04

「明翠」

『何?おじいちゃん』

「最近、刀を持ちだしているようだが、使えたか?」

『まだ、上手くは立ちまわれないけど、もう少し頑張ってみる』

「そうか、あまり女の子が傷を作るなよ。...きっとお前なら使えるさ」

『どうして?』

「あれは、お前の母さんの形見だ。いや、綴木家のと言った方がいいか。お前は、あっちの血を他の兄妹より受けているからな」

『そうなの?だから、軽く感じるのかな』

「軽く感じるなら、そうだろうさ。綴木は、もう廃業しているが昔は名の通った家だ。それも相当な名刀だろうよ、刃渡りも小ぶりで使いやすいだろ?」

『うん...』

てっきり、椿のものだと思っていたのだけれど違ったらしい
部屋に戻って、見返してみたけれど、特にそれが母の物とわかる何かはなかった

めんどくさいと思いつつ、適当に宿題を片付けて
妖に関する書物を開いた
こっちの方がずっと興味がある
良くわからない数式解くよりもずっと...歴史や化学は好きだけれど

いつも日課にしているノートを書き終え
ノートの初めのページに挟んでいる、それを読み返す

禁術について、まとめたものだ

小さいころ
禁術と知らずに使ってしまったことへの戒めも込めて
世に出ているものを書き記し、それを使わないように覚えることにした


目の前にいた妖が
ただ怖くて怖くて
死にたくない一心だった
その方法を聞いた覚えもなく
ただ陣を使っただけのつもりだった

椿の名前は、本来良い名前ではない
それでも、それを姓としているのは
戒めも込めてじゃないかと言われているけれど
それが残された文献なんてどこにもなかった

祓い屋においての椿は
ずっと昔に妖の首を落としていた悪名高い一族だ
あまりに非道で、恨みも買いやすいその方法は
今では禁術となっている

首に陣を張り、そのまま...
まるで、椿の花が落ちるように......



あの時は雷のごとく怒られた
いや、怒られたどころの騒ぎではなかった

私は、ただ怖くて必死だったのに
その恐怖に泣きたかったのに

その冷え切った空気と
厳しい大人の視線に
あの頃の私は、厳しく叱る母に泣きついた







「彩季は、もう祓い人にはならないと言って聞かないんだが、お前からも何とか言ってくれないか?」

「まぁ、自由にさせてやればいいんじゃないか?父さんが言って無理なら俺が言ったところで、無理だろ」

「最低限の護身術は教えたが、明翠と違って興味がないみたいだからなぁ」

「どっちかっていうと、明がいるからやりたくないんだよ、あいつは。どう頑張ったて、明と比べられる。俺があいつの姉だったとしても、嫌になる。まぁ、俺は長男ですから、明翠に劣っても諦めはつくけどさ」

「お前もなかなかの腕だよ。私より、センスがある」

「それでも、爺さんは明翠ばっかり目をかけるからな」

「そりゃぁ、懐いてくれた孫はかわいいだろうさ」

「そういう問題じゃないよ」

「...明翠は、もう少し家族を頼ればいいのにな。1人で抱え込みすぎているように思える。昔から、自分のことは話さないから、私もよくわからなくてね」

「父さんがそれだから、明翠も苦労するんだろ。母さんが生きてた頃も、明翠は姉だからって我慢ばっかさせられて、拗ねたあいつが頼ったのは、爺さんだったろ?」

「...どうして、あんなにも泣かないんだろうな辛くて苦しいのなら泣いてくれたらいいのに......あの子の感情は察してやれなくて。なかなか、どう接していいのかわからない」

「父親のあんたが何言ってんだよ。...まぁ、俺も似たようなものかもな。小学生のころ、幼馴染に怪我させて親に、“金輪際うちの子と遊ぶな”って言われたの父さん知ってるか?」

「...いや、知らない」

「あの後、呆然と立ってるあいつを見てたけど、全然泣かずに突っ立って、どこかに走ってたんだよ。それから、毎日怪我するようになって、学校でも不気味がられて......そこまでして何になるんだよ、本当に」

「はぁぁああ...私は、何も知らないんだな。お父さんは、そんなに頼りないか?」

「父さん、ちょっと飲みすぎ」

「いいだろ、たまには...お前も帰ってきたことだし」

「俺、明日には大学の方に戻るけどさ。もう少し明翠の事気にかけてやれよ?父さんまで彩季贔屓すると、そのうちぐれるぞ」

「明翠は、そんな子じゃない。母さん似の優しい子だ!」

「はいはい、ほら、明日、仕事あるんでしょ、寝た方がいいって」

「冬真、お前、できたやつだな」

「父さんと違ってな......。あ、そういえば、明って的場に嫁ぐの?噂、前より具体的になってたけど」

「まだ嫁にやるのは早い!」

「いや、いずれって話で。仲いいんだろ?あのいけ好かないガキと」

「...まだ嫁にはやら...ん......」

「はぁ...だから、寝るなら布団で寝ろって」

「椿の娘たちは、可愛い娘たちは、大切に守ってやらないといけないんだ。父として、親として、母さんに誓って変な家に、ろくでもない男に渡すわけにはいかん!」

「......そうだな」

「明翠も彩季も道具になどさせん」

「同感...」

完全に眠ってしまった父を布団に転がして、散らかった机の上を片付ける。大学を卒業したら、本格的に家に戻ることになる。椿のしきたりは、他家の習わしよりも厳しい。遠いご先祖様が育てた恨み辛みを最低限の人数で回す為に、俺と同じ長兄だけが家に残っていく。そんな無理をせずに絶やしてくれたら良かったのにと、家に帰ると思ってしまうが、だからと言って、この土地と、蔵に残る多くの資料や道具、ここまで繋げてきた椿の血と恨みと功績、それら全てを潰す覚悟が自分にあるかと言われると、答えは”いいえ”だ。そうやって、踏み止まって来た長兄が、ここまで繋いできたのだろう。
その役目を務めきれるだろうか。椿の中でも近年まれに見ぬ豪胆さと言われていた祖父も年々弱っていく。父親と俺と明翠で、お得意先との仕事をかろうじて回しているけれど、明翠頼りのことが増えて来た。明翠が長兄であれば、さぞかし椿は安泰だったろうに。そう思うと比較されやすい彩季の気持ちもわからなくもない。

あの事件の後、明翠は変わった。
妖の血を頭からかぶり赤く染まった妹と、怒鳴る両親、それを諫めようとする祖父。周囲に溢れた言葉の汚さに耳をふさいだのを覚えている。あの時、俺に何かできれば明翠が禁術を使うこともなかったのかもしれない。あの時、すぐに妹の元に駆け付けることが出来たら何か変わったのかもしれない。

何れにしても、「どうして、あんなことしたんだ」と少し落ち着いたころ、そう、明翠に聞いてしまった俺には、何を変えることもできなかったのかもしれない。
小さく息を吸った妹から、目の光が消えたように見えた。あの時、耳をふさいで聞こえなくした言葉を自分も言ってしまった。家族、それなりに世話もやいてやった年下の可愛い妹より、俺は自分の身を案じていたことを言葉にして気づいた。



明翠が平気で怪我をするのは
あの日、傷だらけで誰よりも怖いを思いをした明翠を
誰も、心配しなかったからだと自分は思う


家を離れてから色々と考える
大家一門を抱える御曹司に比べたら、自分の悩みなど大したことないのだろう。いけ好かないガキに相談したいとも思わないが、この漠然とした不安を誰に話すこともできない不便さは、妖が見える見えないよりもやっかいに思えた。



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