいぜい見失わないようにするんだな」
「一応、確認ッスけど……今は、保護なんッスよね」
「あぁ」

何とも言えない横顔に自分の手を強く握り、用が済んだとばかりに来た道を戻るレオナさんの後姿を追いかけた。レオナさんが、オレに闇市を案内するよう言ってきたとき、当然理由を聞いた。その時は「色々あんだよ」と濁していたが、公務と考えれば話が繋がってくる。初めから上はニーナを探していた。それにニーナに付けられた金額は異常だった。ハイエナにしては毛色が違うというだけで、あんな金額になるとは思えない。だとしたら、思い当たる節は魔法だ。詳しくはわからないが、満開の花畑も、毎年良く実る植物も、ニーナだけが生き残った理由も魔法や体質に関係するものだとしたら…。

翌日、同じ通りは大混乱に陥っていた。各店が慌てた様子で出て行く準備をし、通りは人でごった返していた。“なんでこんなところに役人が!”“クッソ、誰が流しやった”などなど耳に届く言葉を拾いながら流れに逆らって道を進んでいく。やはり、昨日のレオナさんの行動は“公務”の一環だったということだ。…間に合うだろうか。

“ラギー、あれはなんだ?”
“あれって、あぁ。レオナさんも食べてみます?”
“ここの奴が植えたのか?”
“え?えーっと、前に来たことがある奴ッスよ”
“まじないものの類だな”
“まじないもの?!それって毒とかじゃ”
“1つ間違えればな。だがこれは”
“……”
“植えた奴は、どうした”
“…ここにはいないッスよ。前に来た時に植えてったんで、今、生きてるかどうかも知らないッス”
“植えた奴が死ねば、これも枯れる。今も実ってんなら、そいつはここのことを思い出して案じてんだろ。そうでもなきゃ、とっくの昔に砂地だ”
“……”
“女か”
“なっ、何言ってんスか”
“へぇ〜?”

レオナさんが、どういうつもりで動いたのかはわからない。王子としてか、自分のためか、ありえない気もするがニーナやオレのため…もし、あの人でなかったなら、ニーナはどうなっていたんだろうか。そんなことはオレが考えてわかるはずがないが、もしかしたら…。




見間違えるはずのない、耳と色、あの頃より伸びた綺麗な長い髪が視界に入った

「ニーナッ!!!」
「?」

人の波から抜け出して、役人に連れられて歩いているニーナを呼び止めた。周囲を窺っている、せわしなく動く耳に届くように、もう一度名前を呼ぶと勢いよく振り返ったニーナと目が合った。驚いた顔から、泣きそうな顔になったころには同じように駆け出したニーナが腕の中に納まっていた。擦り寄る頭を受け止めると背中に回る腕が縋りついてきた。小さく名前を呼ばれたので返事をすると腕の力が強くなった。

「彼女の知り合いですか?」
「はい」
「そうでしたか、再会できて良かったですね」
「はい、それはもう!」
「これから彼女の様態の確認と事情を聞きたいので、少ししたら声を掛けますね」
「わかったッス、ありがとうございます!」

やっと腕の力を緩めたニーナの顔を覗き込むと驚いた顔をしていた。

「どうして、ラギーがいるの?」
「最近、この辺りで仕事があったから。昨日、オレが店にいたこと知らないでしょ」
「…知らない」
「気持ちよさそうに寝ちゃって。こっちは、とんでもない再会で心臓止まりそうだったていうのに」
「……」
「ニーナが植えてった植物。毎年、ちゃんと実ってガキどもが喜んじゃってさぁ。ニーナにも食べさせたいって」
「驚いた?」
「驚いたに決まってるでしょ。それ聞いてオレがどれだけ、後悔したと思って」
「後悔?」
「いや、それはいいや。ほら、役人が呼んでる」
「…ラギー」
「ん?」
「ありがと」

名残惜しそうに離れて行くニーナを見送って、息を吐いた。色んな感情が押し寄せてきて心拍数が大変なことになっている。一緒にいた時間なんてたかが知れている。会いたいという思いばかりで、実際に会ったら、そうでもないなんてことになったら…という不安がなかったわけじゃない。自分がそう思い込もうとしていただけかもしれないと、自分を疑っていたのも事実。けれど、どれも不要な心配だった。…それに何より、ニーナの反応が予想外で心臓がうるさい。

それでも染みついた習慣は拭い去れず、あれが演技だったらという疑いを彼女へ向けてしまう自分にため息がでた。




1時間ほど経った頃、荷物を持ったニーナの姿を見つけて声をかけた。何か迷っているような少し難しい顔をして、片手にしていた紙から顔を上げた。

「待っててくれたの?」
「そりゃあ、あんなに名残惜しそうにされたら帰れないでしょ」
「…そんなに?」
「そんなに。それで、その地図は?」
「明日、王宮に来るように言われたの。今日は、ここに泊まれって」
「へぇ。…って、これレオナさんがサインしてるし」
「レオナさん?」
「ここの王子様。知らない?」
「…王家なんて、どうでもいい」
「それは同感。けど、明日も呼び出されたって」
「使用人として働かないかって。詳しい話は、明日あるみたい」
「使用人…。ニーナって自分の魔法が何か知ってんの?」
「たぶん、怪我のっ」

“怪我の治癒”と言いかけたことに気付いて慌ててニーナの口を手でふさいだ。驚いていたニーナも状況を察して、オレが手を離すと自分の手で口をふさいだ。どこで誰が耳をそばだてているかわからない。この通りにいた住人は、まだ近くにいるだろうし、治癒魔法の類は、そういうやからに狙われやすい。ニーナに付けられた値段がいい例だ。

「ニーナが理解してんなら、いいけど」
「うん」
「…にしても、本当に驚いたんだから。一体、いつから売られてたの?酷いことされてない?」
「3か月くらいだと思う。乱暴なことはされなかったかな。一応、ごはんももらえたし。ただ」
「ただ?」
「お風呂とかトイレとか、監視が付いて来るのは嫌だった。直接見られたわけじゃないけど。あと、足枷の痕も取れなくて」
「……」
「ラギー?」
「それ、絶対覗かれてるッスよ」
「……」
「だってそうでしょ」
「こんなガリガリ見ても、仕方ないのに」
「ガリガリとか関係ない」
「ラギー、顔が怖い」
「…あんなに警戒心の強かったニーナちゃんは、どこに行ったんスかねぇ」
「だって、お風呂入りたいし。手出されそうなことは、なかったし」
「……そりゃあ、高額商品なら丁重に扱うだろうけど」
「…そうだ!本当は昨日、ラギーが来てたこと知らなかったわけじゃないの」
「え?」
「なんだか懐かしい匂いがして、でも目を開けたときには誰もいなかったから、夢だったのかなって思ってた。いるわけないって、もう随分前だし私のことなんか忘れてるだろうって。だから声がした時、嬉しくて」
「忘れたことないから」
「?」
「ニーナのこと忘れられるわけないでしょ」
「……」
「無遠慮に、まだガキだったニーナに言ったのは反省したけど」
「それって」
「まぁ、それはおいおい。とりあえず、どっかで飯にしない?お金も受け取ったんでしょ」
「うん。あ、店で」
「?」
「店でくすねたの返すの忘れた」
「……シシシッ、流石ニーナちゃん。ぬかりないッスねぇ」
「いやいやそれほどでも。元々ね、危なくなりそうだったら逃げ出すつもりだったの。ラギーの分も奢れるくらいあるから、付き合って」
「いいんスか?」
「うん。あとは今まで貯めた分を取りに行きたいけど、すぐには無理かな」
「どこにあるの?」
「住処ごとに埋めてある。そこで集めた分からアルバイトで稼いだ分を抜いて埋めておいたの」
「アルバイト以外の金って?」
「賭場とか」
「はぁ〜随分と逞しく育ってくれちゃって」

頭を撫でても抵抗はなく、撫でてと言わんばかりに耳が寝ている。綺麗な金色の柔らかい髪が指に絡んではすり抜けていく。ニーナが今、何を考えているかはわからないけれど。少なくとも自分が信用されているのは、耳を見ても服の下で揺れている尻尾を見てもわかる。少し屈めば顔に嬉しいと書いてあるような表情に、指先に不自然に力が入った。こつんとオレの頭に自分の頭を寄せてきたニーナと鼻を合わせると、随分と嬉しそうに笑うので、自分もつられて笑ってしまった。


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